#3-8
朝になった。
今日は火曜日だ。学校が、普通にある。
行く気になれなかった。
学校に行って、担任や友達に「今日も卯月のところに行くんだろ?」って言われるのが怖かった。
俺は学校をサボった。連絡するのも面倒だった。電話がかかってくるのも嫌だったから、スマホの電源を切ったし、自宅の固定電話のコードも引っこ抜いておいた。これで誰から連絡が来る事もない。俺はベッドに横になった。
でも、結局落ち着かなくて、俺は玄関のドアを開けていた。
家着のままだが、構わない。どうせ朱里も外に出るときはパジャマなんだし……と思って、朱里の名前が頭に浮かんだ瞬間、今すぐここで家着を脱いで全裸になってしまいたいと思った。でもさすがにそれは踏みとどまった。社会的に死んでしまうからじゃない。今逮捕されたら、警察官と喋らなきゃいけない。今は誰とも喋りたくない。それが、湧き上がる衝動を抑え込んだのだ。
まず公園に向かった。当然――というのもおかしいのかもしれないが――誰もいなかった。青春ドラマなんかでよくあるワンシーンを真似して、ブランコに座ってみた。手持ち無沙汰なので、少し漕いでみた。
びっくりするほどつまらない。
子供の頃はなんであんなに楽しんでたんだろう。滑り台を駆け上ったり、ジャングルジムから飛び降りたり、そんなくだらないことの一つ一つが、いちいち面白かった。そういう歳だったから? いや、昔から、俺は一人では遊んでいなかった。いつも隣に、あいつがいた。
「……ぁ」
口から声が出た。しかしそれはロクな音にならず、公園の外を走るバイクの音に、あっという間にかき消される。今度はバイクにも負けない声を出してやろうと思って、
「……ぅ」
やはり声にならなかった。
たった半日喋らないだけで、喋り方を忘れるものなのだろうか。それが妙にむかついて、ブランコの支柱を殴った。それはもう固く握られたグーで行った。ゴーン、と鈍さと軽さが混ざったような音が響いた後、俺の拳に激痛が走る。
何やってるんだろう、俺。
急に冷静になった。さっきまで誰とも喋りたくない、なんて思っていたのに、今度は突然誰かに言葉を押し付けたくなった。意味なんてない。ただ、喋りたいんだ。
それを聞いてほしい相手がふっと頭によぎる。
八○三号室に行こうと考えた。
歩き慣れたいつもの道。元々人通りは多くはなく、静かだ。そのくせ信号無視して横断歩道を渡ろうとした時に限って、車がクラクションを鳴らしながら突っ込んでくる、面倒な道だ。今日も三回鳴らされた。
十五分ほどとぼとぼと歩いた先に、病院はある。一般病棟と特別病棟の、二つの建物。数ヶ月前はまさか特別病棟の常連になるとは思わなかったが、今は何の躊躇いもない。何も考えずに入口の自動ドアをくぐり、エレベーターに乗り込んだ。「8」のボタンを押す。
重病人が乗るからか、大型病院のエレベーターは揺れない。俺は昇っているか降りているかすらも分からない感覚のまま、八階に辿り着いた。
もう、特別病棟受付の看護師さんとも顔見知りだ。いつもなら、受付まで行くだけですぐに看護師さんの笑顔が飛んできて、近況を説明してもらえる。顔パスってやつだ。しかし今日、俺は看護師さんから頭を下げられた。
まあ、あんなことがあった以上当然というか……
……面会謝絶だった。




