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てるてるぼうずをもう一度  作者: 国崎らびふ
【2章】楽しくて嬉しくて優しくて心地よい、朗らか少女の最後の日常
13/40

#2-6

 翌日の朱里は、病室で謹慎を喰らっていた。

 無理もない。

 前日、夜遅くに病院に帰ってきた俺たちは、看護師さんにこっぴどく怒られた。そもそも病院は夜の10時には入口を閉めてしまうのに、俺たちが帰ってきたのは実に11時を回っていた。怒られるに決まってる。


「は~~~~~~、今日は外に出られないのか~~~~~~つまんないな~~~~~~」


 放課後に特別病棟803号室を訪れた俺は、やはりというかぶすくれていた朱里のそんな台詞を第一声として聞いた。


「そりゃ、病人が夜遅くに帰ってきてお咎めなしってほうがおかしいからな」


 俺は見舞い品代わりに買ってきたコンビニおにぎりを投げてよこす。

 さっき特別病棟受付の看護師さんから聞いた話だが、一応正体不明の病気である以上、食事も管理したいということで、ある種の食事制限を受けているらしい。おにぎりはオッケーだそうだ。そういえば昨日、勝手に自販機で飲み物を買い飲みしてたけど、あれは良かったんだろうか。そういえば小声で「ノーカン、ノーカン」とか呟いてた気もする。


「やりたいことが……(もぐもぐ)……いっぱい……(もがもが)……あったのに」


「食うか話すか、どっちかにしろ」


 ベッドから半身だけ起こし、包装を開けるなりおにぎりにかぶりついた朱里は、リスみたいに頬に米を詰めながらそんなことを言っていた。

 食欲はあるんだな、と少し安心した。


「そういうわけですのでね」


 おにぎりを咀嚼し終えるなり、深夜バラエティの司会みたいな口調で話題を切り返した朱里は、


「いよいよ、てるてるぼうずを作ろうと思います」


「おー」


 俺はジジイみたいにトロい拍手を返した。


「時にりっくん」


「なんだ?」


「てるてるぼうずの童謡、知ってる?」


 知ってるか知っていないかを答える前に、俺は朱里の表情を確認した。口角がつり上がっており、目には星でも見えるんじゃないかというほどキラキラと輝いている。これは、自分は知っている、という顔だ。間違いない。


「ぼくは知ってるよ!」


 ほら。


「りっくんは知らないでしょ?」


 もちろん知っているが、たぶん自慢したいんだろうということは伝わってきたので、あえて首を横に振ってやるやさしさ。

 しかし朱里はこの優しさなど伝わっているはずもなく、さらに増長して、


「一番! 卯月朱里! 歌います!」


 そんなことを宣言し、握り込んだ右拳をマイクに見立てて歌いだす。

 俺は耳栓が無いのを悔やんだ。その理由は、


「てるてるぼうず、てるぼうずううううう、あーしたてんきにしておくれえええええ」


 音痴だからである。

 普段はソプラノが似合いそうな聞き心地が良い声の癖に、なんでこいつはこんなに歌が下手なんだ。これだからこいつとはカラオケに行かない。クラス替えした後の音楽の時間に、クラスメイトが朱里の歌声に期待してショックを受けるのが毎年の密かな楽しみだ。それくらい、下手。

