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北関東の三英傑  作者: 餅之月継
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序章 動乱の北関東 5話

穴だ。いくつもの穴だ。朱黒い甲冑の兵士たちで造られた、巨大な生き物にいくつもの大きな穴が空いた。こちらの用意した罠に混乱している。

 しかも穿った穴はただの落とし穴ではない。穴底には納豆がふんだんに敷き詰められており、その濃厚で舌滑らかな味わいから抜け出ることはできない。追い討ちをかけるように、中に給仕を配置して握り飯を大量に作らせている。握り飯片手に納豆啜り、もう彼の者達は戦所ではない。自ら穴に降りる者も見え始めた。


「よし、門開け。騎馬のみ出るぞ!」


 城門が開き騎馬隊が出てきたことで、栃木軍の混乱は極致へと達した。進むも退くもできず、あるものは蹴散らされ、あるものは穴に落とされ。穴の中からは景気良くハイヨッ!ハイヨッ!と給仕の掛け声が聞こえてくる。

 ひとしきり騎馬で押し進み、敵を追い散らすと、突如手堅い新手が寄せてきた。旗は克久の旗本。本隊をぶつけてきたようだ。抵抗は執拗で、こちらの手薄な隙間を的確に突いてくる。

 潮時だった。城壁の兵がまとまって背後を突いてきたら、今度はこちらが窮地に陥る。


「戦果は十分、退くぞ!」


 いまだ混乱の止まない敵兵の中を通り抜け、場内へ帰還した。餃子の盾を使えない騎兵では追い討ちはできないらしく、大した抵抗もなく帰陣できた。勝鬨の声が鳴り響く。緒戦としてはなかなかの出来だ。

 しかしここで戦は膠着することになった。納豆穴を塞ごうとすればこちらが騎馬で蹴散らし、餃子兵をくりだして来れば火矢で香ばしく焼きをいれてやった。善戦している...とも言えるが、小勢であるこちらから決定打を打てない。克久は背後の敵を気にするでもなく、腰を据えている。確かに至宝を奪われ、大戦に負けて帰ったのでは守護の名折れ。簡単には引き上げないであろう。


「和睦...かな。」


 誰に言うでもなく口から零れた。返事の代わりに必死の喧騒が返ってきた。



「和睦なぞ下らん。今すぐその細首を落としてやろうか?」

 両陣営の十数人が向き合い火花を散らしている。和睦のために用意した席である。些細ないい間違え一つで、また会戦になりそうな気配だ。飴玉は早く見せつけた方が良さそうだ。小一郎を促した。恭しく差し出されたそれに、皆が言葉を失った。


「それは...もしや」

「そなたも耳にしたことがあろう。」


ここで一呼吸置いた。静けさが胸を圧迫してくる。微かな息づかいだけが聞こえる。


「茨城國が至宝、銘を『常陸でんちう』」


 敵味方一様にどよめいた。克久に至っては目を見開いたまま身動ぎひとつしない。その輝かしい、また生菓子であるが故のはかなさに、皆心を切られてしまっている。

 それもそのはず、常陸でんちうは常陸家当主と幾人かの職人しか知らない、秘中の秘で創られている菓子であり、これもまた年に一つしか創ることが出来ない至宝である。かつては都の殿上人に献上するために生み出されたものであり、時の天皇をして「魂のみが抜け出でて、極楽へ昇ったかのよう。至極善し」とまで言わしめた絶品である。都に納めなくなってからは、外交の切り札として使われるようになった。千葉國や埼玉國に遣われた事はあったが、栃木とは未だ無いはずだ。その価値は計り知れない。

 『とちぎおとめ』が至宝の果実であれば『常陸でんちう』は菓子の至宝。これで克久の面目も立つであろう。


「これを土産に引き上げてはくれぬか?」

克久はむぅ、と声を唸らせた。

「これで互いに痛み分けの形になろう。長く我らが争っても他國が喜ぶばかりじゃ。」

「そこまで言うなら貰っておいてやろう。しかし次は容赦せん。」


 克久がフンと鼻を鳴らすと、でんちうの表面の金色の粉が散ってしまった。慌てて群臣がそれを拾おうと虚空を探った。その様子を見て戦の終わりを確信したのだった。



 克久の軍が陣払いをし、国境から遠退いた報告を受けてから、宗広も砦を出た。館に戻ってからは江戸川の再軍備に兵の募集、破損した武具に馬の買い入れ、鹿島港の要塞化も進めておきたい。

 馬をこのまま走らせればやがて像が見え、館が見えて、そして多江が見えるだろう。そこでアッと思い出す。子の名前を決めておく約束をしていた。


 苦笑しながらあれこれ考えを巡らせる。なかなか考えがまとまらない。決めかねてるうち、遠くに巨像が見えてきた。だがそれでも、馬の足を落とす気にはならなかった。


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