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てるてるぼうずをもう一度  作者: 国崎らびふ
【3章】ぼくがいきる理由
16/40

#3-2

「いいんだよ、そう言う湿っぽい話は」


 苦い顔をしているのが表に出ていたかもしれない。朱里がそれとなく気を遣ってくれたのを感じた。

 話を仕切りなおすように、朱里は背中をぴんと伸ばす。


「今日もてるてるぼうずを作るわけですが、その前に」


 朱里はサイドテールの先を指に巻き付けながら、


「昨日もてるてるぼうず、ぶら下げてたんだよね」


「じゃあ、効かなかったんだな」


 当たり前というか、てるてるぼうずを吊るしていたからといって必ず晴れるとは限らない。というかただのおまじないなので、雨が降ることだって普通にある。


「うん、吊るしてたのはあの子だよ」


 朱里は窓のカーテンレールの端を指差す。そこにあったてるてるぼうずは、俺が最初に作った、いびつな笑顔を浮かべているてるてるぼうずだった。いつもと違う位置に吊るしていたので気づかなかった。


「りっくん、てるてるぼうずの三番は歌える?」


「まあ、歌えるけど」


「歌ってみて」


 テーブルに乗っていたマジックペンを突きつけられた。マイクに見立てて歌えということらしい。朱里の顔が妙に鋭かったので、俺は折れて歌うしかなかった。

 さんはい、という朱里の合図で、俺はてるてるぼうずの三番を歌い始めた。


 ――てるてるぼうず、てるぼうず。

 ――あした天気にしておくれ。

 ――それでも曇って泣いてたら。

 ――お前の首をちょん切るぞ。


 ………………。


「あ」


 めちゃくちゃ馬鹿っぽい声が出た。

 やばい。

 首をちょん切られたら、中身が出てきてしまう。

 そんでもって、俺が最初に作ったあのてるてるぼうずの中身には。


『童貞を捨てたい』


 そう高らかに書き綴った紙が入っている……!


「りっくん、どうしたの? 汗すごいけど」


「暑いんだよ」


「今日雨降ってるし、寒いくらいだけど」


「むし暑いんだよ」


「……ふーん」


 朱里のジト目が辛い。


「ま、いいや」


 朱里は懐からマジックハンド(棒の先にプラスチックの手がついていて、取っ手にハンドルがついており、引くと手を握り締めることができる)の玩具を取り出し、ベッドの上にいたまま、その玩具を器用に伸ばしてカーテンレールのてるてるぼうずを自力で取ってみせた。……人間、追いつめられると新しい力に目覚めるというけど、足が動かなくなると、手だけでなんでもやろうとするらしい。

 引き寄せられたてるてるぼうずは、朱里の手元にぽとりと落ちる。彼女の片手には、いつの間にやらハサミが握られていた。


「ごめんね、そういう約束だからね」


 申し訳なさそうに遠い目を浮かべて、朱里はハサミを開く。今から首を切られるてるてるぼうずは朱里に胴体を掴まれており、逃げることは許されない。その光景はまるで、処刑かなにかに映ってしまう。

 勝手に作られて、勝手に晴れにしてくれとお願いされて。失敗したら、首を切られる。

 人間は理不尽で残酷な生き物だ。てるてるぼうずからしたらたまったものではないだろう。雨が降るだけで死に向かってしまう朱里には、てるてるぼうずの気持ちが分かるのだろうか……。


 ……まあ。

 そんな感傷に浸っている俺のことなんか知ったこっちゃなく……。

 朱里は無慈悲にもてるてるぼうずの首をちょん切り、頭の中に入っていた紙を広げたわけだが。


「……………………」


 白い目ってこういうのを言うのか、と実感した。


「りっくん?」


「……なんでしょう?」


「ぼく、ちゃんとした願いを書いてねって言ったよね?」


「……言いましたね」


 どういうわけか、口から敬語が出ていた。


「ぼくはね」


 無駄に優しい口調だった。


「バスケを辞めて放心してたりっくんに普通の願い事を持って生きてほしいって思ってね」


「はい」


「良かれと思って、こういう紙を準備したんだよ」


「はい」


 気づくと、俺は床に正座していた。


「それがよりにもよって、こんな願いだなんてね」


 朱里は広げた紙を、俺に突きつける。

 もちろんそこには、俺が軽い気持ちで殴り書いた、最低な願望が綴られていた。


「いや、そんなことは言うけどな? 俺だって男だぜ? いわばこれは人間と言う種が生み出す生存本能が本能的に求める願いであるからして――」


 朱里はマジックハンドを開いてパーの形にし、


「いっっっっっっっっってえ!!」


 俺は、気合の入ったビンタを顔面にお見舞いされるのだった。


 ◇

 

