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てるてるぼうずをもう一度  作者: 国崎らびふ
【3章】ぼくがいきる理由
18/40

#3-4

 病室に帰ってくると、朱里があくどい笑顔で出迎えてくれた。


「変態さん、ご苦労」


 朱里のどこを殴ったら一番痛いか、俺は考えていた。


「お前のせいで通報されそうになったぞ」


「わははははははは! サイコーだねそれ!」


 死ぬほど爆笑された。腹立つな、こいつ。

 呼吸ができなくなるほど笑ってから、朱里はすっと手を伸ばしてきた。


「早速聞かせてよ」


「なにを?」

ととぼけてみせるが、


「あるでしょ、レコーダー」


 証拠にするために録音したものだが、やはり俺のみっともないところを何度も聞かれるのは抵抗がある。しかし渡さないと朱里が黙らないだろうと思ったので、俺はしぶしぶレコーダーを手渡した。

 イヤホンを耳に突っ込む幼なじみ。『俺は変態です!』のフレーズが流れたあたりで再び笑い転げながら聞いていた朱里だが、やがて、


「ねえ、『やっぱり待って』で終わってるんだけど、何かあったのかな?」


 そういえば、そのあたりでレコーダーを止めた記憶はある。

 ただ、なんと説明しよう。バスケ部を辞めた話をしていた、などと言うわけにはいかない。朱里に気を遣わせるのが嫌だからだ。適当に誤魔化さないと……

 ちょっと待って、から繋がりそうな話題だと……


「あ、」


「あ?」


「愛の告白……?」


「はあ!?」


 鼓膜が破れそうになった。


「え、りっくん青葉姉のこと好きだったの!?」


 思いのほか食いつきが良くて、俺は戸惑う。別に嫌いと言うわけではないが、そこまで激しく喰いつかれても困る。適当にでっち上げようと思ったのだが、


「青葉姉の反応は? 返事はどうだったの? その後気まずくなったりした?」


 あんまり朱里が矢継ぎ早に聞いてきて、俺はそれ以上嘘をつき続けるのが苦しくなったので、


「……冗談だよ」


「冗談かー」


 なぜか朱里はでっかく安堵のため息を吐いた。


「なんでほっとしてんだよ」


「だってさ……えっと、ほら、ぼくより先にりっくんが彼女持ちになるなんて許せないじゃん?」


 許せないじゃん? と同意されても困る。


「別にいいんだけどねー、りっくんがぼくを放って彼女と遊んでてもさ」


 そう言いながら、朱里は不貞腐れてイヤホンをくるくる回し始めた。

 ……もしかして。


「嫉妬?」


「ち、違うし! りっくんが誰と遊んでも寂しくないし! 本当だからな!」


「ふーん」


 あたふたする朱里を眺めながら、俺はにやけが止まらなかった。こいつ、意外と可愛いところもあるんだな。


「実は、青葉姉に説教されてた。なんでこの時間に学校に行かずにフラフラしてるんだって」


「あー……」


 俺が半分だけ種明かしすると、朱里はバツが悪そうに鼻をかいた。俺が学校を早退したのは、朱里のお見舞いに抜け出したという理由だからだ。


「ごめんね」


 気にすることでもないのだが、朱里は謝ってきた。学校自体そんなに面白いわけでもないし、朱里の見舞いを言い訳にサボれるのは悪くはない、と思っている。そこそこ真面目に授業は受けていたのだが、朱里が入院して以来、すっかり不良になってしまった。


「そんなことより、てるてるぼうず作ろうぜ」


 ガラにもなくしょんぼりしている朱里の気を晴らすように、俺はそう言っていた。


「ん、りっくんから誘ってくるなんて珍しいね」


「まあな」


 最初はつまらないと思っていたてるてるぼうず作りも……最近ではなんとなく、楽しいと思えるようになってきたのだった。相変わらずブッサイクなやつしか作れないけれど。センスの差は努力ではそうそう埋まらない、ということを痛感しているところだ。


「そういえばお前、毎回長々と願い事の紙書いてるけどさ」


 俺は訊いた。


「何書いてるんだ?」


「秘密って言ったでしょ?」


 朱里は自身の口元に人差し指を押しあてた。乙女の秘密、らしい。要するに教えてくれる気はないのだろう。


「あ、でもヒントは教えてあげる」


「ヒント?」


 俺が首を傾げると、朱里はにひひ、と悪戯っぽく笑ってから、


「毎回、同じこと書いてる」


 そう、何か宣言するような迷いのない声で。

 朱里は、そんなことを言っていた。


「結局それ、何書いてるのかわかんねえよ」


「うん。だって教える気ないもん」


「ケチくせえな」


 言いながら俺は戸棚を開け、中に入っているてるてるぼうずを眺めた。既に三十体くらいがぎっちりと並んでおり、見ているとちょっと不気味だ。そのうち半分の十五体が朱里の作ったものだから、あの十五体の頭の中には全く同じ願い事が詰まっている、ということになる。


