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てるてるぼうずをもう一度  作者: 国崎らびふ
【5章】てるてるぼうずをもう一度
37/40

#5-3

 青森から北海道への陸路を使おうと思ったら、青函トンネルを通る必要がある。とはいえ、新幹線ならあっという間だ。しかし、朱里が、


「最終便を使って行きたい」


 と言い出したもんだから、どこか宿で休憩していこう、という話になった。休憩自体には賛成だった。朱里がしんどいのは当然として、俺も慣れない旅行でそれなりに体力を消耗していたからだ。

 窓から海が見えるという宿の一室を借りて、小休止していくことにした。


「なんで最終便なんだ?」


「日付が変わったくらいに目的地に着きたくて」


 朱里がスマホの画面を俺に見せてくる。……なるほど、と俺は頷いていた。

 今日はクリスマスイヴ。そして翌日はクリスマス。日付が変わる少し前あたりから、大雪が降るらしい。つまり、着く頃にちょうど雪が積もっている。そういう情報を、朱里はスマホの天気予報アプリで逐一調べていたのだ。 


「そういや、北海道のどことは聞いてなかったな」


「どこでもいいよ」


 朱里は言った。


「雪がいっぱい積もった、広いところならどこでも」


 広大な雪原の真ん中で、死にたい。

 それが朱里の願望だった。


「そのために今から最後の仕上げをします」


 仕上げ? と首を傾げる俺に、朱里はそうそうと頷きながら、言った。


「てるてるぼうず、作ろう」


 聞き間違いでなければ、そう言っていた。


「……ここまできて、まだ作るのか」


 呆れるしかなかった。持ってきた白い袋には、朱里のてるてるぼうずが山ほど入っているというのに。


「ノンノン。まだ作っていないてるてるぼうず、あるでしょ」


 言いながら、朱里は自分の顔と俺の顔を交互に指差す。


「ぼくのと、りっくんの」


「……ああ」


 そういえば、技術を磨いて、自分そっくりのてるてるぼうずを作りたいとか、そんなことを言っていた気がする。


「実はね」


 朱里がポーチの中をごそごそと漁る。やがて出てきたそれのシルエットには、やはり見覚えがあった。


「りっくんのはもう作ってたんだ」


 取り出されたのはてるてるぼうず。やっぱり手足が生えている。そこまでしてクオリティにこだわるのが朱里らしい。髪の毛は糸で再現している。言われてみれば確かに、俺の髪型と似ている気がした。

 そして何より目立ったのは、鈴が付いていることだ。赤也から貰った鈴。二つしかないから、本当に大事なものにだけ付けると言っていた、あの鈴だ。そのうちの一つが、俺そっくりらしいてるてるぼうずの首元で輝いていた。


「いつの間に……?」


「東京を出発する前の晩、おかーさんに手伝ってもらった。りっくんを驚かそうと思って」


 あの夜か。俺は赤也と遊んでいたが、朱里はせっかくの家族水入らずの時にまで、てるてるぼうずを作っていたらしい。とんだてるてるぼうずマニアだ、と俺は心の中でほくそ笑んだ。


「だから、最後はぼくのてるてるぼうずを作ろうと思ってね」


 朱里がポーチをひっくり返すと、手品みたいに材料が色々出てきた。

 青葉姉から貰った布きれ。もう一つの鈴。もう見飽きるほどに見た、願い事を記す紙。他にも首を縛るゴムに、針金や糸の残り、裁縫セットなど諸々が飛び出してきて、ちょっとした工作会みたいになっていた。


「さあ、作ろう。りっくんは見ててね」


「ああ、ちゃんと見てるよ」


 朱里はまず、願い事を書く紙を机の上に広げた。頭に詰めるものだから、順番としては最初になる。それからペンを握った。握って、紙の前で、腕を止めた。


 おかしい、と思った。

 朱里の腕が動いていなかった。


「朱里……?」


「……ふふ、見られると緊張しちゃうね」


 朱里はそう笑いながら……ペンを置いた。

 続いて布きれを手に取り、裁縫セットから糸と針を抜き出した。先に手足を作るつもりらしい。まず、手や足の形に切り抜いたものを二組用意して、端を縫い合わせることで手袋のような形にする。が、やはり朱里の様子が変だ。針に糸を通す時点でやけに手がぷるぷる震えているし、針の動きも右へ左へと覚束ない。


 大丈夫かよ。そんなことを思いながら見ていた、その時だった。

 ……朱里が手を滑らせて、左手の指に針を突き刺していた。


「ばっ、お前! 大丈夫か!?」


 俺は朱里の左腕を引っ掴むようにして傷を覗き込む。傷口は小さいので、豆粒のような血だまりが出来る程度で済んでいる。持っていた絆創膏で傷を塞いでみたはいいが、やけに痛々しく感じた。


「おかしいなあ」


 朱里はそのまま針金を手に取って――


 ――そのまま、さっきできたばかりの傷と全く同じ場所に、それを突き刺していた。


「あぶねえ!」


 俺は針金を取り上げる。朱里はきょとんとしていた。俺が声をあらげていたことではなく、自分の手が思い通りにいかないことに対して嘆くかのように、自分の手のひらを眺めていた。


「朱里、お前……」


 さっきから抱いていた、違和感の正体が分かった。

 朱里は、朱里は……


「もう、手もまともに動かないのか……?」


「……へへ、そうみたい」


 朱里は観念した、というように情けなく笑った。俺の顔の前で、見せつけるようにグーとパーを繰り返す。しかし、チョキを作ろうと何度指を動かしても、正しい形には、ならなかった。

 朱里の身体にも、限界がきていた。


「あーあ」


 朱里は悔しがった。


「てるてるぼうず、もう一度作りたかったな」


 まるで、もう作れないとでも言うように。

 朱里は涙をこぼしながら、そう呟いた。


「朱里……」


 何か言葉をかけようとするが、慰められるような言葉が思いつかない。代わりにできたのは、自分の無力さを思い知って発した歯ぎしりだけだった。

 朱里は俺の戸惑った顔など気にもかけず、俺そっくりのてるてるぼうずを手に取る。掲げてみせた。まるで、握るくらいならできるのに、とでも言いたげな動きだった。


「もしも、雨が止まなかったら、最後に作ったこの子の首は、ちょん切っちゃうかなあ」


 どこか、投げやりな言い方だった。


「ごめん、眠いから寝るね」


 そう言って、朱里はそのまま目を閉じた。自力で起きたり横になったり、という行動がとれないから、座ったままの姿勢だった。


「朱里?」


 よほど疲れていたのか、朱里はもう寝息を立てていた。

 そのまま死んでしまうんじゃないかというくらい、深い眠り。それでも、朱里はまだ死なないという確信があった。朱里は自分の願い事を叶えるまで、絶対に死なないと心に決めていた。


 どうしても、叶わない願いがあるのなら、それは俺が引き受けることだ。



 ――てるてるぼうずを、もう一度。



 朱里の願いを叶えるために、俺はいる。

 なら。

 今俺がやるべきことは――

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