 俺はとある目的のために、商店街にやってきていた。


「約束を破ったので、なんでもする」


 そういう条件だったので、俺は大人しく罰ゲームの内容を呑むことにした。

 罰ゲームは『俺は変態です!』と叫ぶこと。朱里は今日謹慎で外に出られないので、ちゃんとやったという証拠を残すために、レコーダーを持たされている。


 で、罰ゲームの対象なのだが。

 青葉姉だった。

 さすがに見知らぬ人に対してやるのは相手にも迷惑がかかるという朱里様の有難き慈悲により、相手は知人である青葉姉に留まった。

 俺は勢いよく店に飛び込むなり、


 

「俺は変態です!!」


 

 青葉姉が受話器を取った。


「待って! 待ってください!」


「さすがに知己の付き合いとはいえ、それはちょっと許されないわねえ」


「これには深い理由がありまして!」


 110番を押そうとしていた青葉姉を静止しながら、俺は事情を話した。

 朱里に変な願いを書いた紙が見つかったこと、その罰ゲームでここに来たこと、そして対象が青葉姉であるのは、朱里なりの配慮であること……。

 青葉姉はふむ、と一息ついてから、


「全然深くないし、自業自得じゃないかしら?」


「……返す言葉もございません」


 俺は一日で二度目の正座をしていた。外の雨音まで俺を説教しているように思えた。


「はあ、そんなくだらないことをするくらいなら、さっさと帰りなさい。営業の邪魔よ、邪魔」


 まったくもって正論だった。俺は傘を握って立ち上がり、そそくさと退散しようとする。


「やっぱり待って」


 ……と、背中から青葉姉の声が聞こえたので、思わず足を止めて振り返った。顔が訝し気な青葉姉がいた。説教されそうな気がしたので、手に持っていたレコーダーの録音を切る。俺の予想は当たっていたようで、


「陸ちゃん、学校は?」


 やべっ。思わず口に出た。

現在、午後二時半すぎ。普通の高校生は当然学校にいる時間である。学校は今日建立記念日で休みだ、と嘘っぱちを並べ立てると、


「制服着てるじゃない」


 すぐにボロが出てしまった。

 俺はもう一度説明に入った。早退の理由は雨が降ってきて朱里が心配になったからだということ。朱里の名前が出てきた時、青葉姉の顔が強張るのが目についたが、追及はしなかった。


「なるほどねえ」


 今度は特に疑うこともなく、素直に聞き入れてくれていた。


「ただ、あまり学校を休むのは感心しないわよ。部活だってあるでしょうに」


「部活……」


 思わず反復してしまう。それを不審に思った青葉姉が訊き返してくる。


「あら、部活、やってなかったっけ?」


 ほら、と言いながら右手を上下させ、ドリブルの真似事をしてみせている。バスケって、シュートかドリブルのイメージが強いんだなあ、なんてことを思った。


「……辞めました」


「えぇ!? なんで!?」


「ちょっと、嫌なことがあって」


「何かあったの?」


 興味津々、といった顔でこちらを見つめている。ただ、部活を中途で辞めるなんてこと、大体はドロドロした面倒な理由だ。俺もその例に漏れず、人間関係が理由である。あまり気軽に喋りたい事でもない。


「面白くないですよ」


 青葉姉の興味を削ぐためにそう釘を刺したのだが、


「面白くなくてもいいわよ。私が聞きたいだけだから」


 青葉姉は頬杖までついて、今から聞く気満々だった。それでも躊躇っていると、


「私もね」


 まるで俺の緊張をほぐすような穏やかな口調で、


「高校時代は水泳部に入ってたのよ。しかも部長」


「へえーーーーーーー」


 意外だったので大げさに驚いてみせた。手芸部とか家庭科部のイメージがあった。


「でも辞めちゃった。後輩に告られちゃって。一度断ったんだけどしつこくてね。それで部長権限で辞めさせたら、そいつの友達まで辞めちゃってさ。面倒になったから私も抜けてやれーってね」


 わははははと青葉姉は笑っていた。ざまあみろ、と言わんばかりの豪快さである。その後の水泳部が阿鼻叫喚だったことは想像に難くない。


「面白くなかったでしょ?」


「別に……あ」


 しめしめ、と言った感じで青葉姉がにやついている。……ハメられた、と思った。


「意外とこういう話、盛り上がるものなのよ。だからお姉さんに聞かせてみなさい?」


「そこまで、言うなら……」


 俺は観念して、真顔でこちらを見つめる青葉姉に、一言一言語り始めた。

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