#4-3
そういうわけで、俺は連休を青葉姉の店で過ごすことになった。開店して、昼までは店番。人手が足りないとは言っていたが……大体の通行人は、この店を通り過ぎてショッピングモールに流れていく。たまに足を止める人もいたが、少し目配せする程度で、結局目的地が変わることはない。
まあ、たまに客が入ることはあった。女性客が多い。驚くことに、あのクソダサい「MAINITI IITENKI」セーターをレジに持ってくる客ばかりだった。
こんな、着るのも恥ずかしいセーターを何故買おうと思ったのか。あまりにも気になりすぎて、俺は客に、レジでお釣りを返しながら、
「なんでこの服を買おうと思ったんです?」
と馬鹿正直に訊くと、客は、
「手作りっぽさが出てて、あったかいじゃない」
と言って釣銭を受け取り、そそくさと帰っていくのだった。手作りってそんなに良いものなのだろうか。店番の俺はただただ腕を組むばかりであった。
昼の休憩を挟み、またレジの番。椅子に座って店内を眺めているのも暇なもので、たまに居眠りをすることもあった。そのたびに奥の青葉姉から空き缶が飛んできて起こされる。もうちょっとマシな起こし方をしてほしい。
で、夜になると店を畳み(シャッターって意外と重い)、遊びに来ている赤也と一緒にてるてるぼうずを作る。その間に青葉姉は俺たちの晩飯を作ってくれる。初日はうどん、翌日はスパゲッティだった。青葉姉の好物が麺類なのはよく分かった。
晩飯ができると、俺と赤也はてるてるぼうず作りを中断し、リビングのテーブルに座る。元々青葉姉が母親と住んでいたこともあってか、リビングには随分と物が揃っていた。テレビもあるが、子供である赤也を優先し、アニメを流している。
そうして、俺と青葉姉と赤也が、同じ食卓で同じ飯を食べるのだ。
そんな光景をぼんやりと見ていた青葉姉が俺に、
「夫婦みたいよね」
ふと、そんなことを呟いた。
いい年の男と女。一人の子供。確かに家族みたいだと思った。テーブルを囲んで、ゆっくりと過ぎていく時間。それはまるで、新たな日常のように……
――が。しかし。
俺の心は何かが埋まらないように、小さな穴が開いていた。
「陸ちゃん?」
ずっとこのままだったらいいのに、ではなくて。
ずっとこのままでいいのだろうか? という不安。
おそらくそれが心の隙間の正体なのだろうと、一人で納得してみせる。
しかし、俺の心持ちとは裏腹に、青葉姉は腑に落ちないのか、
「私のスパゲッティ、そんなに美味しくないかしら?」
不機嫌そうに、机を中指の爪で叩いている。不味そうな顔を浮かべていただろうか。
「そんなことはないぞ! ほら!」
俺は慌ててフォークをスパゲッティに通し、勢いよく啜り上げた。ミートソースが飛び散って口元に付く。口いっぱいに頬張ったせいで噛み切れなかったので、いくらかは飲み込んでしまった。
「ぎょうぎ、わるい」
ばっちり見ていた赤也に諫められた。
「あはははは!」
青葉姉が大爆笑した。「小学生に怒られてやんの!」などとのたまいながら笑い涙まで流していた。睨みつけてみるが、それがさらに面白かったのか、笑い声はさらに大きくなる。
この空間は心地いい。それは、嘘じゃない。間違いない。
それでも、何か物足りなさを感じて、心がざわめくのを止められなかった。
「そりゃ、朱里ちゃんに比べれば下手かもしれないけど」
落ち着かなくて貧乏ゆすりを始めてしまった俺に、青葉姉は頬を掻きながら言った。
何故、ここであいつの名前を出すのだろう。
「私だってそこそこ料理できるから」
料理の味をあいつのと比べているわけじゃない。確かに味は違うかもしれないが、青葉姉の飯を受け入れられないというわけではない。
そうではなく、この場所に後ろめたさを覚える。
ずっとここにいたいけど、いたくない。その相反した感情がぶつかり合うのを誤魔化すように、俺は黙って青葉姉のスパゲッティを食べ終えた。
「陸ちゃん」
ただ、青葉姉の改まった口調を聞くに、誤魔化し切れなかったらしい。
青葉姉は食べ終わった食器を抱えて立ちながら、
「赤也ちゃんが寝たら、私の部屋に来てくれる?」
そんなことを言った。真剣な眼差しだった。ふざけているようには見えない。俺は赤也の真似をして、黙って頷いてみせた。
それだけ見て、青葉姉は台所に引っ込んでいった。
◇
俺は空き部屋(去年まで青葉姉の母親が使っていたらしい)に寝泊まりしていて、今は赤也も一緒だ。赤也が自宅から持ってきたゲームに付き合って、一緒になって遊んでいる。無口ながら礼儀正しい赤也だが、ゲームで遊んでいる姿は年相応だと感じた。大人げなく全力を出してやると、拗ねる。そういうところも子供なのだと実感する。息子と遊ぶ父親の気分ってこんな感じなのだろうかと、ぼんやりと思った。
そうしているうちに夜は更け、赤也がうつらうつらと舟をこぎ出した。
「もう寝ろよ。遅くまで起きてると大きくなれないぞ」
赤也はこくりと頷き、一人でベッドへと向かっていった。聞き分けの良い子供である。
「さて……」
俺は決意し、立ち上がる。赤也が頭から布団をかぶったのを確認すると、極力音を立てないように、ゆっくりとドアを開けて部屋を後にした。
隣が青葉姉の部屋だ。俺はドアをノックする。「どうぞ」という声が聞こえてくるのを待ってから、俺は部屋に足を踏み入れた。
「待ってたわ」
ぬいぐるみがいっぱいある、ファンシーな部屋だった。
「ねえ、陸ちゃん」
青葉姉は俺を椅子に座らせてから、自分もベッドに腰かける。
「異性を一人思い浮かべてみて」
「え、なんで」
「いいから。心理テストみたいなものよ」
言われたとおりに、異性を一人だけ思い浮かべる。
俺にとっての、女の子。それは……。
良く見知った幼なじみが、遊園地で嬉しそうに遊んでいる光景が浮かんだ。
「……!」
その思考に呑まれそうになっていたところで我に返り、目を見開く。その様子を見ていたらしい青葉姉が、安堵とも失念ともわからぬため息をひとつついた。
「当ててあげようか?」
「……分かるんだろ」
青葉姉の表情は、全てを見抜いたような、いやらしい微笑みだった。妖艶、と言う言葉が一番近いように思えた。
「なんで、その子を選んだの?」
「なんでって、異性だから適当に……」
「本当に? 他意はない?」
随分としつこく聞いてくるものだ。
「あるわけないだろ? 大体、それがどうして……」
「……私が目の前にいたのに?」
「あ……!」
俺は青葉姉の真意に気づいて、顔を押さえる。
異性を一人思い浮かべろ、と言った。それは当然目の前にいる青葉姉でもいいわけで。本当に誰でもいいのなら、目前の青葉姉を思い浮かべるのが自然だ。
なら、なんで俺はわざわざあいつのことを……朱里のことを、思い出したのか、ということである。
「陸ちゃん」
頭を抱えている俺にそっと呼びかけるように、青葉姉は俺の名前を口にして、
「私と、付き合ってよ」
そんなことを、言った。




