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てるてるぼうずをもう一度  作者: 国崎らびふ
【4章】2ヶ月の恋人
27/40

#4-5

「怖い? 朱里ちゃんは十倍は怖かったかもしれないのよ!? 陸ちゃんみたいな鈍感男子に、ありったけの気持ちを叩きつけるのにどれだけの勇気が必要だと思ってるの!」


 俺はビンタの衝撃でくらくらしながら、青葉姉の顔を見た。いつもの飄々とした青葉姉とは真逆の、般若のような顔だった。


「陸ちゃんは、朱里ちゃんのことが好きじゃないの!?」


 青葉姉は俺の両肩を掴んで激しく揺する。ぐわんぐわんと傾く視界の中、俺は朱里の顔を思い浮かべていた。

 毎朝起こしに来てくれた幼なじみ。

 毎日のように昼ご飯を一緒に食べた幼なじみ。

 毎回ではないけれど、遊びに来るたびに夜を明かした幼なじみ。

 誰にも取られたくない。


「好きなんでしょ?」


 俺は青葉姉の威勢に押され、硬直する。かもしれない、だった感情が、だんだんと確かな形を帯びて、俺の心に落ちていく。


「怖いなんて当たり前。否定されないとも言い切れない。愛なんて永遠とは限らない。恋愛がそんなに簡単なら、陸ちゃんだって、朱里ちゃんだって、私だって……悩むことはなかったのかもしれない。悩んでもいい。苦しんでもいい。泣いたっていいし、怒ってもいい。


 でも、憎まれるのが怖いなんて言葉は、人に恨まれるほど人を愛してから言いなさいよ」


「恨まれるほど、人を愛してから……」


 俺は、朱里を愛しているだろうか?

 もし、いつか朱里に憎まれてしまったとして、悔しいと思えるほどに、朱里を愛しているだろうか?

 正直なところ、分からない。恋人なんて作ったこともない。未経験の領域だ。断言はできない。


 でも。

 「そうでありたい」とは、願えるように思えた。

 病気で苦しんでいる朱里のそばにいるのは、俺だけなんだ。


「……好きだ」


 気持ちがあふれ、俺はそれを口にする。


「声が小さい! そんなんで届くと思ってるの!」


 青葉姉に叱咤される。まるでスパルタ教育みたいだった。心の底がうずく。


「好きだ」


「もっと!」


「好きだ!」


「まだまだ!」


 ぶつけられなかった感情の在処を見つけたような気がした。今なら叫べる。今なら大声で言える。

 俺は。

 俺は、朱里のことが……!


「好きだああああああああああ!!」


 息を吸い、腹の底から声を出した。心の中に眠っていた感情まで、一緒に引きずり出されるような感覚だった。


「なんだ、できるじゃない」


 青葉姉はまるで自分の事のように誇らしげに微笑んでから、俺の頭に手を当てる。柔らかい手だ。そんなことを思いながら、俺は撫でられていた。まるで子供みたいだが、俺は抵抗しない。その優しい手つきは、姉が弟にするような……そんな感じだった。


