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遅くなりました
昨夜は驚きの連発だった。
目が覚めたら見知らぬ部屋にいて。両腕がなくて、痛くて。
見知らぬ少女がオレを深夜の繁華街へ連れ出して、オレに告白をして。
オレはその告白を、了承して……。
冷静に整理すると、オレはただのバカだと感じる。もとい、バカではあるがここまで常識がなかったとは思ってもみなかった。
で、そんなオレは今もまた深夜の街に出かけている。普段は深夜まで外を出歩くことは、めったになかったのだが、セツナに事情を聞けば聞くほど普通の人ではなくなっていることが分かった。
まず一つは太陽光といった自然光に当たると、生命力が低下するということ。これは闇という本来はあってならない現象が起きているため、自然の理には逆らえられないためだ。にわかに信じがたい話であったため、オレは試に今日の昼にセツナの家から出て、太陽光を浴びにいった。すると立っているのがしんどく、頭が重たいという状態になり、普段感じたことのない体の異常がおき、自力で日陰に戻るのがやっとだったくらいだ。もしあの場で、玄関を閉めたまま外に出ていたら今頃道路上で倒れていたに違いない。
二つ目は、闇を持っているヒトを敏感に感じ取ることができること。実際セツナと繁華街に出かけた時は、ずっと何か生温かいモノが纏わりつくような感覚だった。もっと簡単に例えるなら、夏場の蒸し暑さに似ているのかもしれないが、それの何百倍以上に耐えがたいものである。
だが、セツナ曰く「そういう雰囲気に当たり続ければ、慣れる」とのことらしいが、本人はそういう経験がなかったため、理論上のことを言ったのであった。
「さて、どうしたものか……」
大通りの信号待ちに合う。
幸運にも季節は冬であり、必然的に長袖を着る機会が多い訳である。夜の様に黒く染まった腕を隠す為に包帯を巻き、それを隠すような恰好をしている。
にしても、今夜は特に冷えている。息を吐くだけで白い霧が出て、外気に晒された耳や頬は痛い程になって、赤くなっていた。
赤から青に。
小腹の空いたオレは、時刻を確認。
「一時、かぁ」
午前零時を回って、店が開いているといえば大手チェーン店くらいしかない。今夜の目的は二つあり、その一つは闇に当たって闇酔い〔自分でつけた〕に慣らすことで、もう一つは闇を使った犯罪があるかないか見抜く、もしくは阻止するということだった。しかしそういったことは起きている感じもしないし、闇を抱えたヒトを今はあまり感じられない。ここいらで休憩を挟んでもいいだろうという算段なわけだが、思ったより二四時間チェーン店が見つからない。
「お、こんなところにワックがあるじゃん」
ワックとは、黄色いWの字を看板に掲げたハンバーガー店である。他にもハンバーガーを百円で買えてしまうのも売りで、他店ではこの価格で提供している店はない。しかもそれでいて、不味くないのもこの店ならではであった。
「いらっしゃいませー」
深夜だというのに威勢の良い、マニュアルあいさつである。
初めて入る店舗であったが、店内は明るく、何より広い。尚且つそれが二階建てであり、内装もしっかり施していた。流石は、大通りに面しているだけである。
終電に間に合わなかったのか、よっぽど暇人なのか。店内を見渡す限り、三人のスーツ姿のサラリーマンと、一人のおじいさんがまちまちと座っているのが見受けられる。
「店内でお召し上がりでしょうか?」
「ああ」
と、マニュアル対応の敬語に対して、素っ気ない返事をしながら注文をした。チーズバーガーにコーラのSサイズ、おかわり自由なホットコーヒーを注文し、たったの五百円で済むから驚きである。
商品を受け取ると、入り口付近に二人用の席があったので、そこに着席。普段ならこんな外気が一番当たる様な場所では食事を摂らないのだが、場合が場合である。一応「訓練」という意味で外出をしているから、なるべく闇を感じ取りやすい場所に座ることにしたのだ。
包みを外し、チーズバーガーを一口。
咀嚼中。
改めて店内を見渡すと、どうやらお手洗いは二階にあるようだ。看板を見る限り、階段を上がった先にはお手洗いにすぐ行ける配置になっているようであった。その証拠にオレが外で店舗を見た時、二階のフロア全体は明りが点いていなかった。
口の中が空になる。
今度はストローで、コーラを摂取する。ハンバーガーを置き、ポケットから携帯を取り出す。
すると携帯にメールが届いていることに気付いた。差出人は見るまでもなく、セツナ。内容は、陽が昇る前には帰ってくること、という注意のメールだった。昼にもし太陽光に当たっていなかったら、きっと日の出後くらいに帰っていただろうが、身を持って太陽光の恐ろしさを知っているので、メールがなくともそのつもりでいた。
