ある日の夜3
これでプロローグみたいなのが終りです。
次回は1章「黒い炎の魔法使い」というタイトルで投稿したいと思っています。
これからも不定期投稿ですが、読んで頂けたらと思っております
辺りは暗闇。腕が無いため壁を伝うことはできず、代わりにつまさきが物に当たった感覚を元を頼りに、階段を上った。いくら目が慣れたとはいえ、こんな暗さじゃまともに歩けやしない。何より1週間飲まず、食わずの身。エネルギーを全く使わずにいたとしても、やはり身体自身は悲鳴を上げていた。
上り終えた頃には、精神がボロボロになっていた。次いで、自然と漏れてくるため息。
「ふぅ、にしてもここは……」
辺りは普通の一軒家が立っていた。ビルは無いがマンションが幾つか、ここから見渡すことが出来る。しかし、オレの知らない街であることに変わりはない。で、振り返ると普通の一軒家が建っていた。木造2階建てで、深夜だからかカーテン越しに明かりはない。
「オレは確かに階段を上ってきたはずだ。なのに、出てきたところは知らない家の玄関から。意味がわからんな」
秋だというのに肌寒いのは、冬の訪れを感じさせる。夜空には中途半端に三日月な月と、星々が輝いていた。もし半袖のまま外に出てたら、鳥肌もんだよ、コレ。と、身震い。
「それは、その家が偽物だからよ。偽物というのは格安物件みたいじゃなくて、家そのものがフェイク、みたいな?」
「何がみたいな?だよ!
ようするにオレ達がいたのは地下室であって、あの家は地下室があることを隠してるってことだろ」
「ん、そよこと」
話してて思うが、コイツ、小動物みたいなところがあるよな。見た目は可愛いのに、懐いてくれないみたいな感じだ。
「じゃ、どこに行くんだ?見たところオレの知らない土地みたいだし。右に行けばいいのか、左に行けばいいのか、さっぱりわからん」
「そうね、じゃあ右から行きましょう」
言ってすたすたと独りでに歩いていく。
む、意外に歩く速さがあるな。
まるで盲導犬のように、先陣を切ってオレを案内する。といっても目的地に連れて行くだけで、会話はなかったから盲導犬そのものと言える。だからオレは知らぬ街の夜景を見つつ彼女の背中を追い、彼女は前だけを見て歩いていた。
深夜だというのに店はどこも開いていて、どこも客で埋まっている。サラリーマンから大学生まで、老若男女。酔っていて、周りを気にすることなく店に居続けていた。
どのくらい歩き続けたんだろう。結構歩いているのに、店に入ろうとしない。先程からコンビニや、ファミレスなどあるのにだ。それこそ店に客がいないところだってちらほら見えてるのに。
別に疲れたとか、お腹が空いて倒れそうという理由で店に入りたいのではない。
ただ、ここにいる人たちが放つ見えない何かが、この街を汚している気がしている感じがして、気持ちが悪いのだ。淀んでいる感じがするけど、澄んでいる感じもする。例えるなら臭い匂いに、甘い匂いが混じっているような。
「おーい、セツナー。そろそろ目的地に着いてもいい頃なんじゃないか。てか、何処に向かってんだよ」
「もう少しよ」
雑音の間から聞こえる声は、近くにいるのにほとんど聞き取れなかった。だからオレも黙ってついていくだけ。
ほどなくして。路地裏みたいなところに行きついた。
さっきまでの雑音はなく、静まり返っていた。その代わりにオレの嫌なあの空気感がさらに増したのがわかる。最初のうちは気のせいだと思っていたが、ここまでひどいと何かが原因であることは間違いなさそうだ。
セツナは歩みを止めると、くるりこちらを向いた。
「なに、愛の告白でもしてくれる感じですか?」
「ええ、そういったところね」
冗談で言ったつもりが、スルーされてしまった。
「愛の、ではないけれど……ねぇ、今ここにいてどう感じてるか感想を聴かせてくれないかしら。告白はその後よ」
「まあ、気持ち悪い雰囲気ですよね。路地裏だからとかじゃなくて、もっと根本的に淀んでいて澄んでいて、矛盾した感じが嫌なんだよ。あ、無秩序って言う言葉がしっくりくるかも」
思いつきで出たその単語は、本当にこの感じにピッタリだった。気分はもうリバースしそうだというのに、自然と蒼い表情でドヤ顔。
出るモノは体内にないけどね!
