#3-6
医者は言う。
「統計データを取ってみたところ、我々スタッフの一人が発見しました」
パソコンにグラフが映し出される。朱里が痛み止めを服用した日と、雨が降った日が見事に一致している、とのことだった。
医者は続けた。
朱里の異常な体細胞は、湿度と気圧で活性化するらしい。しかし、湿度がただ高いだけの日や、曇っているだけの日では活性化しなかったのだと。つまり湿度と気圧、両方の条件が揃って初めて病状が悪化する、と結論づけたようだ。気候によって悪化する気候病は以前から存在するが、湿度と気圧の双方が影響する病気と言うのは過去に例がないらしく、発見が遅れたとのことだった。
その、気圧と湿度の変化、両方を満たす状況が「雨」だった。
「ただ、問題もいくつかありまして」
気圧や湿度を意図的に調整した部屋に入ると、朱里が酷い痛みを伴うのである。逆に気圧が高すぎたり、湿度が低すぎたりしてもダメ、というのだ。どこまでが大丈夫で、どこまでがダメかという実験を行おうとすると、朱里の身体に並々ならぬ負担がかかってしまうため、それ以上の検証は進められなかった。
「かいつまんで申しますと」
医者は話を一度止める。今までの経験から、小難しい話をしても一般人には通用しないと分かっているのだろう。
「雨が降りにくい場所に移転するのが現状一番の延命策だと思われます」
医者は一息にそう言った。
「それはどこですか?」
おばさんが言う。
「日本国内で言いますと、瀬戸内海に面した地方……四国などですかね」
「四国……」
医者の言葉に、おじさんとおばさんは何やら思案している様子だった。
「もちろん、雨が全く降らないというわけではないですが……少なくとも、ここ東京よりは、雨が少ない場所ではあります」
医者はそう付け加えた。
「あちらの病院に手配することは可能ですので、ご家族でよく話し合ってください。では……」
そう言って、医者は去っていく。まるで厄介払いだ。俺は部屋を出ていく医者の背中を見ながら、心の中で悪態をついた。
取り残される卯月一家と、俺。いくら付き合いが長いとはいえ、親族ではない俺がここにいるのは場違いな気がしていた。
「……」
おじさんはおばさんと何やら話しあっている。四国に朱里を送るかどうか、ということだった。そこにおじさんとおばさんがついていくかどうかも話していた。元々おじさんは転勤が容易な職種だとかで、四国で仕事を継続するのは難しくはないらしい。やはり最期まで朱里の事を看取りたいのだと思う。もし四国に行くなら両親も同伴する、そのことに関してはおばさんも同意しているようだった。
そして、おじさんが結論を出した。
「……四国に引っ越そう」
隣に座っている俺には朱里が手を固く握り締めているのが分かった。
言うまでもなく、朱里は引っ越しに反対したいのだろう。でも、朱里も両親が自分の事を思って引越しまで決断したわけだから、反論できずにいるのだ。
俺は朱里を庇うように、おじさんに対し口を開く。
「お、お金とかは大丈夫なんですか?」
「……お金はある」
それもそうだ。おじさんは大企業の社員だから、引っ越し一つで路頭に迷うことはない。
「そんなに急に引っ越せるんですか?」
「……家くらい、探せばすぐ見つかる」
おじさんはあくまでも淡々と、そう答えた。
このままでは引越しが確定事項になってしまう。
「え、ええと……」
俺は考え込む。何か言って少しでも考えを変えてもらわないと、と必死になっていた。その様子がよほど怪しかったのか、
「……陸人くん」
俺は言われた。
「……家族だけで話がしたい」
冷たい声だった。
つまり、俺に出て行けと言っているのと同義だった。
「……。分かりました」
俺は頷いた。おじさんの顔が、いつになく険しかったからだ。怒りを買ったのは……簡単だ。俺が引越しを止めようとしたことで、延命に反対しているんじゃないか、と疑っているのだ。そのことに関しては、言い逃れができない。
「りっくん……」
朱里はまるで俺に助けを請うように、俺の服の袖をきゅっと掴んできた。その力は弱々しく、俺が立ち上がった途端に離れてしまった。
本当は、助けてあげたかった。でも俺は幼なじみだけど、所詮は他人なんだ。血の繋がった親の言うことには勝てない。
ごめんな。
俺は朱里の視線から逃げるように、その場を後にした。
◇
翌日、俺は八○三号室に来ていた。
謝ろうと思った。
昨日朱里を守れなかったことを。
先日は面会時間をとうに過ぎてしまったので、朱里に会いに行くのは許されなかった。そしてなにより、俺がどうすればいいか分からなかった。頭を冷やそうと思って家のベッドに横になっていたが、結局何も思いつかないまま朝になった。学校に行く気にもならなかったので、そのままベッドでうずくまっているうちに二度寝してしまい、気づけば午後の三時すぎになっていた。慌てて飛び起き、病院へと向かう。受付の看護師さんと「今日も検査ですか?」「今日は検査はありませんので病室にいらっしゃいますよ」というやり取りをして、八○三号室へと歩を進める。
でも、状況が状況とはいえ、昨日俺は朱里を見捨てるようなことをしたのであって。どの面下げて会えばいいんだろう。ごめん、って言って許してもらえるだろうか。
怯えながら、扉を開ける。
そこには、膨れっ面をかいているであろう朱里が――いなかった。
「検査は無いんじゃなかったのか……?」
病室のどこかに隠れているのかと思い、慌ててタンスを開けたりカーテンをめくったりして探してみた。どこにもいない。
嫌な予感がした。
「もしかして、トイレとかで倒れているんじゃ……」
俺は近くの女性看護師さんに声をかけ、近くの女子トイレを片っ端から探してもらった。結果はノー。どこにもいなかったらしい。その間に俺も病院中を探し回ったり、写真を手に行きかう人に尋ねてみたりしたが、芳しい結果は得られなかった。
病院にいないとなると……俺は理解する。あいつ、病院の外に出たんだ。
あいつは昔から、親とケンカするとすぐに家出をするような奴だった。今回もそうに違いない。車椅子に乗っているからなんて、そんなの、あいつにとっちゃ言い訳にもならない。
行き先にも心当たりがあった。
「いじけたら、いつもここに来てた」
朱里はそう言っていた。
俺は走って「そこ」に向かう。誰よりも早く。