まあ礼くらいは言っておくかと、返事を打とうとしたが、そもそもこのメールが届いたのが二時間ほど前のコト。その二時間も前のメールに「忠告をどうも」と送ったところで意味はあるのだろうか……。
いや、あまりないだろうな。
「いらっしゃいませー」
オレの時と同じような、マニュアル対応。
……なのだが、入ってきた客から微量の闇の気配を感じた。携帯の画面から目を離し、レジで注文をしている姿が映った。
服装だけ見たら、あれは女子高生に違いない。腕の裾が巻くってある様なデザインの黒のブレザーの前を開け、中に濃紺のカーディガンを着ている。白のYシャツは、第二ボタンまで外していた。スカートも黒を基調としていて、今どきの女子高生らしく、丈が膝上辺りにくるように履いていた。
もちろんオレにその制服がどこの学校のものであるかは分かるはずもなく、確かなことと言えば、オレの母校のものではないということだ。
その彼女はレジ前で数分悩んだのちに、注文をし始めた。
「ごゆっくりどうぞ」
商品を受け取ると、どこに座ろうかキョロキョロと見渡していた。なるべく近くに座ってもらったら観察がしやすくて、嬉しいのだが……、と思っていると彼女と目が合っていた。
その瞳はオレの闇を見透かしているのか、それ以外か。
見続けていたら不思議と舞い上がりそうな感覚がしたのは、気のせいだと思いたいが……。
数秒彼女とは目を合わせていた後、彼女は何も躊躇うことなくオレの方へ歩いてきた。
「あ、あの……、相席してよろしいですか?」
「え、あ、ど、どうぞ」
少女というより女性に近いようなその声は、見た目と比例している。
肩口まで伸びていて、外に少し跳ねた感じの髪型に、栗色をした髪は大人の女性を醸し出している。彼女が席に着いたところで、
「「え、えっと」」
声が重なってしまい、さらに気まずい雰囲気が流れる。彼女がどんな意図を持ってオレと相席をしているのかは、聞いてみないと分からないものだが、警察に見つかったら確実に面倒なコトになるのは、目に見えていた。
こういう時は男のオレが、会話のエスコートをしなくては。
しかし、会話の糸口が見つからないのも事実。オレが最も聞きたいことは「お前は闇なのか?」ということ。だが、そんなことをいきなりいうのも変であり、ましてや普通の闇を抱えているヒトとは違って、明らかに闇の気配が薄い。そのため当てずっぽうにいうのも酷な話であった。
ああもう、メンドウクサイ!
「え、と、何でオレと相席にしたんだ?」
サイテーみたいなことを言われるんじゃないかな、と思って顔を見ていると、彼女は頬を赤らめて俯いてしまった。
うわー、女子の考えてることは未知の領域だわぁ。
「ひ、一目ぼれをしてしまったから、です」
手にしたポテトを小さな一口で、一本かじった。
ちなみに彼女が注文したものは、ポテトのMサイズに、ハンバーガー、何のドリンクかは分からないがSサイズのものを注文していた。
がそんなこと、今はどうでもいい。今はオレに言った言葉の意味を理解するのが先である。
「ひ、一目ぼれ、ですか……」
初めて言われたことに緊張してしまい、言葉が思うように続かない。自慢ではないがオレの目つきは、あまり良いものではない。その証拠に、学校ではあまり友達がいなかったのだが、それは悪い過去である。
「はい、それが理由、です。今までに出会ったコトのない感じとか、私と同じような雰囲気というか、……上手く言い表せないですけど、そんな感じがしたんです。
だから、少しでもいいからお話が出来たらいいなと思って、声をかけたのですが。
……迷惑だったでしょうか」
「そんな、別に迷惑じゃなかったし……。どっちかっていうと、話し相手が欲しかったところだから気にしないでくれ。いや、この場合は、気にしなくてよいいよ、というべきか」
「ふふっ、思った通り面白い人ですね。って、そいえば自己紹介もしていなかった……。
私、私立華ノ宮女学園の高等科二年、阿蘇雅です。これからは、雅と呼んでください」
丁寧にお辞儀までをつけてきた。礼儀正しいのはいいことだが、オレがテンパって間違った日本語を使った時に、軽く笑うのはやめてほしいものである。
しかしなんだ。自己紹介をされてはこっちも、しなくてはならないのが礼儀なのだが、オレは本名を名乗るべきかを悩んでいた。
というのも、セツナからは「アナタのここ一週間の行動はあからさまにおかしいものがある。もし近辺で殺人事件とか起きた場合、第一発見者、親族、に次いでアナタの行動を洗われるに違いないわ、だから名乗るときはせめて、偽名を使ったりしてよ」と口出しされているのだ。
