#4-11
「おとーさん……おかーさん……」
おじさんとおばさんは黙って立っていた。しかし、眉がつり上がっているのを見てすぐに理解する。それは怒りだ。穏やかな話をしに来たとは到底思えない。……当然の話ではあるが。会うことすら許されていなかった俺が、瀕死の朱里を連れて病院を脱走してきたのだから。
「どうして?」
朱里がおばさんに問いかける。おばさんは答えた。
「青葉ちゃんに聞いたのよ」
「な……」
俺は咄嗟に背後にいた青葉姉のほうに振り返った。青葉姉はといえば、何食わぬ顔で後ろ手なんか組んでいる。
「裏切ったのか……?」
「まさか」
青葉姉はバッサリと切り捨ててみせた。
「旅をするなら、親に話を通すのが筋でしょ」
その迷いの無い目は、俺たちをはめようとしたのではない。
「そうやって未練を残して旅行したって、きっと面白くない」
逆に、まるで俺たちを気遣うかのような、厳しくも優しい青葉姉の側面だった。
「本当に二人が最期の旅をするって意志が強いなら、親を説得してみせなさい」
青葉姉に背中を押される。よろめくようにして歩を進めた俺は、朱里の両親と対峙した。朱里の車椅子は青葉姉が押し、俺と朱里がおじさんとおばさんに並ぶ。
おじさんが顔をしかめながら言った。
「……言うことはあるか」
めちゃくちゃ、怖かった。
「……脱走しました」
俺は正直に答えた。大体、朱里がここまで来るのには俺の手引きが絶対に必要だ。敢えて言わなくても分かることだった。
「……どこに行く」
「北海道です」
「……何をしにだ」
「朱里に、雪を見せるためです」
おじさんが歯を食いしばるのが分かった。単純な話だ。助けるために連れ出したのではなく、死にに行くために飛び出したのだと分かれば、誰だって歯ぎしりしたくなる。
おばさんが叫んだ。
「陸人くんも分かってるでしょう!? 朱里は雨が降ったら死ぬのよ!? 雪に降られても……」
「だからだよ、おかーさん」
朱里が割り込むように言った。
「ぼくは雪を見て死にたい」
死にたい、という言葉に、その場の全員が震えた。
「それがワガママだって分かってる。ここまで育ててくれたおかーさんとおとーさんに、反抗してるんだってのも分かってる。それでもぼくは、りっくんと、最期に、思い出を作りたい」
朱里ははっきりとした口取りで、全く詰まることなく、そう言い切ってみせた。
「私たちがついていくのはだめなの?」
おばさんが言う。
「家族旅行のおまけでりっくんを連れていきたくないから。ぼくは、ぼくが一番好きな人と、最期の景色を見たい」
「でも……」
「もうすぐ死ぬってのに、おかーさんやおとーさんに迷惑をかけたくないから」
「迷惑なんて、そんな……」
一歩も退かない朱里の姿に、おばさんがたじろぐ。先ほどまでの強気な姿は、鳴りを潜めていた。
「うっ……」
おばさんが口元を押さえる。発作で今にも吐きそうなおばさんの背中を、おじさんが擦っていた。
「……朱里」
代わりにおじさんが言う。
「……我が儘はやめなさい」
そう簡単に、納得はしなかった。
「……父さんも母さんも、お前のことを大事に思っている。だから、そんな自殺のような真似はやめろ。迷惑をかけたくないと思ってくれているのなら、その考えをやめなさい」
おじさんは断言する。まるで大きな壁のように、俺と朱里に立ち塞がった。
おじさんとおばさんは、敵ではない。むしろ朱里のことが大好きだからこそ、そんな無茶な真似はよしてほしいのだ。娘に生きてほしい、というおじさんとおばさんを、一方的に悪者にはできない。
それでも。
俺は絶対に朱里を連れ出すって約束したから。
「親として、朱里の最期を看取りたいという気持ちがあるのは、理解してます」
自然と口が開いた。
「でも、朱里が望んでいることなんです。どうか、朱里のしたいようにさせてあげてください」
俺は無意識のうちに膝をついた。頭も下げた。知らず知らずのうちに土下座の形になっていた。床のタイルが冷たい。まるで結婚式前の顔合わせみたいだ、なんて思った。
「……陸人くんは、どうして朱里についていく?」
それはまるで。
お前が付いていく理由はないだろう、と宣言しているような問いかけだった。
もう少しだ。もう少しで、おじさんとおばさんは分かってくれる。
言うんだ。俺が望んでいることを――。
「朱里が好きだからです」
その言葉を言うのに、もはや躊躇いは無かった。
「バスケ部を辞めた俺に、新たな生きがいを教えてくれました」
おじさんは、黙って聞いていた。
「朱里の願いを叶えるのが、俺の新しい生きがいです。俺の独りよがりじゃない。朱里に流されているわけでもない。二人の望みとして、最期の最期まで、やりたいことをやるんです」
おじさんだけじゃない。おばさんも、青葉姉も、そして朱里も。静かに、俺の言葉を聞いていた。
「俺は、朱里が見せてくれる世界を見てみたい。そのためなら、朱里を何からだって、守ってみせます」
俺は立ち上がり、おじさんと目線を合わせた上で、言った。
「だからどうか、朱里との二人旅を許可してください」
もう一度、深々と頭を下げた。
すべてが本心だった。
下手に嘘をついたって、この場は何も解決しない。ならば正面から堂々と気持ちをぶつけて理解してもらうのが、大事だと思ったから。




