#4-1
幼なじみの顔が、見えない。
「はあ……」
病院を後にし、肩を落として歩きながらため息をついた。
やることがない。
あいつがいないと、こんなにも世の中がつまらないのか、と思った。
ゲーセンに行った。対戦ゲームのオンラインモードで遊んだ。昔はオフラインでしか対戦できなかったらしいが、最近はそんなことはない。だから、顔も声も知らない相手と勝負できる。俺はそんな顔も声も知らない相手とバトルし、ボコボコにされ、ひたすら爆音を吐き出し続けるだけのゲーム筐体に悪態をついてゲーセンを出た。
映画館に行った。今話題のラブロマンス映画が上映されていた。興行収入は百億を超えるとかで、今や日本のベストセラー映画だ。そんな映画ならつまらないはずはないだろうと思ったのに、一人で観る映画はクソだった。隣にいるカップルがイチャついているのを見ていたせいで逆にストレスが溜まったくらいだ。クライマックスのキスシーンを見る前にシアターを去った。
『やまむら』にあるラーメンを食いに行った。あいつと一緒に食べた時は美味しく感じたそのラーメンは、今はひどく無味に思えた。麺がゆるゆるのゴムに感じる。スープがただの油に感じる。結局、店員に一言詫びを入れ、残して店を後にした。
陽が沈んでいた。十一月の夜は暗かった。
商店街を抜けていると、
「あれ、陸ちゃんじゃない」
服屋の前。シャッターを下ろして店仕舞いしようとしていた青葉姉にばったり会った。商店街は一本道だから、青葉姉が外に出ていれば鉢合わせするのは当然と言えば当然だった。
しかし青葉姉は一人ではなく、そばに一人の男の子がいた。その顔は……
「あっ、お前……!」
公園で会った子供だった。確かあの時、怪我を助けたお礼に鈴をくれた少年だ。少年の膝の傷はきれいさっぱり無くなっており、きちんと手当てを受けたことが覗える。
「あれ、この子のこと知ってるの?」
「こないだ会ったんだよ。な?」
少年に話題を振ると、少年は小さく頷いた。頷いたが、相変わらず喋ろうとはしない。まだまだ小さな左手で、青葉姉のエプロンの裾を掴んでいる。人見知りするんだろうか。
「その子、青葉姉の何なんだ?」
そう俺が軽い気持ちで訊くと……。
まるで、それが当たり前であるかのように、
「ああ、この子。私の息子よ」
「え、えええええええええええ!?」
驚きに声が飛び出してしまう。俺より五つ上だから……二十二のはずだ。仮にこの少年を七歳だと仮定しても……十五歳で産んだ子供!?
心臓でも飛び出てるんじゃないかってくらい仰天している俺の顔を見て、青葉姉はけたけたと笑いながら、
「冗談よ。この子は甥っ子。私のお兄ちゃんの子供よ」
「なんだ……」
安心にも似た何かを覚える。
「大体、子供どころか彼氏もいないわよ」
「そうなのか? 青葉姉のことだから男の一人くらいいると思ってた」
正直に俺が言うと、
「片想いの相手がいるからね」
「片想いの相手……」
それは、誰なんだ?
そう訊く勇気すら、俺には無かった。
「ねえ陸ちゃん」
黙っている俺に、青葉姉が言った。
「親戚の子がてるてるぼうずを作ってる、って言ったら、この子も欲しいって言いだしちゃって。お家をこっそり抜けてまでここまで来ちゃって」
随分と行動力のあるガキンチョだ。
「朱里ちゃんに連絡したんだけどね。返事が無くて」
朱里、という名前を聞いて、ぴくりと眉を動かしてしまった。
朱里は今どうしているのだろう。
そんなことを考える俺なんて気にしていない様子で、青葉姉は続ける。
「陸ちゃんにも連絡したけど、陸ちゃんも反応無いじゃない」
「あ……」
不貞腐れた青葉姉の姿を見て思い出す。
「ごめん。スマホの電源、切ってた」
スマホだけじゃない。家の電話もだ。朝、ヤケクソになって全ての連絡手段を絶ったのだった。いつもはちっともかかってこないくせに、こういう時だけ出番がやってくる。電話ってつくづくめんどくさい、と思った。
スマホの電源を入れる。OSが立ち上がった直後に、通知がなだれ込んできた。とはいっても、殆どは青葉姉からのLINEの通知ばかりで、あとはソシャゲのスタミナ全回復とかそんなんばっかりだ。言うまでもないが、朱里からの連絡は何一つ、なかった。
「ね、だからちょっと頼まれてくれない? この子頑固だから、一度決めたらテコでも動かないのよ」
青葉姉は少年の方を見る。まだ幼いのにプライドでもあるのか、相変わらず無言のままだが……壁に張り付くように体育座りでうずくまっていた。
「ほら、赤也ちゃん」
少年は赤也と言うらしい。
「陸人お兄ちゃんに、てるてるぼうずの作り方を教えてって言いなさい?」
青葉姉に促される。少年はもじもじと俯いたまま、俺と目を合わせようとしない。警戒されているらしい。確かに、目つきの悪い俺は子供にとっては怖いかもしれない。しばらく待ってから助け舟を出してやろうかと思ったが……
赤也少年は喋る代わりに立ち上がり、ぺこり、と深く頭を下げた。
喋らないだけで、しつけはしっかりされているらしい。
「分かった」
俺は言った。
「教えてやるよ」
赤也は、笑った。