けれどそんな偽名を覚えていられるほど、器用でないことは自分が一番わかっていることである。もし自分から名乗った偽名で呼ばれたとしても、自分がそれを覚えているのかが定かでないのは目に見えている。
ウソは重ねるだけ、自分を隠しきれなくなる、というのは過去の教訓であった。
「オレは、此伊宵。まあオレのことも、宵、て呼んでくれたらいいさ」
「これい、よいさんですか……。私の阿蘇と一緒で、あまり聞き慣れない名字ですね」
「ああ、それは良く言われるよ」
オレは笑いながら返事をした。これもまた、最近に名字を巡ったモメゴトがあったからであるが、それはまたの機会。
「とくにオレのは、漢字も特別なんだよね。雅さんなんかは、阿蘇山の阿蘇を書くのかな?」
「あ、はい。その阿蘇を書きます。それと、私のことは呼び捨てで大丈夫ですから」
「わかったよ、雅。それでオレの此伊なんだけど」
「あ、それ、私が当ててもいいですか?」
そういって、雅は持っていた黒いスクールバッグからトガ丸という、いつでも尖ったまま書けるシャーペンと、メモ帳を取りだし何やら書き始め、書き終えるとオレの前にそれを提示した。差し出されたメモ帳には、意外にも達筆な字で「是井」と書かれていた。
うーん、案外考え方は間違ってないのだが……。
「残念、正解は……っと、シャーペンを貸してくれる?」
シャーペンを受け取り、雅より丸文字な字で「此伊」と書いて、彼女の前に出すと案の定、驚いた表情をしていた。
「へぇー、井戸の井を書かない、いを使う人なんて初めて見ました」
「まあそうだよね、中学の時なんかずっと井戸の井で書く人が多くてさ。ていっても、オレ以外にオレの名前を書く人なんて先生くらいだけど」
苦笑いしながらオレは過去のコトを思い返す。
にしても、この両腕が黒に染まった理由を覚えてないのに、昔の思い出だけは覚えているのは不思議な話である。それでいて、セツナはその腕がどうやって染まったのか、詳しいことを話してくれないのだ。オレが頼んでも「いつか自分で気づく時が来るから、それで察してほしいモノだわ。ほら、赤子だって最初は喋れないけれど、親や周りの環境で喋れるようになるでしょ?親が日本語を話していたのなら日本語を、英語を話していたのなら英語を。それと似た様な事よ」などと言って、以後オレがその話題を挙げると決まって無視をする。
ほんと、可愛い見た目なくせして面倒くさがりな性格というのは、この世の美少女における理なのかもしれない。
と、気が付けば彼女と相席して一時間が経った。
ちらほらといた客は皆いなくなり、オレと雅だけになっていた。二人とも食べるものもなくなり、話す話題もなくなり、オレとしては居心地が非常に悪くなっているのだった。
最初に感じていた気配はすっかりなくなり、今やオレの前にいるのは笑顔が眩しい普通の女子高生だ。
「もう二時だ、オレはちょっと帰らないとまずい時間だな」
「そうですね、私もころあいかなと思っていました。宵さんはここ等へんの人なんですか?」
立ち上がり、オレの分まで片付けようとするので、手で阻止する。それでも「わ、私がやります」としつこく言うので、ついでにオレも立ち上がる。
「まあ、ここ等へんと言えばここ等へんなのかな。徒歩で二十分くらいだよ」
「私も、同じくらいです。失礼ですけど、てっきり終電に間に合わなかった人かな、と思っていました」
クスクス笑いながら、店外へ。
外に人通りはなく、店も一時間前よりも閉まっている気がした。けれど感じ取れる闇は、さっきの倍はある。それも当然か。常人はもう寝静まっている頃であるからだ。
「あ、と。オレは繁華街の方何だけど、雅は?」
「私は、高架下を通らないといけないので、まるっきし逆方向です。それと……メアドを教えて欲しいです」
「メアドね」
彼女にオレのアドレスが載った画面を見せる。オレも彼女もスマホなため、一昔前にあった赤外線交換というものができないからだ。
正直な話、彼女を信用していない自分がいる。だってついさっきまで闇を微量に感じさせたのだ。
闇は人の本質であり、人の弱みでもある。それは、殺人願望であったり、性欲であったり様々だが、もう一人の自分である心……。
「はい、さっき空メールを送ったから、登録しといてね」
と、語尾にハートマークがつきそうなほどテンションが上がっていることは、誰が見ても分かることだった。
「楽しい時間をありがとうございました。それでは、私はこれで」
「う、うん、夜も遅いから、気負付けてね」
オレは、自宅に戻るために歩き出す。
あーあ。セツナにはどう言い訳をしたらいいものか。
それ以前に、あのうるさい口をどう止めたらいいモノか……。
見上げれば広がる、陰鬱な夜空。
都心の灯りで見ることのできない星々(ひかりたち)。
これから出会う人が宵に、どちらの世界を見させてくれるのだろう……。