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風の啼く星2  作者: 葉琉
2/5

【2】

 この星には、奇妙な病気がある。

 風土病、と同胞たちは言っているが、本当に病気なのかさえもわからない。

 この星を訪れ、ある一定の滞在時間を越えると、稀にそれは発症する。

 最初は、熱と倦怠感。

 続いて、吐き気と体の痛み。

 幾日も続くそれは、想像を絶するほど苦しい。四肢を砕かれるような痛みとともに、全ての感覚が敏感になり、何の薬も受け付けない。

 けれども何故か、散々苦しんで、体力の限界が近づいたあたりで、それらの症状はぴたりと治まる。

 あの痛みが嘘であったかのように、治ってしまう―――いや、そう感じてしまうのだ。

 だが、すぐに、自分の身体が変化していることに気がつく。

 今まで自分を形成していた細胞とは違う、別の何かにすり替わってしまったような感覚。

 目で見るもの、匂い、音。

 それらが、今までとはどこか微妙に違っている。錯覚かと思ってしまうほどの、小さな違和感。

 そして、その感覚は正しいのだ。

 回復した瞬間から、己自身の意思で、今の姿とは違う、別の生き物に変わることの出来る自分を知ってしまうのだから。

 本来の姿と、獣としての姿。

 地を駆けるモノだったり、空を飛ぶモノだったり、水に住むモノであったり、形態はばらばらで、法則性はない。

 種族でさえも、関係はないのだ。

 一部の者にだけ起こる出来事。

 このことを調べている連中は、太古の未知のウイルス説を唱えたり、この星の何かが精神的な影響を与えるのではないかと言っているが、どれも不確かで、本当のことなど何一つわかっていないのだ。

 ただ確かなのは、私たちはこの星に何がしか依存しているのではないかということ。例えば、遠く離れた場所へ移住することが出来ないのだ。

 ここへ帰ってきたくなる。本能のままに。

 ―――私のように。

 こんな物語の中のような出来事が本当に存在するのだと、この星に来るまで思いもしなかった。だが、実際、今の私も獣としての姿を持っている。

 そして、ここへやってくる観光客の大半は、住民たちがそうやって二つの姿を持つものだとは知らず、自分たちもそうなる可能性があるのだと、考えもしないのだ。



 どのくらいそうやって思いを巡らせていたのだろう。

 いつのまにか部屋の中は、暗くなっていた。

 汚れた窓の向こうには、色鮮やかなネオンが輝いている。

 夜こそは、この星で一番華やかで活気のある時間なのだ。

 もちろん、この星にある娯楽施設は昼夜を問わず、常に営業している。

 かつて、自分もただ楽しむためだけにここへやってきたのだということが、遠い昔のことのようだ。

 それなりの時間、この場所ですごし生活してきたが、ドームの外に広がる砂の世界に私はどうしてもなじめなかった。

 殆ど止むことのない砂嵐を味わうたびに、不快だと感じてしまう。

 どうしても細かい砂を吸い込んでしまうはめになるし、砂をよけるためにマスクをかぶり、首や手足がきっちりと絞まった服を身につけても、それは容赦なく入り込んでくる。

 私がそう言って外に出ることを嫌がると、仲間の一人でもあり、恋人でもあったあの人――ユウキはいつも困った顔を浮かべていた。

 どう答えればいいのかわからないというふうに、いつも曖昧に微笑んでいた気がする。

 彼は真面目で、必要以上に真剣にこちらの言葉を受け止めるから、不機嫌な態度ばかりとる私のことを扱いかねていたのかもしれない。

 彼は、私と同じようにこの星に依存し、捕らわれた一人だったけれど、自分の境遇を嘆くことはあまりなかった。

 むしろ、過去を断ち切ってこの星で生きることを受け入れていたようにも思う。

 私とは正反対だ。

 私は不満だらけで、もうひとつの自分の姿が気に入らなくて、愚痴ばかり言っていた。

 我侭を言うのはいつも私で、黙ってそれを聞いているばかりなのは、ユウキ。

 傍からみたら、惚れた女に振りまわされる弱気な男に見えただろうユウキ。

 けれど、私は気付いていた。

 彼の目は、いつだって遠くを見ている。

 私と視線を合わせながら、こちらを見ていない。

 どんなに話しかけても。

 どんなに笑いかけても。

 一方通行で、行き止まりなのだ。

 そして、私の思いだけが重く蓄積されていく。



 二人の仲が決定的に分かたれたのは、一人の少女が現れたせいだ。

 淡い緑が似合う少女。

 ユウキの出身地であるチキュウという星からやってきた少女。

 ユウキと同じ言葉をしゃべることが許せなかった。

 ユウキのことを慕っていることが気に入らなかった。

 なにより、ユウキはちゃんと彼女を見ている。

 いっしょにいても、心だけがどこか遠くに行ってしまうことがない。

 その少女を、ユウキはとても大切にしているようだった。

 娘のように。

 かつて無くしてしまった何かを護るように。

 ――いらいらする。

 だから、私は思った。

 ――殺してしまいたい。

 思ってから、その激しい望みに恐怖する。

 それは、あってはならない感情のはずだった。

 この星で生きていくためには、同胞に対して抱いてはならない思い。

 そう。それは生きていくために、この星の住民がトラブルなく過ごしていけるように定められたルール。

 それを破ることは許されない。

 だから、私はその感情を押し殺し、忘れることにした。

 何故なら、ユウキはあの娘を愛しているけれど、恋しているわけではない。

 ユウキの恋人は私なのだ。

 それは、どんなことがあっても変わらないのだと。

 あの頃の私は、単純にそう信じていた。

 いや、そう信じていたかっただけなのかもしれない。

 相変わらずユウキは優しかったが、心はいつもすれ違っていたのだから。

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