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てるてるぼうずをもう一度  作者: 国崎らびふ
【4章】2ヶ月の恋人
30/40

#4-8

 しかし、俺たちが幸福を膨らませるのとは裏腹に、朱里の病状はただ悪くなっていくばかりだった。いつも口先だけは元気だった朱里も、気力すら奪われているのか、突然黙り込んだり、作りかけのてるてるぼうずを放り投げて横になったりしていた。毛布にくるまって震えている日もあった。十二月になっていた。朱里の余命は、一ヶ月を切った。


 とある日、朱里は久々にてるてるぼうずを作りたいと言った。ここ一週間ほどてるてるぼうず作りを中断していたので、俺はやっと調子が良くなったのかと安堵し、材料を取り出す。それから黙々と二人でてるてるぼうずを作りだした。流石の俺も、少しは技術が上がってきたと思う。


「りっくん」


「なんだ?」


 朱里が二体目のてるてるぼうずを作りだしながら言った。


「てるてるぼうずの由来って、晴れ請いの生贄らしいね」


「!」


 何の脈絡もなく、淡々と言ってのけた朱里に、俺は驚いて持っていたゴムを落としてしまった。


「お前……知ってたのか?」


「まあ、スマホで調べたときにね」


 初めててるてるぼうずのことを調べた時に、朱里には黙っていたことだ。連日豪雨の村を守るために犠牲になった少女を弔うための存在。てるてるぼうず。後代にこうやって弔い人形を祀る文化が生まれて、少女は少しでも報われたのだろうか?


「りっくんって、雨は好き?」


「好きか嫌いかって訊かれたら……嫌いだよ。じめじめするし」


 俺は言った。風情がある、というのは分かるが、やっぱり濡れると気持ち悪いし、洗濯物も干せないし、いいものではない。


「じゃあ、ぼくが生贄になってさ」


 生贄、という残酷な言葉を発しながら、朱里は笑顔だった。


「ぼくが死んだら、晴れてくれるかな?」


「お前、何言って……」


 その、刹那の事だった。

 突然、雷が鳴った。

 背中が震えて、カーテンを開ける。


 ――雨が降っていた。

 無慈悲なまでに、しとしとと音を立てて、空が泣いていた。

 俺は咄嗟に振り返る。笑顔で起き上がっていた朱里の姿はそこにはない。朱里は既にベッドに突っ伏している。


「……ぁぁぁ……!」


 来た。

 朱里の唸り声を聞いた瞬間、俺は直感的にそう思った。

 俺は咄嗟に痛み止めを探した。朱里の枕元に錠剤が転がっている。封を開け、近くにあったコップに水を注いで、朱里の口に押し込んだ。これで、きっと大丈夫……


「ううううううううう……!!」


 大丈夫、では、なかった。朱里の苦しみは止むどころか悪化した。あまりの痛さに朱里が身体をもんどり打っているせいで、腕に刺さっている点滴の管が外れてしまった。

 いくら待っても、朱里の様子が落ち着くことはなかった。


「薬……効かないのか!?」


 錠剤が入っていた袋を何度も確認する。確かに痛み止めで間違いない。分量も正しいはずだ。それが効かないという事実が意味するのは……痛み止めすら意味をなさないほどに、悪化したということだった。


「朱里……!」


 足を押さえてじたばたと暴れる朱里に呼びかける。


「死なないよな!? まだ生きたいよな!? まだまだ、てるてるぼうず、作りたいよな!?」


 俺は朱里に、声を絞るようにして叫んだ。手を握る。朱里の手がはっきりと握り返してくる。まだ生きたいと。なら、それを叶えるのが彼氏の俺の役割だ。しかし……病気の事ばかりは、俺ではどうしようもない。難しいことは、専門家に頼るほかない。

 ナースコールで朱里を呼ぶしかないと思った。

 しかし、今ここで看護師さんを呼べば、俺が無断で面会していたことがバレてしまう。


「う、うう……痛い……痛いよ……りっくん……」


 でも、苦しんでいる朱里を放ってはおけない。

 俺は意を決して、ナースコールを押した。

 ばたばたと看護師さんが走ってくる。痛みに呻いている朱里の姿を見るや、担架を持ってくるよう、他の看護師さんに指示していた。そして、俺と目が合う。「あなた、なんでいるの」と言われんばかりの形相だった。俺は無視し続けた。しばらくそんな小競り合いが続いたが、今は朱里の病状の方が大事だと判断したのか、朱里の足を擦り始めた。

 届いた担架に朱里が乗せられる。一目散に担ぎ出されていったかと思うと、残っていた看護師さんに、病室を追い出された。改めて、名前を訊かれた。

 俺はすべてを悟った。


 ◇

 

 八○三号室は、完全に面会を拒絶していた。

 八階の中でもとびきりの問題児ということで、朱里の部屋の前には簡単な監視がついた。警備員が巡回するようになった。他の階の見回りも兼ねた一時間ごとの交代制らしく、いつ見ても警備員のおっさんが歩いているが、いつ見ても違う人だった。


 仕方ないので直接の会話は諦め、スマホを通してやり取りすることにした。もう一週間はそうしている。

 九日目の朝、突然こんなメッセージが来た。


『たぶんね』


 勿体ぶった書き回しだった。


『ぼく、もうすぐ死ぬよ』


『どうしてそう思うんだ?』


 俺は自室のベッドでスマホだけを見ながら、返事を送る。


『最近すごく眠かったり、息苦しかったりするんだ』


『それはやばいな』


『でしょう?』


 その後に、絵文字がいっぱいついている。ほとんどが笑っているやつだ。あまり笑えない話だが、本人からすればもう深刻ぶるような事でもないらしい。


『あのさ、』


 点がついているのを見て、途中送信したんだなってことは分かった。


『お願いを聞いてもらっていい?』


『ああ』


 しばらく返事が来なかった。既読はついている。何かを考えているのかもしれない、と思って、俺はリビングに牛乳を取りに行った。

 戻ってきてスマホを見ると、通知が来ていた。


『雪が見たい』


 確認してみると、そう書いてあった。


『雪?』


『そう』


 矢継ぎ早にメッセージが飛んでくる。

 機械音痴の朱里らしくない、ものすごく早い返事だった。その後で、いくつか雪景色が広がっている画像が貼られる。どこも見たことがない。恐らく、ネットで拾ってきた画像なのだろう。そして数枚画像が貼られた後に、再び文章のメッセージが届いた。


『北海道に行きたい』


 それからすぐにもう一文が届いた。


『どうせなら、雨より雪に包まれて死にたい』


 そう、書かれていた。

 生きたい、ではなく、死にたい。

 それは、朱里の最後の願いだと察した。


『分かった』


 俺は返事を送った。すぐに朱里から返ってくる。


『自分でお願いしておいてなんだけど、病室、入ることも出ることもできないよ』


『関係ない』


 俺は自分の不安を否定するように、メッセージを入力する。


『必ず、迎えに行く』


 俺はそう送って、早速荷支度を始めた。

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