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てるてるぼうずをもう一度  作者: 国崎らびふ
【2章】楽しくて嬉しくて優しくて心地よい、朗らか少女の最後の日常
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#2-3

「ミッションツー! 飾りを手に入れろ!」


 朱里が突然そんなことを言い出した。


「飾りってなんだよ」


「飾りは飾りだよ」


 この問答にもなっていない適当さ加減が朱里の特徴ともいえる。


 俺たちは青葉姉の店を後にし、来た道を引き返すように歩いて十数分。何も考えずに無意識に歩いていたせいか、自宅の方面に向かっていた。

 俺にとっては今でも通い慣れた道だが、病院の803号室が家同然になってしまった朱里にとっては、この住宅街の入り組んだ道すらも久々に感じられることだろう。

 コンクリが外れて穴の開いた側溝も、よく落書きされる電柱も、ぎゃあぎゃあと騒ぎながら歩み去っていく男子中学生も。俺にとっての日常は、朱里には非日常と化しつつあるのだった。


「あー」


 朱里が天を仰ぎながら、大きく口を開ける。


「喉かわいた」


「そうか、そのみっともない口を閉じろ」


 朱里の顎を片手で押さえ込む。


「あだだだだ! ひは! ひははふははあ!」


 多分、「舌! 舌噛むからあ!」と言ってるんだろう。じたばたと手と顔を振って抵抗する朱里。こいつが乗ってるのは車椅子じゃなくてベビーカーなんじゃないかってくらい幼稚な動きだ。


「飲み物なんて少しくらい我慢しろよ」


「だって今日暑いんだもん……」


 今日も今日とていい天気。というか雨が降ったら朱里の命に関わるため、きっちり天気予報は調べてきている。

 今日は降水確率0%で、特に不安もない快晴だ。言われてみれば、朱里の首筋には汗がじっとりと浮かんでいる。朱里は汗っかきなのが悩みとかで、夏場は俺の家に来るなりシャワーを浴びたりしているくらい、気にしているらしい。


「ハンカチ忘れたし、もう最悪だあ」


「別にいいじゃねえか、汗くらい」


「やだよ、気持ち悪いし。それに」


「それに?」


 すっとぼけた顔を浮かべると、朱里は身体をぐりんと振り向かせてから、


「ぼくが汗かくと、りっくんってばすーぐ汗クサって言うんだもん! 気にしてるんだからな!」


「そうだっけか?」


「そうだよ!」


 全く記憶にない。


「乙女に向かって汗臭いって言うなんてデリカシーの欠片も無いと思わないの!?」


「他の人に汗臭いって言われる前に俺が教えてやってるんだから、むしろ感謝してほしいくらいだな」


「むきー!」


 すぐに挑発に乗って怒り出してしまう朱里は、病気になって歩けなくなっても変わらない。


「あー……怒ったらもっと喉が渇いた」


「怒らなきゃいいのに」


「怒らせたのは誰なんですかね」


 口笛を吹く。


「公園でジュース買おう」


 朱里はそう提案する。ここらへんは俺たちにとってはいわば縄張りというほどに知り尽くした場所であるため、お互いがどこどこと言っただけでもすぐに場所は分かる。

 俺は車椅子を押す。公園はすぐ側だった。


 ――寂れた公園。ジャングルジムに滑り台、砂場、ブランコ。最低限の遊具は揃っている。そして、なぜかバスケットゴールもある。何故あるのかは分からないが。

 しかし公園には、一番肝心な子供がいない。せっかくのブランコも、遊んでくれる子供がいなくては風に揺れてカタカタ音を鳴らすだけだ。寂しい、という形容詞が、これほどまでに似合う風景もなかなか無いな、と思った。