「何度も何度も同じこと訴えてこられて、神様も迷惑だろうな」


「へへ、そうかもね」


 珍しく、朱里は反論してこなかった。


「今日はね」


 朱里は新たに布を取り出して言った。


「手足を生やしたいんだ」


「手足?」


「そ」


 朱里は頷く。


「より人間に近いクオリティを求めたいのです」


「クオリティなんていらないだろ。たかがてるてるぼうずだぞ?」


 人造人間でも作るつもりか。


「いや、物作りに妥協は許されないんだよ。だからいる」


「何事もムキになりすぎるのはよくない」


 ガンを飛ばしあう。


「いるよ」


「いらない」


「いるって」


「いらないって」


「いるいるいるいるいるううううう!」


 駄々までこね出した。面倒な子供を見ている気分だ。


「はあ……今回だけだぞ」


 俺は片手で頭を抱えながら、椅子に腰かける。朱里はといえば、むす、と口を歪めながら、完成品のてるてるぼうずの頭をぐりぐりと撫でていた。やがて落ち着いたのか朱里は口を開き、


「そのうちさ、ぼくとりっくんをモチーフにしたてるてるぼうずを作りたくてさ」


 そんなことを言っていた。

 確かに、なんとなく気になっていた。

 知人を片っ端からモデルにしたてるてるぼうずを作っているのに、どうして俺たち自身をベースにしたものを作らないのだろう、と。

 つまり朱里は、より技術を高めて、最高の出来で自分たちによく似たてるてるぼうずを作りたいのだろう。凝り性なこいつらしいと思った。俺にはよく分からないが。


「作ったてるてるぼうずが、自分と似てなかったら嫌でしょ?」


「別に」


「嫌なわけですよ」


 同調圧力ってこういうことを言うんだなって思った。


「だからさ、モデルやってよ」


「はあ? そんなの自分で――」


 そこまで言って、俺は口を押さえた。

 手はともかく、朱里は足が動かない。


「……分かったよ」


 デリカシーの無い事を言いかけた罪滅ぼしとして、俺は協力してやることにした。


「じゃあじゃあ……」


 朱里が嬉しそうに、いくつか指示をしてきた。俺はそれに従い、様々なポーズを取る。それは次のようなものだ。


 グラビア雑誌に載っているセクシーポーズ。

 グリコのロゴでお馴染みの片足上げのポーズ。

 股の間から顔を出してVサインのポーズ……などなど。


 ……もしかして俺遊ばれてる? と気づいたのは、五分くらい経ってからのことだった。


「まあまあ、そう怒んないで。なんとなく分かったからさ」


「これで分かったのか?」


「分かる分かる」


 朱里は自慢げに胸を張って、


「材料が足りないから今は無理だってことがね」


 朱里は続けて言う。指などという複雑に折れ曲がるものを作るのならば、中に何かを通さねばならない。骨組み、というやつだ。


「というわけで、いってらっしゃい」


「覚えてろよ、お前」


 俺はホームセンターまで針金を買いに行かされた。店員に「てるてるぼうずの手足を作るのに向いた針金ってありますか?」って訊いたら、心底意味が分からなそうな顔をされた。冷静に考えたら当然の反応だった。


「ご苦労」


 息も絶え絶えに急いで戻ってきた俺に、朱里は皇帝みたいに右手を掲げて出迎えた。


「うん、ちょうどいい感じ」


 俺が手渡した針金を受け取ってうんうんと頷く。簡易テーブルには、いくつか手袋みたいに加工された布が置かれていた。近くに裁縫セットが転がっているところを見るに、俺が買い物に行っている間に作ったのだろう。器用なものである。


「これをこうして、っと」


 朱里が手袋のようなものに針金を通す。手袋から少し伸ばしておいた針金をそのままてるてるぼうずの胴体に突き刺し、折り曲げる。もう片方の手と両足にも同じようなことをやっていた。

 十分ほど一生懸命針金を曲げていた朱里だったが、やがて完成し、俺に向けて掲げてみせる。


「どうよ?」


「おー……いいんじゃないか?」


 割と立派だった。しっかりとした両手、両足が上手いことくっついていた。これなら間違いなく人型、と断言できる。出来上がりはなんというか、人形の方が近かった。


「これ、立つかな」


 朱里がテーブルの上にてるてるぼうずを乗せる。テーブルに足から降り立ったてるてるぼうずは一瞬静止したが、すぐに前のめりに倒れてしまう。


「もうちょっと補強したらいけそう」


 などと言いながら、朱里は脚部にさらに数本針金を付け足した。まるでロボットかなにかを改造してるみたいだ。

 強化が済み、朱里が再びテーブルに置いてやると……てるてるぼうずが、自立した。


「立った! てるてるぼうずが立った!」


「クララもびっくりだな」


「意気地なし! って叩いた方が良かったかな?」


 そんなことしたらバラバラになってしまうだろう……なんて思っていると、朱里がじっとてるてるぼうずを見つめていることに気がついた。

 その視線は、まるで自分もこうなりたいという羨みのようなものでもあり、自分が歩けないこそ歩けないものを歩けるようにしたいという慈愛のようなものでもある、と感じた。実際の所、こいつが何を考えててるてるぼうずをまじまじと見ているかは知らないが。

 そうやって無理にてるてるぼうずを立たせようとする朱里の姿を見ていると、なんだか気まずく感じて、俺は話題を逸らすようにぼそりと呟いた。


「なんか、スカート履いてるみたいだな」


「パンツ履かせないとね」


「モデルが必要だな」


「……見たいの?」


 ちら、と真っ白な掛け布団をめくり上げている。下にズボンも履いているのに、やたら煽情的だった。


「……遠慮しとく」


「あらら、ざーんねん」


 思春期の息子でも見るような眼で、朱里はニマニマと笑っていた。

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