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てるてるぼうずをもう一度  作者: 国崎らびふ
【1章】カウントダウンは突然に
3/40

#1-2

 ……朱里は普通の高校生だ。

 ルックスはまあ、いい。学校でも人気はあるらしい。胸もかなりある。

 だが、頭は正直めちゃくちゃ悪い。今まで取った赤点の答案用紙だけで四畳のカーペットが作れる。

 運動もできない。ドジなのかよく転ぶし、天性のノーコンで、投げたボールは真後ろに飛ぶ。


 特別なことといえば、昔、「りっくんの真似をする」ということで差し替わった一人称くらい。

 自分のことを「()()」と言う。

 違和感こそあるが、もう十年越しの付き合いだ。慣れた。


 あとは、謎の行動力。こうしようと決めたら既に動き始めている。

 俺は常に振り回されている。小四の頃、向かいの山田さん家の畑のど真ん中を掘り抜いて「ここに秘密基地を作ろう」と言い出した時は正直驚いた。当然、山田さんにはこっぴどく怒られた。


 ともかく、朱里は特に豪華な家の生まれでもないし、頭も良くなければ運動も得意でない。

 たまに大暴れして、少しだけ周りに迷惑をかける……どちらかといえばダメな方の普通の女の子だ。……俺も人のことをどうこう言えるほどではないが。


「いただきます」


「いただきまーす」


 俺が手を合わせるのを追うように、朱里も箸を握る。

 俺はまず米に手をつけた。一方、朱里は嫌いなものから食べるらしく、今日一番に箸が伸びたのはおひたしだった。つまりはそういうことだ。自分が嫌なら作らなきゃいいのに。


 そんなことを思いながら、俺はテレビに目を向けた。ニュースをやっていた。

 修学旅行中の中学生を乗せたバスが事故を起こし、10人死亡、20人が重軽傷……という内容だった。美人の若手アナウンサーが淡々と原稿を読みあげ、その左上には凄惨な現場の映像。


 まだまだこれからって歳だったろうに。しかも修学旅行中なんて、人生で何番目かに楽しい時期じゃないか。可哀想に……という俗っぽい感想を抱いた後に、()、というワードが頭の中を一周した。


 なんとなく気になって、朱里に話題を振ってみた。


「怖いよなあ、俺たちもいつどこで死ぬか分からないな」


「ふーん」


 朱里は興味なさげに味噌汁を啜っている。


「りっくん知ってる?」


「なにを」


「宝くじで一等が当たる確率より、急病や事故で死ぬ確率の方が高いんだって」


「どこ情報だよそれ」


 スクランブルエッグを飯に乗せ、醤油をかけてからかっこむ。


「数学の高橋先生が言ってた」


「俺、知らないぞ」


 俺と朱里は同じ高校の同じクラスだ。先生が授業中に言ってたなら、俺が知らないはずがない。


「だってその時、りっくん寝てたし」


「あ、そう……」


「だから死ぬことを考えても仕方ないんだよ。死ぬ時は死ぬんだから今を楽しんで生きないと」


「お前は楽しみすぎだ」


 麦茶を一気に飲み干し、もう一杯注ぎ足す。


「あとは天気予報が外れる確率とかも」


「それは聞いた。ニ十パーセントくらいで外れるんだろ」


「その時は起きてたんだね」


 朱里は言う。


「ぼくにとっては死ぬ確率なんかより、雨が降ってが遠足が中止になる確率のほうが困る」


「小学生かよ」


「ドゥクシッ」


 それこそ小学生みたいな擬音を発しながら横腹を殴ってきた。反動で飲んでいた味噌汁を噴き出す。


(きたな)っ」


「お前が殴ってきたんだろ!」


 俺はふきんで噴き出した味噌汁と豆腐をふき取りながら朱里を睨みつける。早食いの朱里は先に食べ終わったらしく、箸を置いてげらげらと笑っていた。


「さ、誰かさんが寝坊したせいで遅刻しそうだからさっさと行こう」


「……悪かったよ」


 結局今日は天気予報を見ずに、テレビを消した。



 ◇



 午前8時30分。俺たちは高校に向かって走っていた。信号がある一車線ずつの道路の歩道を、二人でせかせかと進んでいる。


 寝坊が酷い俺は、「一番近い高校だから朝ゆっくり寝られる」と言う安直な理由で第三高校を受けたのだが、学力が残念な朱里にとっては若干厳しかったようで、毎晩徹夜の受験勉強を強いられた。

 色々楽できるから俺と同じ高校に行きたかった、と言っていたが、逆に手間だったんじゃないかと今では思う。なんとか受かったのはいいものの授業についていけず、毎日課題を出されているらしい。朝補習の話もあったそうだが、断ったらしい。


 今日もいい天気だ。そういう日は決まって「ちょっと暑いくらいだな」と空を見上げるが、そのたびに、空が真っ青であることに気づく。汗を拭くタオル、持ってくればよかった。

