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てるてるぼうずをもう一度  作者: 国崎らびふ
【4章】2ヶ月の恋人
26/40

#4-4

「なんで、そんなこと……」


「朱里ちゃんと絶交した今なら、チャンスだなって思ったの」


 冗談を言っているようには見えなかった。顔が真剣だった。その空気に、俺は呑まれてしまった。


「昔から、いいなとは思ってた。ちゃんと周りを気遣える優しい子だから。ちょっと歳は離れてるけど、まあ、好きになったら誤差だしね」


 五つ差くらい、と青葉姉は頬を染めながら笑った。


「陸ちゃんには朱里ちゃんがいたから、ちょっと諦めかけてたけど」


 踊るようにくるくると回って、


「陸ちゃんが朱里ちゃんを諦めたなら、私が陸ちゃんを奪ってもいいわよね」


 青葉姉は息がかかるほどの距離まで顔を近づけてくる。小悪魔、という例えがあまりにもよく嵌りすぎていて、悪魔に心を取られそうになっている自分に恐怖すら覚えた。


「私をどうするかは、陸ちゃん次第よ」


 それから青葉姉は、どういうわけだか、パジャマの上着を脱ぎだした。下に着ていたキャミソールが露わになる。剥き出しの肌は、朱里と同じくとても白い。雪のようだった。


「私のことが好きなら、好き勝手にしていいよ。今すぐ私に襲いかかって、抱いてもいい」


 どさ、と青葉姉がベッドにもたれこむ。艶やかな唇、開いた胸元、すらりと伸びた足。思わず目を背けても、ほんのりと甘い香りが俺の鼻をくすぐる。青葉姉の何もかもが、俺を誘惑している気がした。


 ……でも。

 心の中の何かが、俺に踏みとどまるよう、ささやいている。


 青葉姉はすごく魅力的だ。スタイルもいいし、美人だし、気立ても良くて頭も良い。仕事もある。なんで、俺なんかを好きだと言えるのか分からない。いくらでも男を選べるはずなのだ。裏を返せば、男なら誰でも、青葉姉に惹かれるはずだ。俺だって例外じゃない。こんな女性を自分のものにできるのなら、絶対に飛びつきたくなる。


 なのに、どうしてだろう。

 ……そのまま流されていいのか。

 そんな考えが、頭の中に響き続けている。


「待ってくれ」


 俺は苦し紛れに手を突き出した。それからすぐに、その行動そのものが青葉姉を拒否するような、失策であったことに気づいてしまった。


「何も気にしなくていいって言ったら?」


 青葉姉は上半身を起こし、寂しそうに両手を伸ばした。

 俺は、何故だか初めて作ったてるてるぼうずのことを思いだしていた。『童貞を捨てたい』というくだらない願いが、もしかしたら今ここで叶えられるのかもしれない、なんていう、とんでもなく低俗な考えが、頭の中を数辺巡った。


「それでも、ダメだ」


 俺は否定する。それは本当に好きな人としなければダメだ、と俺の良心が警鐘を鳴らしていた。

 しかし、青葉姉はなおも訊いた。


「朱里ちゃんだったら、抱いた?」


「……!」


 想像してしまった。

 もし、同じようなことになって、朱里だったら? 俺はこの場に流されていたのだろうか? 朱里のことを抱きしめていただろうか?

 自信が、ない。


「……分からない」


「はあ?」


 青葉姉は目を見開いた。しんっじられない、と呟いて、握っていた枕をぶん投げた。


「陸ちゃんは、自分の気持ちが整理できてないみたいね」


 事実その通りなので、俺は何も返せずにいた。


「朱里ちゃんを誰かに取られたくないって思ったこと、ある?」


「……ある」


「自分以外の誰かと喋っていて、気持ちが落ち着かなくなったことは?」


「……あるな」


「隣にいて、笑顔を見ていたいって思ったことは?」


「……それも、ある」


「それ、好きって感情よ。間違いなく」


 青葉姉は呆れながら言った。


「その感情は、幼なじみかどうかなんて関係ない」


 俺はただ、青葉姉の言葉を聞いていた。


「家族だったり、人間じゃなかったりしても、それも愛。障害は多いけどね。その点陸ちゃんと朱里ちゃんは普通の男女なんだから、何の問題もないでしょ?」


 愛、と青葉姉は言った。さすがにその意味は、俺でも分かった。

 ライクじゃなくて、ラブとして。

 自信はなかった。自覚もなかった。けど、認めざるを得なかった。確かに俺は、朱里のことが、好き、なのかもしれない。


「何が不安なの?」


 俺の不安。まるでガラス瓶の中のように心を覗かれて、俺はぞくりと体を震わせる。もう、何を隠しても無駄だと思って、俺は口を開いた。


「今更どうしていいか、わからない」


 朱里は面会謝絶。会うことはできない。それに俺は、朱里の告白に返事を出せなかった。ショックに決まってる。


「本当は」


 薄々気づいていた。朱里は俺のことが好きなんじゃないか、ということも。でも、そうだとしてどうするんだ、と目を背け続けていた。


「俺は怖いんだ」


 バスケ部の時のように。

 最初は必要と言われていても、少しトラブルがあっただけで、不要な存在に成り下がることが怖い。あの冷ややかな目。お前はもう要らないから出ていけという無言の訴え。それが朱里から向けられたら、と思うと、怖い。怖い、怖い、怖い。


「俺は朱里に必要とされたい」


 朱里のことが好きだけど。

 きっと、今の関係のままでも朱里は俺のことを頼ってくれる。でも、付き合ってしまえば、ふとした瞬間に、嫌われてしまうこともあるかもしれない。

 愛情と憎しみは表裏一体。憎まれるくらいなら、愛情は心の中に隠しておきたい。


「要らない、って言われたくない」


 怖い目に遭うくらいならば、いっそのこと、このままで。

 俺は震える腕をぐっと握り締め、そう告げた。

 そこまで聞いて、青葉姉は――

一瞬だけ微笑んでから、


「甘ったれたこと言ってんじゃねえ!」


 鬼のような形相で、思いっきりビンタしてきた。

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