#5-3
青森から北海道への陸路を使おうと思ったら、青函トンネルを通る必要がある。とはいえ、新幹線ならあっという間だ。しかし、朱里が、
「最終便を使って行きたい」
と言い出したもんだから、どこか宿で休憩していこう、という話になった。休憩自体には賛成だった。朱里がしんどいのは当然として、俺も慣れない旅行でそれなりに体力を消耗していたからだ。
窓から海が見えるという宿の一室を借りて、小休止していくことにした。
「なんで最終便なんだ?」
「日付が変わったくらいに目的地に着きたくて」
朱里がスマホの画面を俺に見せてくる。……なるほど、と俺は頷いていた。
今日はクリスマスイヴ。そして翌日はクリスマス。日付が変わる少し前あたりから、大雪が降るらしい。つまり、着く頃にちょうど雪が積もっている。そういう情報を、朱里はスマホの天気予報アプリで逐一調べていたのだ。
「そういや、北海道のどことは聞いてなかったな」
「どこでもいいよ」
朱里は言った。
「雪がいっぱい積もった、広いところならどこでも」
広大な雪原の真ん中で、死にたい。
それが朱里の願望だった。
「そのために今から最後の仕上げをします」
仕上げ? と首を傾げる俺に、朱里はそうそうと頷きながら、言った。
「てるてるぼうず、作ろう」
聞き間違いでなければ、そう言っていた。
「……ここまできて、まだ作るのか」
呆れるしかなかった。持ってきた白い袋には、朱里のてるてるぼうずが山ほど入っているというのに。
「ノンノン。まだ作っていないてるてるぼうず、あるでしょ」
言いながら、朱里は自分の顔と俺の顔を交互に指差す。
「ぼくのと、りっくんの」
「……ああ」
そういえば、技術を磨いて、自分そっくりのてるてるぼうずを作りたいとか、そんなことを言っていた気がする。
「実はね」
朱里がポーチの中をごそごそと漁る。やがて出てきたそれのシルエットには、やはり見覚えがあった。
「りっくんのはもう作ってたんだ」
取り出されたのはてるてるぼうず。やっぱり手足が生えている。そこまでしてクオリティにこだわるのが朱里らしい。髪の毛は糸で再現している。言われてみれば確かに、俺の髪型と似ている気がした。
そして何より目立ったのは、鈴が付いていることだ。赤也から貰った鈴。二つしかないから、本当に大事なものにだけ付けると言っていた、あの鈴だ。そのうちの一つが、俺そっくりらしいてるてるぼうずの首元で輝いていた。
「いつの間に……?」
「東京を出発する前の晩、おかーさんに手伝ってもらった。りっくんを驚かそうと思って」
あの夜か。俺は赤也と遊んでいたが、朱里はせっかくの家族水入らずの時にまで、てるてるぼうずを作っていたらしい。とんだてるてるぼうずマニアだ、と俺は心の中でほくそ笑んだ。
「だから、最後はぼくのてるてるぼうずを作ろうと思ってね」
朱里がポーチをひっくり返すと、手品みたいに材料が色々出てきた。
青葉姉から貰った布きれ。もう一つの鈴。もう見飽きるほどに見た、願い事を記す紙。他にも首を縛るゴムに、針金や糸の残り、裁縫セットなど諸々が飛び出してきて、ちょっとした工作会みたいになっていた。
「さあ、作ろう。りっくんは見ててね」
「ああ、ちゃんと見てるよ」
朱里はまず、願い事を書く紙を机の上に広げた。頭に詰めるものだから、順番としては最初になる。それからペンを握った。握って、紙の前で、腕を止めた。
おかしい、と思った。
朱里の腕が動いていなかった。
「朱里……?」
「……ふふ、見られると緊張しちゃうね」
朱里はそう笑いながら……ペンを置いた。
続いて布きれを手に取り、裁縫セットから糸と針を抜き出した。先に手足を作るつもりらしい。まず、手や足の形に切り抜いたものを二組用意して、端を縫い合わせることで手袋のような形にする。が、やはり朱里の様子が変だ。針に糸を通す時点でやけに手がぷるぷる震えているし、針の動きも右へ左へと覚束ない。
大丈夫かよ。そんなことを思いながら見ていた、その時だった。
……朱里が手を滑らせて、左手の指に針を突き刺していた。
「ばっ、お前! 大丈夫か!?」
俺は朱里の左腕を引っ掴むようにして傷を覗き込む。傷口は小さいので、豆粒のような血だまりが出来る程度で済んでいる。持っていた絆創膏で傷を塞いでみたはいいが、やけに痛々しく感じた。
「おかしいなあ」
朱里はそのまま針金を手に取って――
――そのまま、さっきできたばかりの傷と全く同じ場所に、それを突き刺していた。
「あぶねえ!」
俺は針金を取り上げる。朱里はきょとんとしていた。俺が声をあらげていたことではなく、自分の手が思い通りにいかないことに対して嘆くかのように、自分の手のひらを眺めていた。
「朱里、お前……」
さっきから抱いていた、違和感の正体が分かった。
朱里は、朱里は……
「もう、手もまともに動かないのか……?」
「……へへ、そうみたい」
朱里は観念した、というように情けなく笑った。俺の顔の前で、見せつけるようにグーとパーを繰り返す。しかし、チョキを作ろうと何度指を動かしても、正しい形には、ならなかった。
朱里の身体にも、限界がきていた。
「あーあ」
朱里は悔しがった。
「てるてるぼうず、もう一度作りたかったな」
まるで、もう作れないとでも言うように。
朱里は涙をこぼしながら、そう呟いた。
「朱里……」
何か言葉をかけようとするが、慰められるような言葉が思いつかない。代わりにできたのは、自分の無力さを思い知って発した歯ぎしりだけだった。
朱里は俺の戸惑った顔など気にもかけず、俺そっくりのてるてるぼうずを手に取る。掲げてみせた。まるで、握るくらいならできるのに、とでも言いたげな動きだった。
「もしも、雨が止まなかったら、最後に作ったこの子の首は、ちょん切っちゃうかなあ」
どこか、投げやりな言い方だった。
「ごめん、眠いから寝るね」
そう言って、朱里はそのまま目を閉じた。自力で起きたり横になったり、という行動がとれないから、座ったままの姿勢だった。
「朱里?」
よほど疲れていたのか、朱里はもう寝息を立てていた。
そのまま死んでしまうんじゃないかというくらい、深い眠り。それでも、朱里はまだ死なないという確信があった。朱里は自分の願い事を叶えるまで、絶対に死なないと心に決めていた。
どうしても、叶わない願いがあるのなら、それは俺が引き受けることだ。
――てるてるぼうずを、もう一度。
朱里の願いを叶えるために、俺はいる。
なら。
今俺がやるべきことは――