「なら宵は、私たちの仲間ね」
「私たちの仲間入り?それって組織的な意味なのか」
「いいえ、単体的な意味よ。正確には生物的な意味」
セツナは表情一つ変えない。むしろ無表情で、冗談で言っているようにも見える。
「単体的ってなんだ?」
「モノ分かりが良いかと思ったけど勘違いみたい。ホント、宵って面倒くさいわ」
無表情が、心底面倒くさそうな顔に。本人目の前にいんのに、失礼な奴だな。
……とは言えず、こちらとて気持ち悪いから早くここから移動したわけだ。ここは我慢して彼女の言葉を聴き入れる。
「良い?単体的っていうのは、ヒトとか、猫とか、生物学上に分けられたことをここではいうの。だからさっき、生物的とも言ったんだけど。
宵は今人間じゃなく、ヒトになったの。ようは、ただの人間じゃなく進化した人間になった、とでも言っいておきましょうか。フフっ、その証拠にほら。腕を見てご覧なさい」
何かと思いつつも視線を腕の方へ……。
「う、腕が生えてる。な、なんで……」
驚きながらも、本物かどうか見ても分かんないから確認するように両腕を触る。肌の感触。人の体温。確かにホンモノだ。
確かに無くなった後も腕があるという感覚が残っていた。セツナの言葉にイラッときた時とか、手が無いとわかっていながらも、拳を握っているイメージはあった。自分には腕がまだ生えている。けれど実際はないという感覚が嫌で、見ないようにしていたがホント、いつの間に!
と喜んでいるのも束の間。暗くて良くわかんなかったけど、生えてきたのは普通の腕ではなかった。
「でもさこの腕、黒くね?黒人とかの黒さじゃなくて、ザ・黒みたいな色合いな感じ」
「はぁー。それが進化した人間になった証拠。宵はもう普通じゃないの。アナタの腕は、進化する過程で闇に呑まれたのよ。この空気感が嫌なのも、ソレが原因」
「は?闇に呑まれただって?バカ言ってんじゃねぇよ。
何、闇って。セツナ、頭の病気じゃないのか?あんな地下室で住んでるんだろ。そりゃ頭も病んじまうよな」
「バカにしてきたから、後の説明はテキトーにやるから。闇はこのさい、進化したからおまけに付いてきた能力が備わった、て思ってくれれば良い」
改めて五体満足になった感動を覚え、何も考えられない。何か言ってるのは分かったけど、おおまかな内容しか頭に入ってこない。
「ふーん、じゃあオレみたいのが他にもいるわけだ」
闇に呑まれていようと、腕が生えてきたという事実は素直に嬉しかった。
「無秩序って言ってたけど、私はソレを宵が感じるかどうか知りたくて、ここに連れてきたの。それで、お願いがあるのだけれど……」
セツナは背を向ける。背からは、緊張感が感じられた。
無秩序の中に、張りつめた氷のような空気がここを漂う。
きっと大切な頼みごとなのだろう。それこそが本題である、告白。
ここは薄暗い路地裏。道は狭いし、ゴミ箱があって臭いもする。一歩進めば、人々が蔓延るオレの苦手な空気が漂い始めるだろう。人がいないということ以外、告白には向いてない場所だ。
「アナタ、さ」
月に照らされた綺麗な銀髪が、振り向きながら靡いた。
ホント、この周りの淀んだ空気に似合わない、一輪の花のような美しさ。
「この無秩序で淀んだ世界を変えてみない?」
聞いたとたんに感じたのは何か。
今までに感じたことのない、鳥肌が立つようなこの感覚は何だろう。
決して強い口調で言ったわけでない。ただ彼女は普通に言っただけ。なのに、一言一句が身体の心まで響いてくるような感覚。
嗚呼、きっと彼女のためにオレは選ばれたんだ。
今までのオレに力がある様には思えない。けれど今は、闇がオレを呑みこみ力を授かった。どんな力かは分からないけど、彼女の為にある力なのだろう。
目を閉じる。
……彼女の言葉を信じてみよう。彼女の言う世界を変えて、新しい世界を見てみたい!
ここまでがコトの始まり。
闇の世界で生きていく理由となった序曲だ。
演奏は始まったばかり。ここからが本当の人生の盛り上がりなのだから。