 でも、歌声はすごく楽しそうで、下手だが、不快というほどでもなかった。


「いつかの夢の空のよにー」


「晴れたら金の鈴あげよ、だろ?」


 音程を外しながら歌う朱里に、俺はそっと歌詞を合わせる。


「なんだ、知ってるんじゃん」


「まあ、幼稚園で歌ったからな」


 つまんないの、と朱里は拗ねたように呟いた。


「そういうわけで、てるてるぼうずにぴったりな飾りは金の鈴だと思うんだよね」


 朱里に言わせればそういうことらしい。そして朱里はいちいち前振ってからポーチの中身をごそごそと探り、何かを取り出してから、


「おや、ここに金の鈴がありますね?」


 すっげえ白々しかった。


「……偶然だよな?」


「偶然じゃないかな。ぼくの運がすっごく良かっただけ」


 まあ、あの場で出てきた少年が朱里のグルだったとしたら茶番もいいところだ。


「どっちみち二つしかないからね。これはとびきり大事なてるてるぼうずにつけよう」


 そう言って、朱里は出したばかりの鈴を再びポーチにしまった。突っ込んだ拍子に中の何かにぶつけたのか、ちりん、と小さく音が鳴るのが聞こえた。


「じゃあ、早速」


 代わりに、材料がずらずらと出てきた。布に、紙に、絵の具。昨日集めたものを全て取り出した時、朱里のベッドの上はごっちゃごちゃになった。


「括りつける紐は病院でもらったんだ」


「ほう」


「自殺用じゃないよ?」


 笑えない冗談だ、と朱里の頭を叩いた。



 ◇



 いよいよ、てるてるぼうず作りが始まった。

 手順は簡単だ。布の真ん中に、頭の中身になる球状のものを入れて、首を縛って、顔を途中まで書いて、終わり。


 ただ、言うのは簡単だが、やってみると存外難しかった。


 本来、頭になる部分に詰めるのは、ティッシュとかラップとか、丸めた時にふわっとするものを使うのがメジャーらしいのだが、今回使うのは、神社でもらってきた、願い事を書く紙。それを無理矢理丸めて入れるわけで、出来上がりはどうしても不格好になる。

 しかもその恰好の悪い頭に直接ペン入れをするわけだから、顔の仕上がりも歪みまくって酷いものだった。笑顔を書いたつもりなのだが、それがいびつなせいで、悪の組織の一員みたいな邪悪な笑みになってしまった。

 そもそも、頭に詰める紙にしたって、俺の頭を悩ませた。


「願い事、決めた?」


「………………ああ」


 決めてなかった。

 改まって願い事を書けなんて言われても、思いつくわけがない。真っ白な紙が俺に訴えてくる。お前の望むままの願いを書け、と。


 昨晩朱里に言われたので、学校にいる間色々と考えてみたが、びっくりするくらい思いつかなかった。

 お金が欲しい、とかありきたりのことを書こうと考えた。しかし、お金が欲しいと思ったら、働くか宝くじを買うかするのが先だ、って思ってしまって、願いとしてわざわざ書こうと思えなかった。


 願いという欲求を抱くほど、何かにやる気を感じなかった。だから俺は流されるまま、朱里のてるてるぼうず作りを手伝っているわけで。

 自分の願いが無いならと朱里の健康について書こうとした時に、朱里が感づいたのか、


「ちゃんと自分のお願いを書いてね」


 と釘を刺され、何もネタが無くなった俺は、


『童貞を捨てたい』


 最低の着地点に落ち着いた。


「りっくん、書いたー?」


 言いながら、朱里はまだ書いている。どうでもいいが、あいつはどんだけ大量の文字を書いているのだろう。覗き込もうとすると手で隠されるが、3行以上にわたってずらずらと並べ立てていることだけは分かった。


「書いたぞ」


 俺は頭にするために丸めた紙を見せる。


「ほうほう、ちゃんと考えてきたんだね」


 朱里は感心したように頷いていたが、俺は後ろめたさから朱里の目を直視できなかった。それがまずかったのか、朱里の顔が途端に渋くなる。


「まさか本当に、童貞を捨てたいとか書いてないよね?」


 ギクッ。


「……書いてないよね?」


「カ、カイテナイヨー」


 自分でもビビるほど裏声だった。


「ふーん」


 まだ疑ってる顔だった。いや、疑われるどころか完全にアウトなのだが。


「もし書いてたら、なんでもする?」


「ああ、やってやるよ」


 もはや後へは引けなかった。ここまできて、今更できませんなんて引き腰になったほうが疑われてしまう。


「じゃあ、もし書いてたら、『俺は変態です!』って叫んでもらうからね」


「お、おう。上等だ」


 朱里の目がマジだった。久々に、朱里のことを怖いと思った。前に怖いと思ったのは、朱里が大事にしていたモモちゃん人形にガンプラをぶつけて破壊してしまったとき。あれが八年前だから、実に八年ぶりに抱く恐怖心である。


