午時葵
僕の恋人は病気で入院している。
病気が発覚した時、彼女は僕に別れようと言った。しかし、僕はそれを断った。病気を患ったからといって別れることはないと、僕は治るのを待っていると言って。
今日も僕は彼女に会いに行く。
最近いつも元気のない彼女が少し心配だった、どうにも体調がすぐれなくて毎日しんどそうだ。出来ることなら僕が変わってあげたい。けど、そう言ったらきっと彼女は怒るので言わないでおく。
「やあ、体調はどう?」
「うん、今日は大丈夫」
いつもより声に張りがあって、顔色も良かった、僕は安堵してベットの側の椅子へと腰掛ける。
「この調子で良くなっていくといいね」
「そうね」
彼女は憂いを帯びた目で僕をじっと見つめている。何だか照れるので逃げるように目をそらしてしまった。
「どうかしたの?」
「ううん。何でもないよ……ただ、少し大切な人の顔をじっくり見ていただけ」
「……なんか照れるな」
「ふふ、耳が真っ赤」
そう言って僕をからかう彼女に久しぶりの笑顔が浮かんだ、久しぶりに見れた笑顔が嬉しくてからかわれるのも彼女が笑ってくれるのなら安いものだなと思った。
「私の恋人になってくれてありがとう、大好きだよ」
「急にどうしたんだよ」
「ただ感謝の言葉を言っただけ」
僕の手を彼女の白く小さな両手が包み込む。
「そんな顔しないで、別に深い意味はないから」
情けないなと自分でも思う。
病気になって一番不安なはずの彼女に慰めてもらっているだなんて、恥ずかしい男だ、僕は。
「僕も、君の恋人になれて今とても幸せだ。ありがとう、これからもよろしく」
「……うん」
心なしか沈んだ声で彼女は答えた。
「あ、そうそう、あなたにプレゼントがあるの」
そう言って取り出したのは一本の白い花だった。どこかでちぎってきたのだろうか、茎のところに歪な断面ができている。
「可愛い花だね」
「でしょう?午時葵って言うのよ」
「へー……」
「一日花なの、きっと今日咲いたばかりの花ね」
じっくり眺めたあと僕に差し出した。
「あげる」
「いいのかい?」
「いつもは花持ってきてもらってるから、そのお礼」
「ありがとう」
お礼を言うと彼女は満足げに微笑んだ。
夕日が病室に差し込む、光が彼女の顔に影を落とした。
ふと、彼女の髪に小さな葉っぱが付いているのを見つけた。少し癖毛な彼女の髪に触れる、相変わらずふわふわとしていた。
「葉っぱついてた」
「あ、分かんなかったよ」
「ははっ」
「笑わないでよ」
「ごめんごめん」
昔の様に笑いあう、彼女は元気な頃に戻ったように僕の目には映って少しの希望が見えた気がした。
明け方、電話が鳴った音で目が覚める。こんな時間に誰だろうと出てみるとそれは彼女の両親からの電話だった。
『夜中に容態が急変して……たった今……』
涙声でそう言われて、理解が出来なかった。
彼女が死んだ?どうして?昨日あんなに元気だったじゃないかーー
「嘘、だろ」
理解した途端、堰が切れたかのように涙が溢れた。
ああ、どうして気づけなかったんだろう。
もっと、たくさん話したかった。
もっと、一緒にいたかった。病気を治していろんな所に行きたかったーー
後悔してももう遅い。
彼女はこの世のどこにも存在しない、世界中探しても会えないのだ。
拭っても拭っても涙は止まらない、だけど仕方ないだろう、大切な人が死んでしまったのだから。
あれから一年経った。
まだまだ、僕は彼女のことを忘れられずにいた。
あの日貰った午時葵も萎れて枯れてしまったが捨てられずにいた。
「あの花に何か意味があったのかな……」
窓辺に飾っている枯れてしまった午時葵をぼんやり見つめながら彼女のあの日笑顔を思い出す。
もしかしたら彼女は自分がもうじき死ぬことを理解していたのかもしれない。
あの日の憂いを帯びた目を思い出しながらそう思った。
午時葵の花言葉は「私は明日死ぬだろう」




