#3-3
バスケ部には、当時の友達の誘いで入った。中学の時に始めて、高校一年の二学期まで。中学のバスケ部は強くもなく、負けることが多かったが、それなりに楽しかった。
高校は違った。
その年のバスケ部は、黄金世代と呼ばれていた。創部以来初めての県大会出場を果たし、まさに絶好調。俺はアタッカーとして選出されていた。スコアゲッターとして先輩たちからも頼られ、困ったら和泉田、なんてパスが回ってくることもあった。それが嬉しくて、俺は毎晩、公園で自主練までしていた。
そんなある日、膝を怪我した。
「練習相手になったげる」
そう朱里が言うので、自主練に付き合ってもらっていたのだ。
膝を怪我したあの日、雨が降っていた。
「雨が降ってるんだ、お前が付き合うことはないんだぞ」
俺はそう言って朱里を止めた。そもそも朱里は引くほどの運動音痴なので、俺の個人練習に巻き込むのも悪いと思ったのだ。だが朱里は、
「幼なじみが頑張っているんだ、ぼくだって頑張るりっくんを応援したい」
素人ながらにそう言ってくれたので断るに断り切れず、俺は朱里に協力してもらうことにした。なんでもいいから突っ込んで来い、と指示した。ただ、朱里に無理させるのも怖かったので、俺はほどほどにボールを取られたりして、朱里が飽きるのを待っていた。
朱里は俺が手を抜いていることが気に食わなかったのか、
「へいへーい、そんなんじゃ本番でも妨害されちゃうぞー」
珍しく素早く、鉄砲玉のように突っ込んでくる。そんな朱里を避けた拍子だった。
俺はつんのめり、膝を地面に強打してしまったのだ。
関節は一度壊すと大事になるので、俺は入院。打ち所が悪く、全治二週間を余儀なくされた。とはいえさっさと入院したおかげか治りはよく、後遺症もなく膝は完治した。
だが、俺を欠いたチームは、県大会二回戦であっさりと負けた。
以来のチームの空気は淀んでいた。すごく、居心地が悪かった。それでも俺は冬の大会で挽回しようと、練習を続けた。一方で先輩たちは、練習をサボることが増えていた。
またとある日の練習中、バスケットシューズの紐が切れた。バスケを始めてから三年半も履き続けてそろそろガタが来るだろうと思っていたので、予備は用意していた。その予備を更衣室に取りに行っていたときのことだ。
休憩によく使っていた階段で、先輩たちが座り込んで喋っているのを見かけた。その中には、和泉田がうちのチームの主力だ、といつも褒めてくれた先輩もいた。
その会話を、聞いてしまった。
「和泉田さえいなければ、俺がアタッカーだったのに」
憎しみのこもった声。
「散々調子こいて俺たちをベンチ送りにしたくせに、肝心なところでいなくなりやがって」
恨みに歪んだ顔。
逃げ出してしまいたかった。でも、足が動かなかった。
自分が信じていた居場所はなんだったんだろう。
自分の事を頼ってくれていた人はなんだったんだろう。
悔しくて、歯ぎしりが止まらない。嫌なら聞かなきゃいいのに。自分でそう分かっていながらも、どこかで期待していた。俺のことを買ってくれていた先輩なら、俺のことをフォローしてくれるんじゃないかと。
そして、俺は先輩の言葉を聞いた。
「あんな役立たず、やめてしまえばいい」
その日、俺は退部届を出した。
◇
「あの先輩たちの眼が今でも怖くて」
バスケから離れたんです、と俺は続けた。
「その先輩がクズだっただけなんじゃないの?」
青葉姉はほつれた糸をハサミで切りながら、そんなことを言った。言葉はきついが、気遣ってくれているのは分かった。
「でも、先輩はそれだけ俺に期待してくれてたんです。面倒見も良かった」
だからこそ、あの憎しみをこめた言葉が思い出される。
「好意的だった人間が、ちょっとしたきっかけで、自分の事を必要としなくなるのが怖い」
それは俺のトラウマ、みたいなものだった。
「それ、朱里ちゃんには言ってるの?」
「いえ……」
俺は首を振った。部活を辞めるまでのいきさつは知っているはずだが、俺が一種の人間不信になっている、なんてことを喋ったのは青葉姉が初めてだ。
「朱里はたぶん、自分のせいで俺が部活を辞めた、って思ってるかも」
その日以来、朱里は俺に対し、無理してでも放課後に外に連れ出すようになった。多分、部活を辞めて手持ち無沙汰になってしまった俺への謝罪、みたいなものだったのだろう。今になって思うと、毎日お見舞いに来てほしいというのも、口実の一つだったのかもしれない。
でも、この間の公園の時のように、俺にバスケ部に復帰してほしい……そんなことを思うことも、朱里にはあるのだろう。少し、いや大分、後ろめたかった。
「ま、そんな感じです。面白くなかったでしょう?」
「確かに面白くなかったわね」
ズバッと言われてしまった。確かに笑える話ではないが、改まって言われると面食らってしまう。しかし、その割にはずいぶん聞き入っていたような……
「お詫びしてほしいわ」
しかし、その言葉と、にやりと怪しい笑顔を浮かべたことで分かった。
青葉姉が、適当なことをでっちあげて俺に何か言うことを聞かせようとしていることを。
「一応、聞きましょう」
お詫びの内容を聞くだけなら損はないと思って、俺はそう言った。
青葉姉は言った。
「敬語、やめてほしいかなって」
「……!」
いつからだか、俺は青葉姉に敬語を使うようになっていたな、と気づく。それがいつからかは思い出せないが、なんとなく年上だし、と言う理由で、気づいたらですます調が普通になっていた。親戚のおばさんとかに敬語を使っちゃうのと同じような理由だ。しかし青葉姉はそれが気に食わないようだった。
それはまるで、自分から距離を取らないでほしい、と訴えているようにも感じた。
俺は少し考えて、
「分かった」
それだけ言って、数着服を買ってから、店を後にした。