 朱里がうるさいので、車椅子を真っすぐに自販機の前まで押す。


「あっ、ミルミルあるじゃん。ラッキー」


 自販機で好物の乳酸菌飲料を見つけたらしく、朱里は迷わずボタンを押していた。


「りっくんはお茶でいい?」


「ああ」


 緑茶のペットボトルを手渡される。

 早速ペットボトルのキャップを開けてごくごく飲んでいる朱里を尻目に、俺は近くにあった滑り台の階段に腰かける。朱里が俺の隣まで自力で車椅子を押してきた。


「ここでもよく遊んだよね」


「遊んだな、夕方まで」


「りっくん、小学校のバスケットボール借りパクして、ずっとここでバスケしてたよね」


 借りパクしたんだっけ。よく覚えていない。脳味噌というのは都合の悪いことは忘れるようにできてるらしいから、俺の脳が意図して忘れたのかもしれない。


「将来はバスケットボール選手になるんだ! って、ずっとシュートの練習してた」


「お前が邪魔ばっかりしてたのはよく覚えてるわ」


「だって構ってくれなかったんだもん」


 風船みたいにほっぺたを膨らませている。潰したら破裂しそうだ。


「ねえ」


「なんだ」


「バスケ部、戻らないの?」


「担任と同じこと言うんだな」


 そこらへんに転がってた小石を蹴飛ばした。数回跳ねたかと思うと、砂に紛れて見えなくなる。


「バスケしてるりっくん、かっこよかったなあって」


「お前は、俺がかっこよくなかったら一緒にいてくれない薄情者なのか?」


「そういうわけじゃないけどさ」


 朱里は一度ぐるりと公園を見渡してから、


「今のりっくん、死んでるみたいに元気がないんだもん」


「そうか?」


「そうだよ」


 あっという間にミルミルを飲み干してしまった朱里が、ペットボトルをバスケのシュートの要領でゴミ箱に投入しようとする。


 ……朱里はノーコンなので、ゴミ箱に入らないどころか、横にいるはずの俺の側頭部に激突した。


「…………お前は俺に恨みでもあるのか」


「ぐ、偶然だって!」


「そうかよ……」


 これほどまでに絶望的な運動音痴でなければ、こいつをバスケ部に誘ったかもしれない。どのみちバスケ部は男女別だから、一緒にはできなかっただろうけど。

 俺は落ちたペットボトルを拾い、朱里と同じようにシュートする。右手で構えて、左手は添えるだけ。手首のスナップを利かせて、無駄な力を加えずに……。

 ガコン。


「おー」


 俺が放ったペットボトルは無事ゴミ箱に吸い込まれ、朱里がぱちぱちと拍手した。


「全然現役だね」


「そうでもない。相手のセンターを掻い潜りながらシュートなんて、今じゃもうできないし」


「そうなのかあ」


 朱里はしきりに俺のシュートのモーションをマネしている。ヘッタクソなのか、手首がコキコキと折れ曲がっているだけなのが、妙にシュールだ。


「あのさ」


 朱里はラジオ体操みたいな手首運動をぴたりと止めて、


「ごめんね」


 突然、謝り始めた。


「なんだよ、突然」


「いや、ぼくのせいでバスケ部辞めることになっちゃって」


「お前のせいじゃねえよ」


 俺は半ばイライラしながら、そう返していた。……声に感情が乗ってしまっていたのだろうか。珍しく朱里が肩を震わせて怯えている。


「……悪い」


 咄嗟に謝った。別に朱里を責めるつもりではなかったのだ。もう済んだことだ。今更どうこう言っても仕方ない。


「やる気がなくなっただけだからさ」


 フォローのつもりで、そう言っていた。殆ど意味はなかった。それでも……朱里は真剣に、俺の言葉について深く考え込んでいた。


「やる気、かあ」


 朱里は独り言のように呟いた。


「何か、新しく取り組めることないかな」


 うーんうーん、と、一休さんみたいに頭を指で叩いている。やがて目を見開いた。そこまで再現するらしい。

どういうわけか、朱里は少し躊躇ってから、


「恋! とか!」


 俺は変顔で返した。


「酷い顔」


「くだらなすぎてな」


「恋バナにくだらないなんてないでしょ」


 こいつって、恋バナとか好きだったっけ。

 隣のクラスの誰々くんが誰々ちゃんのこと好きみたいだよ、みたいな一般会話は行われるが、俺や朱里自身の話題を朱里からすることは少ない。むしろ俺がたまにクラスメイトに茶化されたのをぼやいて、朱里がその話に乗ることの方が多い。

 自分から振るのは珍しいな、などと考えていると、


「誰かのために頑張れるって素敵なことだよ」


 朱里はそう言った。さっきまでふざけていたのに、そこだけ妙に真面目なトーンなのが気になった。

 しかしすぐにバカッぽい顔に戻り、


「ぼくで試してみる? うっふーん」


「うわキモい」


「キモいはないだろー!」


 俺の顔をぽかぽかと殴ってくる。誘惑するにしても、うっふーんは時代遅れだと思うのだが。死語を同い歳の幼なじみから聞くことになるとは思ってもいなかった。

 朱里はもう一度思案を巡らせ、やがて何かに閃いて手を叩いた。


「じゃあさ、物づくりなんてどうかな?」


「物づくり?」


「そ、物づくり」


 朱里はふふん、と胸を張りながら答えた。


「物づくりって楽しいんだよ。ああでもないこうでもないって言いながら、材料を選んだり形を整えたり」


 昔っからロクでもないモノばかり作っていた朱里らしい意見だった。

 確かに、何かを作っている朱里はとても楽しそうだ。目をきらきらと光らせて、ガラクタの山を、まるで宝物でも見ているかのようにひとつひとついじくりまわして。今もそれは変わらない。


「ここの公園でも砂遊びしたよね」


「泥団子を食わされそうになった」


「実際食べなかったっけ?」


「そうだっけ」


「お腹を壊して学校休んでたよ」


 なんとなく思いだしてきた気がする。本物みたいに美味しいからと騙されて食べた結果、やはりというか泥の味がした。翌日は腹痛が酷くて、母さんに外で何か悪いモノでも食べたのかって訊かれたから、泥団子って答えたら死ぬほど怒られた。


「真実を皆にばらしてみたら、泥ウンコ野郎ってあだ名がついててさ。面白かったなあ」


「お前の仕業だったのかよ!」


 なんて奴だ。数年来の謎の一つが解けてしまった。主犯が身内だと言う事実とともに。


「ごめんごめん、泥ウンコ野郎くん」


「反省してないよな?」


「してると思う?」


 悪びれない笑顔だった。絶対反省してないと思った。


「ま、そんな感じでさ」


 思いっきり話を逸らしていた。話題転換のヘタクソな奴だ。


「りっくんをてるてるぼうず作りに誘ったのも、それが理由」


「お前が作りたいだけだろ?」


「へへ、まあそうなんだけどさ」


 朱里は顔を少しだけ赤くしながら、ぽりぽりと頬を掻いた。


「それで少しでも気が紛れてくれればな、って思ったの」


 俺は驚いた。こいつはこいつなりに、俺の事を心配してくれていたのか。自分だっていつ死ぬか分からない身体のくせに。

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