 なんて事を考えながら青空を眺めていた時、


「あ」


 朱里が足を止めた。


「今日数学あったっけ」


「あるぞ、二時間目に」


 そう応えると、朱里はやってしまったと言わんばかりに目を細めて、


「教科書忘れたあ」


「貸さないからな」


 先に釘を刺す。もう学校もすぐそば、というところまで歩いてきているから、今から戻っては確実に遅刻だ。

 とはいえ数学の高橋先生は忘れ物に厳しく、教科書が無い事がバレたら宿題が倍になる。巷では「倍プッシュの高橋」として有名だ。


「そこをなんとか」


 朱里が頭を下げながら、両手を擦り合わせている。……いや別に、貸すのは良いのだが、朱里にタダで何かしてやるのが気に食わない。


「ジュース一本」


「ダメだ」


 俺は首を振る。


「キャロリーメイト」


「もう一声」


「焼きそばホットドッグ」


 ……む。


「いいだろう、手を打とう」


 購買数量限定品である特製焼きそばホットドッグに釣られ、俺は承諾した。


 その時だった。


 晴れ渡っていたはずの空が急に曇っていき、地面が少しだけ影を濃くした。


「なんだ……?」


 これまで冴えわたるように広かった空は、瞬く間に白くなっていく。ぱりっとして爽やかだった空気は、首筋にまとわりつくねっとりしたものへと変わってしまった。額から滑った汗が乾かない。


 もしかしてこれは、と思うのも束の間。

 ――雨が降ってきた。


「なっ」


 空からバケツをひっくり返したよう、という比喩がまさしくぴったりだった。隙間の無い雨粒がびっしりと地面に落ちていって、弾ける。


「さっきまであんなに晴れてたのに……」


 俺たちは近くの駄菓子屋のひさしに避難した。

 こんな雨だ。傘なんて持ってるはずもなく、俺たちは雨宿りに逃げるしかなかった。車のエンジン音も、女子高生たちの黄色い声もかき消してしまう雨音がやかましかった。


「遅刻だな、こりゃ」


 肩を下げた。これでは学校に間に合うはずもない。濡れながら走るか? いや、俺だけならいいが、さすがに朱里を巻き込むわけにはいかない。そもそも今から走ったところで、朱里の鈍足では間に合わない。

 そう思っていたら、急に雨が弱くなってきた。

 いわゆるにわか雨というやつだ。ゲリラ豪雨、とも言うらしい。

 なんだ、大したことなかったな、と安堵して隣を見てみると。


 朱里が、両膝をついていた。


「朱里……?」


 動こうとしない。喋りもしない。またいつものおふざけだろうか? 俺は皮肉じみた声で、


「他の教科書も忘れたのか?」


「……」


 返事がない。何やら呆けた顔で視線を落としている。 


「仮病で休むのか? 付き合ってやるのは良いけど、焼きそばホットドッグの約束は――」


「足が」


 俺の文句を遮るように朱里がぽつりと言った。


「足?」


 膝立ちしてるから、足がどうかしたんだろうとは思ったが。


「足が、動かないの」


「動かない……? どういうことだ?」


 跳ねた雨で靴下が濡れていること以外、特に違和感はない。血が出ている風でもない。しかし足が動かない、ということは、折れているのかもしれない。


「ちょっと見せてみろ」


 俺はバスケ部だった。骨折や捻挫をよく見てきた。折れていると大抵真っ赤に腫れるので、一目見ただけですぐに分かるのだ。朱里を座らせ、その両脚を伸ばした。


「脱がすぞ」


 学校指定の革靴を脱がし、ハイソックスもひん剥きにかかる。こんなことをしたらいつもの朱里なら「スケベ!」と叫ぶどころだが、今はやたらと大人しい。その静けさからなんとなく嫌な予感というか、悪寒に近いものが背中をさっと駆け抜けた。


 剥き出しの両脚があらわになる。細く……はないが、肉がほどよく付いていて健康的だ。肌は白くて綺麗なので、俺と喧嘩したときの傷がところどころに残っているのが少々申し訳ない。こんなに白いなら当然、腫れていれば一発で分かるはずなのだが……。


 赤くない。


「折れてないのか……?」


 つま先から少しずつ、とんとんと叩いてみる。


「痛いか?」


「……え?」


「いや、痛いかって訊いてるんだが」


 朱里はきょとんとした顔を浮かべて俺の目を見ていたが、やがて我に返ったと言わんばかりに目を見開いて、


「ううん、痛くない。でも動かない」


 首を振った。


「冗談抜きで、動かないんだな?」


「うん」


 実はドッキリだった、なんてことをたまにやるから、俺は一応の確認を取る。朱里の顔はあくまでも大真面目だった。いや、ちょっと、涙目だった。


「病院、行くぞ」


 普段なら学校まで連れ込んで保健室に投げ込んでやるところだが、いつものヘラヘラした朱里じゃないのが、どことなく居心地が悪くて。早く助けてやらないと、と思った。


「どうやって行くの?」


「ヘイ、タクシー」


 手を伸ばす。ちょうど一台のタクシーが向かいから走ってくるところだった。しかし、対向車線で見つけ辛かったのか、タクシーは止まることなくそのまま走り去ってしまった。


「ぷっ、無視されてる」


 涙目の朱里がちょっと笑った。少しだけ、いつもの調子が戻った気がした。


「じゃあお前が呼べよ」


「見てろよー、スーパー美少女のぼくならタクシーの運ちゃんなんて一発でオチるから」


 タクシーの運転手を落としてどうするつもりなんだ。


「ヘーイ! タクシー! 乗ってかなーい?」


 いや、乗るのは俺たちだろ。

 朱里は座ったままで両手をぶんぶんと振り続けるが、タクシーは無慈悲にも駆け抜けていった。


「ぷぷぷ、美少女さん、タクシーはまだですか?」


「ぬぬぬ……この全身から溢れ出る魅力に気づかないとは、運ちゃん、愚かなり……」


 普通に座ってるから気づかなかったんだと思うが、拳を握り込んで歯ぎしりを浮かべて悔しがっているあたり、コイツは本当にアホなんだと思う。

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