おやすみなさい
夜が更けて、町が静かになる深夜。そんな夜に、一人の少女が、少年の枕元に立っていた。
少年は寝ている。規則正しく、胸が動いている。表情は比較的に穏やかだった。
「ふふ。良い夢、見ているのかな……大地くん」
少女は小さい声で言い、表情を和らげた。少年――嵐山大地は深い眠りについている。
それを安心したのか、少女は見つめ続けた。触れるわけでもなく、ただ静かに見ている。
「私のこと、覚えているかな」
先ほどと比べて、声のトーンが下がる。悲しんでいるかのように。
表情も先ほどと変わっていた。暗く、絶望を感じているようだ。
ここまで、少女は何故大地に興味を持つのだろうか。
「昔、私のこと助けてくれたんだよ」
少女はそう言って、壊れ物に触るかのように大地の額に手を触れる。
それを、月だけが見ていた。
「空を泣かせるな!」
そう言って、一人の少年が少女――夢野空の前に立つ。
空にちょっかいを出してきた少年たちは、逃げて行った。
「あ、ありがとう……大地くん」
必死で目をこすり、涙を拭う。それでも一度零れたものは、なかなか止まらなかった。
その様子を見ていた大地はポケットからハンカチを渡した。
無言で渡されて、空は驚いていたが受け取り涙を拭う。
「空」
落ち着いた頃合いをみて、大地が空の名を呼ぶ。
空は首を傾げて、大地を見る。
「お前はオレが守る! だから、もう泣くな!」
顔を真っ赤に染めて、大地が言った。
その言葉に空は驚いたように目を見開いて、優しく微笑んだ。
最後に残っていた涙を拭う。
「大地くんがいるなら、もう泣かない」
そう、満開の笑顔で言った。
あれから、数年経った。お互いに会わなくなっても、空の支えだった。
空は、大地に何か恩返しをしたいと願っている。
「ちゃんとお礼も言えていないのに」
ぽつりと言葉をもらして、空は大地から手を離した。
そうして、目に涙を溜めて大地を見る。
「ありがとう、大地くん」
眠っている相手に、声をかける。届かないと分かっていて、声をかける。
届かないでほしいと思っているのかも、しれない。
「ずっと、大好きだったよ」
続けて言葉をかけた。
溜まっていた涙が、零れる。
「私だけが守ってもらってばかりで、守れなくてごめんね」
昔と異なり、涙を拭うことは一切しなかった。
だから、ただ空の頬を流れる。そのまま、地面に落ちる。
重力に従うように、流れ続ける。
「これから、は……」
嗚咽が混ざる。言葉がうまく発することが出来なくなってきた。
「見守り、続けるから」
大地の手を握る。
優しく、だけど、どこか力強く。しっかりと握る。
「私が眠るまで、ここにいさせてくれてありがとう。さようなら」
そう言って、その場にいた空は、消えた。
その場面は、ただ月が見ていた。
目を覚ました大地が、まず起きて自分の目に触れる。
「なんで、俺泣いているの」
誰かに問い掛けるわけでもなく、疑問ではなく、夢を思い出す。
大地は覚えているのだろうか。遠い遠い記憶を。
その日の夕方だった。
大地が両親から、空が亡くなったと聞いたのは。
そして思い出した。遠い記憶と、夢の出来事を。
「空」
独りの部屋で、彼女の名を呟く。
「見守ってくれているなら、俺が眠るまで傍にいてくれ」
そう、言った。
返事は聞こえないが、彼女のもとに届くように。
そう願いを込めて、しっかりと。
その後の彼と彼女の物語を知るのは、見ていた月だけが知っている。
優しく、照らし続けていた。
昔書いた作品が出てきたので、今更ながら載せます。
ちなみに書いたのは3年弱前です……。