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「で、昨夜は遅かったから先に寝てしまったけれど、どう?初めて一人野放しにされた感想は」
陽の光はないが、電波時計には午前8時と表示されていた。
場所はもちろんセツナの自宅(地下室)。一人暮らしをしていたオレのアパートはまさかのアパートごと売り払われていたというのは、衝撃の事実であり、そのためオレは仕方なくコイツ(セツナ)の家に住まわしてもらっている。
ていうか、コイツが売り払った本人だけどね!
軽く互いに朝食をとり、昨日の(厳密に言えば、今日の)出来事について大まかに話した。すると第一声はこれだった。
「あなたはバカなの?それとも馬鹿?」
「いや、同じ意味だし……。で、バカってなんのことだよ」
セツナは溜息を吐いた後、コイツはサルなのかと言わんばかりの態度をとった。
「ほんとにバカみたいね、いい。今のアナタは普通の人間でないことはわかりますか?」
「ああ、そのくらいは身に染みているさ。なんたって、目に見えるところでそうなってるからな」
その証拠だという風に、セツナに黒くなった両手を突き出す。絵具でも出すことのできない、闇よりも黒い漆黒な色は人の手ではない。
いや、形はまんま人の手だし両手に5本の指も付いてるし。
「だからバカなのかって聞いてるのよ?」
「は?なんでって、あ!」
ま、まさか。その場にセツナはいなかったはずなのに、そんなことに気付いたのか……。
「ようやくわかったようね。いくら包帯で手を覆っていても、怪我をよそわないとその包帯は何かを隠してるって、私ならそう感じ取るのだけれど」
そう。彼女が言っているのは、昨夜の食事のこと。
黒い手を晒していては、さすがに気持ち悪がられると思ったため、出かける前に服で隠しきれないところに包帯を巻いたのだが、それが仇となった。
雅とあったのはファストフード店。もちろんオレはその場にいただけではなく、食べ物をつまんでたわけであって。つまりは、怪我をしているから包帯を両手に巻いているはずなのに、ポテトをつまむは、ペンを握るは、健康体をアピールしているようなもんだったのだ。
「すみません今度から気を付けます」
「ま、私には関係ないから良いけど……」
いつものポジションで、セツナは紅茶をすする。いつものポジションとは、オレがベッドの上に座り、セツナが椅子に座っている状態だ。
「で、宵は今日どうするの?闇に染まったからって、別に太陽光に浴びるなとは言わないし、宵くらいのひよっこなら、全然体に害はないと思うし」
「そうだな……」
「別に私からの用事はないから、好きにするといいわ。私はこの後寝るだけだから、起こさないでね」
さいですか。
「ならオレは日光浴でもしに、でかけますわ」
そういって、出かける為の出入口がある階段の方に足を運ぶ。
と、ここでこの家の事情を説明したいと思う。
ここの間取りは1L。置いてある物といえば、ベッドに、タンス、セツナが良く座る肘掛タイプの椅子にそれのセットの机。
部屋は年中暗く、唯一の灯りといえばオレンジの灯を揺らめかす蝋燭ランプか、それと類似した白熱電球のスタンドランプくらいのものである。ちなみに今は蝋燭の方が使われているのだが、それはセツナの気分次第というわけだ。
でもってこの地下室の最大の特徴。この地下室には階段が2つ存在するということだ。まあ1つはさっきもあった通りの外出するための出入り口に行くための階段。もうひとつは最近までしらなかったのだが、ベッドの裏にあるカーテンをめくると存在する。そこを上がっていくと、なんとまあ上にある家に行きつくわけなのだが、その場所がなんとも言えない。
結果だけをいえばリビングなのだが、いや、リビングに出られるというのも驚きだったが、その場所はテレビ台の下。わざわざ蓋をどかし、テレビ台をどかしてようやくリビングに出ることができるのだ。で、ここはなんのために存在するのかというと、風呂やトイレ、食事の準備のためだ。なんせ、この地下室には生活するための場所ではないのだ。
なのにまあ、セツナがここ(かいだん)を使ってるのは、見たことないのだが。
そして場所は、昨夜のワックにほど近い幹線道路。もちろん人通りも交通量も多く、ここを抜けて都心に向かおうとしているのだろう。平日ということもあり、遅刻した学生や会社員がオレの横を忙しなく抜き去っていく。
で、そんなオレは学生なのだが、事情が事情なため今は無断で休学中。多分年越した辺りには、退学通告がくるんだろうが、今はそんなことを気にしてなかった。
空を見上げれば雲一つない、冬空が広がっている。ようは直射日光よろしく、なのだがセツナに言われた通りあまり害を感じることはない。もしかしたら包帯を巻いているわ、冬服だわで、そういうのを防げているのかもしれない。
家を出て、30分は経っただろうか。特に用事はないが、これ以上郊外に向いて歩いても仕方ないと思い、ビル群がある都心の方へ向かって歩いていた。
にしても……。
「幼い頃に一回通ったことあるけど、ずいぶんと変わったなぁ」
思わず、独り言がこぼれてしまうほどにオレは驚いていた。
やっぱり、そこには時代の流れというべきか。ラーメン屋があったはずのそこには、コンビニができていたり。当時人気を博した洋食屋は、空家になっていたりと、そこにはオレの知っている道ではないように思えた。
けれど変わらないものもあり、道路沿いに生える銀杏の木々なんかは、何一つ変わっていなかった。
「……れ、せんぱ……?」
秋に色づく黄色は、まさに絶景。ビルと自然が織りなすコントラストは幼かったオレも感動したものである。
「よい、せんぱい、で……?」
今は冬ということもあり、道路にはその美しい黄色が絨毯のように、一面を覆い尽くしていている。まあ、臭いは気になるが、写真や目で楽しめればそれだけでも見る価値はあるものだ。
「ねえ、宵先輩ですよね?」
と少女っぽい声と共に、腕をつついてくる感触がした。
つつかれてる方に顔を向けると、どっかで見たことのある顔が目に映った。
「あ、やっぱり。宵先輩じゃないですか!今まで連絡も取れなかったし、どこに行ってたんですか?何していたんですか!?」
「や、顔が近い、近いから」
うーん、こんなに近くで見ているのにいまいちピンとこない。
綺麗に揃えられた前髪に、後ろを少し束ねた髪型。赤縁のメガネをかけていて、その下にある目は、目尻が少しキリッとしていて、知的美人と言える。身長はオレより少し低いくらいだから、女としては少し高めなのだが。
うん、思い出せない。
「全くもう、あんなに電話もメールもしてるのに、一回も返事がないし」
「な、なんか悪いな」
「ほんと、反省してください」
「面目ない」
気迫に押されつい誤ってしまったが、一体オレは何の罪について謝っているのだろうね。