 でもまあ、てるてるぼうずなんていちいちバラさないからいいか。

 俺は呑気に、そんなことを思っていた。


「でーきた」


 朱里のてるてるぼうずも完成したようだ。俺が描いた怪しく笑うへのへのもへじと違って、朱里のものはしっかりとしつつ可愛げなタッチの顔つきで、髪の毛もちゃんと描かれていた。

 というか、髪の毛は描く方向性なのか。まるで俺のてるてるぼうずがハゲみたいだ。


「公園で会ったあの男の子にしてみました」


「似てないな」


 素直な感想が出た。


「そう? 結構頑張ったんだけどな」


 朱里は口先を曲げながら、手の上でてるてるぼうずをくるくると回していた。


「くるくるぼうずだね」


 無視した。


「さて、じゃあさっそく飾りつけしますか」


 作ったばかりのてるてるぼうずを握り締めて、朱里が言った。


「ちゃんと調べたんだよ!」


 自慢げな朱里の片手には、いつの間にやらスマホが握られていた。つまり、そういうことだった。

 朱里は俺が昨日やったように、スマホを見ながらうんちくを垂れ流す。それを俺は、椅子に座って黙って聞いていた。


 吊るす紐には特に決まりはない。首を縛るのに使った紐を伸ばしても、新たに付け足しても構わない。

 当たり前だが、頭が上になるように吊るす。ひっくり返すと逆に雨ごいになる、というのは有名な話だ。そうやって逆さに吊るしたものは、るてるてぼうず・あめふりぼうず・はたまたごく単純に逆てるてるぼうずと呼んだりと、地方や人によって呼び方が違う。決まった呼び名は無いらしい。


「逆さ吊りにされたら、そりゃ泣くよねえ」


 まるでてるてるぼうず自身が泣いて雨を降らしている、みたいな言い方だった。下手な同情を横流しにしながら、朱里は解説を続ける。


 吊るし方の決まりはその程度だが、吊るす場所には約束がある。

 俺も調べた通り、南側に吊るすこと。太陽に向けてのお願いだから当然だ。

 日本は北半球で南に太陽が昇るのでそうなるわけだが、これがオーストラリアとかだったら北側になるのだろうか? まあ、オーストラリアでてるてるぼうずを吊るす機会なんておそらく一生来ないだろうからどうでもいいことだし、そもそも日本文化を外国に持ち込んで通用するかどうかも怪しい。


 スマホの方位磁針アプリで測ってみると、ちょうど病室の窓が南側だった。日当たりが良いのも納得だ。


「じゃあ、あの……カーテンのシャーするやつに括り付けよう」


「カーテンレールな」


「そう、それそれ」


 名前が分からないからって、シャーするやつって言い方はどうかと思う。


「じゃ、よろしく」


 朱里は俺にてるてるぼうずを手渡した。「俺?」と思わず訊き返す。こいつ、こういうのは真っ先にやりたがると思っていたから、人任せにすることに面食らってしまったのだ。


「だってさ、ほら」


 朱里は足を叩いた。……そうか。車椅子に乗ったら、高いところに手が届かない。


「仕方ないな」


 俺は窓際に近寄り、首の紐にもう一本の紐を通して、カーテンレールに一周させて結ぶ。俺が手を離しても、てるてるぼうずは落ちずにぶら下がっていた。

 改めて見ると、本当に首吊りみたいだ。そんなことを思った。

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