「やることは分かったわよね?」


「ああ」


 この気持ちを言うべき相手。青葉姉に対して宣言しただけで満足してはいけない。これはやはり、本人に言わなければ。

 俺はその相手のところに行く。

 何も難しいことはない。俺はこの気持ちをはっきり伝えることによって、俺を好きだと言ってくれた女の子に答えを返す。それだけのことだ。


 まだ、怖い。

 でもきっと、そんな恐怖は誰でも抱いていることで、ちゃんと向き合っていかなければいけないと思ったから。


「ちゃんと分かったのなら」


 青葉姉は言った。


「私にも、言うことがあるでしょ?」


 右手の指をぴっと俺に突き出す。その指が俺の鼻元まで届き、思わず目を逸らしそうになる。そんな俺の頬を青葉姉は左手で押さえた。私から逃げるな、と言わんばかりだった。

 俺が言うべきこと、それは……。


「ごめんなさい」


 俺は頭を下げた。


「俺は、あなたとは付き合えません」


 頭を下げながら、言った。こんな美人の告白を断るなんて、世の中の男が聞いたら黙ってないな、なんてことを思いながら、俺はただひたすらに腰を折っていた。


「ん、よろしい」


 青葉姉は脱いでいた上着を再び着こむ。そしてまたベッドにごろり、と転がった。


「あーあ」


 本当に残念そうに後ろ手を組んで、


「フラれちゃった」


 ばたばたと足を振った。俺は驚いた。青葉姉はゲラゲラ笑っていたのだ。


「……フラれたのに、ずいぶん笑うんだな」


「なんでって」


 青葉姉ははあ、と一息の嘆息を挟んだ。そして言った。


「どんなに辛いことがあっても笑うのが、大人の女ってもんでしょう」


 それから青葉姉は、また歯を見せて笑った。胸がずきりと痛む。鈍い俺でもすぐに分かった。そうやって強がって、俺に割り切らせようとしているのだ。でも、そうしてくれることで、俺は踏ん切りがつき……自分の中に迷いが無くなっていくのを感じた。


「じゃあ今日はすぱっと寝て、明日、あの子の元へ行きなさい」


「いや、今から……」


「今、何時だと思ってるの?」


 俺は言われて時計を見た。短針は……11を指している。


「病院、開いてないでしょ」


「ああ……」


 病院は夜の十時には入口を閉めてしまう。


「焦る気持ちも分かるけど、ちゃんと心構えを持ってから行きなさい。失敗、したくないんでしょ?」


「……分かった」


 青葉姉に諭されて頭が冷えた俺は、


「すまん」


「なんで謝るのよ」


 なんとなく、謝りたい気分だった。それを見た青葉姉がくすくすと笑った。


「じゃ」


「おやすみ、陸ちゃん」


 俺は背を向ける。部屋のベッドにはもう赤也を寝せてしまっているから、俺はソファーにでも転がろう。

そう思いながら、扉のドアに手をかけた時だった。


「ねえ」


 部屋を出ようとする俺を、青葉姉が呼び止めた。どこか甘えるような声だ。強気な青葉姉には珍しい声色だった。

 俺が振り返ると、青葉姉が自慢げに仁王立ちしていた。どうしたのかと尋ねると、


「実は私、預言者なのよ」


 絶対嘘だと思った。


「水晶玉とか使うのか?」


「玉を隠す布はあるけど、肝心の玉が無い」


 反応に困ったので、大爆笑してやった。


「なんでそんなに笑うのよお」


 子供っぽく拗ねる青葉姉に、俺は笑いを止めぬままに、


「胡散臭すぎて」


「歯に衣着せぬ、って言葉知ってる?」


「中学で習った」


 青葉姉の頬がさらに膨らんだ。その姿がますます朱里と重なったせいか、俺の心臓が飛び跳ねそうになる。

 その戸惑いを隠すように、


「じゃあ、占ってくれよ」


「合点承知の助~」


 いつの時代のネタなのだろう。


「じゃあ、見るわね」


 青葉姉はすう、と深呼吸をした。

 水晶玉は無いのだが、両手で玉を撫でるような仕草を繰り返しながら、


「見える、見えるぞお」


 馬鹿っぽい演技だった。

 青葉姉は一度目を瞑り、三秒ほど待ってからカッと目を見開く。演技は演技なりになかなか凝っている。意味もなく感心した。顔が良いから女優になれそうだ。


「陸ちゃんはもう一度私の所に来る。朱里ちゃんと一緒にね」


 やっぱり胡散臭いと笑ってから、俺は青葉姉の部屋を後にした。

 去り際、青葉姉が鼻をすするような……そんな声が聞こえた気がするが……振り返ることは、なかった。

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