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てるてるぼうずをもう一度  作者: 国崎らびふ
【4章】2ヶ月の恋人
34/40

#4-12

「ぼくは、おとーさんとおかーさんが嫌いになったからこんなことをしようだなんて思っていない」


 最後の押しをかけるように、俺の言葉に朱里が続いた。


「こんな無茶苦茶を言えるくらいに育ててくれたんだもん。嫌いなわけないよ」


 おじさんの眉間が、少しだけ緩んだ。朱里を叱るたびに増えたそのしわは、消えることはない。おじさんの苦労の証だった。


「ぼくはおとーさんとおかーさんが自慢できる娘になるために、未練の無い生き方がしたい」


 それをどうか許してほしい、と謝罪するように、朱里は一度大きく頭を下げた。


「今まで育ててくれて、ありがとう」


 でも、そこに親への反発があるわけではなく。

 ここまで育ててくれた親が大切だからこそ、二人の娘である卯月朱里として生きたいと決めたのだ。

 朱里は言った。


「大好きだよ。おとーさん、おかーさん」


 泣いていた。

 ぼろぼろ泣いていた。


「……分かった」


 その涙に感応するかのように。

 おじさんは、頷いた。


「……成長したな、朱里」


 おじさんは朱里に釣られるように泣いていた。おばさんも泣いていた。青葉姉まで泣きだしたのが見えて、俺も目頭が熱くなった。でも、まだ俺にはやることがある。ぐっと力をこらえて我慢した。


「おじさん……」


「……陸人くん、いくつか約束してくれ」


 おじさんは涙をぬぐい、俺に一歩踏み寄る。そして、いつもより少しだけ大きな声で言った。


「……毎日、連絡をよこすこと」


「はい」


「……朱里の体調を第一に動くこと」


「もちろんです」


「……そして朱里を、必ず、連れて帰ること」


「…………約束します」


 俺はおじさんと握手を交わす。絶対に破らない、という誓いだ。おじさんの手は、俺の手のひらよりも大きく、深いしわが刻まれていた。


「私からも、いいかしら」


 おばさんが手を挙げた。


「あなたたち、出発は明日なのでしょう?」


「はい」と俺は頷く。


「だったら」


 おばさんは言った。


「最後の夜を、私たち家族にくれないかしら」


 息を呑んだ。おばさんは、笑顔だった。

 娘と一緒にいたい。それがおばさんの願望だった。厳しく、ヒステリック気味だった母親の姿ではない。娘のことを一心に想う、優しい母親の姿だった。そして、娘のために最大の譲歩を見せた、大人の姿だった。


「分かりました」


 俺は頷く。朱里も肯定した。

 朱里とその両親。家族水入らずで、一つの部屋で共に過ごす。もうすぐ死にゆく朱里の、大事な人との別れ。それは両親にとっても朱里にとっても、当然の権利だと思った。

 

 ◇

 

 翌日。いよいよ、出発の日になった。

 朱里に荷物を持たせるわけにはいかないので、朱里の着替えや薬などをありったけ俺が所持しようとした結果、自前のバッグでは入らなくなり、おじさんが使っている特大サイズのリュックを借りることになった。元々登山用のもので、それを背負いこんだ俺の姿は、まさしくバックパッカーだった。

 朱里の荷物は、てるてるぼうずが無数に入った白い袋のみ。朱里が俺の荷物量を心配してきたので、それだけ持たせることにした。

 出迎えにはおじさんにおばさん、青葉姉と……赤也も来てくれていた。


「きみ、赤也くんって言うんだね」


 朱里が笑顔で赤也に言い寄ると、


「……」


 赤也は青葉姉にべったりと張り付いて、朱里の視線から逃げるように俺の顔をじっと見つめていた。


「人見知りするんだよ、こいつ」


「えー。ぼくのこと、こわくないよね? 赤也くん?」


 赤也はぷるぷると震えていた。あからさまに怯えていた。しかし何か言いたい事があるようで、今度は朱里の顔をちらちらと見ていた。それから、膝をさする。

……ああ。何が言いたいのかは分かった。


「頑張れ、赤也」


 俺はエールだけ送ってやることにした。俺相手に喋れたのだ、朱里にだって少しは話しかけられるだろう。


「……、おねえちゃん」


 意を決したのか、赤也が声を出す。そして……


「こないだ、たすけてくれて、ありがとう」


 ぺこり、と頭を下げた。

赤也は公園で膝の傷を手当てしてもらったことについて、ちゃんと自分の言葉で感謝したかったのだ。突然お礼を言われた朱里は豆鉄砲を食らった鳩みたいな顔をしていたが、


「どういたしまして」


 照れ臭そうに頬を染めながら、そう返していた。


「そうそう、陸ちゃん、これ」


 青葉姉が封筒を手渡してきた。封筒にはでかでかと「旅行資金」と書いてある。開けてみろ、と目で促されたので、言われた通りに封を切る。

 万札が数枚……いや、十枚、入っていた。


「こんなに貰って……?」


「こないだ、店番してくれたわよね? そのギャラよ」


「ギャラって、これが……?」


 俺はカウンターに座って、たまに会計を済ませていただけだ。その代価が十万円って、いくらなんでも暴利が過ぎるのではないか。そもそも、朱里の両親からもお金を貰っているので、旅行にそんな大金は必要ない。


「いいっていいって」


 顔をしかめている俺の肩を力いっぱいバンバン叩いてから、


「片想いの男に貢ぐ額としては妥当でしょ?」


 半ば自嘲気味に、青葉姉が笑っている。



 ――どんなに辛いことがあっても笑うのが、大人の女ってもんでしょう。



 そう青葉姉自身が言っていたのを、思い出した。


「もし、あの時俺が青葉姉の告白にオーケーしてたら、どうなってたんだ?」


 俺は純粋な興味で、そう訊いてみた。


「そりゃ当然、そのままイチャイチャラブラブに決まってるでしょ」


 青葉姉は当然といわんばかりに、きっぱりと言ってのけた。

 ……そうか。

 青葉姉は俺を試すためにああ言ったんじゃなくて、本当に、真意で俺を好いていてくれていたんだな。俺は青葉姉を拒絶する形になってしまったけれど。それでも、こうやって、朱里を不安がらせないように振る舞ってくれていることが、とてもありがたかった。


「ありがとう」


 自然と、お礼が口から出ていた。


「いい男、見つけろよ」


「余計なお世話よ」


 青葉姉はまた笑った。今度は自虐じゃなくて、本音で笑っているように、そう感じた。


「じゃあ、行ってきます」


 朱里が頭を下げる。皆が手を振ってくれた。


「行こう、朱里」


「うん、りっくん」


 俺は車椅子のハンドルを叩いてから、ゆっくりと押す。

 おじさんと、おばさんと、青葉姉と、赤也に見送られながら。


 最期の旅。

 その一歩を踏み出す俺と朱里。

 その日の朝、雨は降っていなかったが、とても寒かった。

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