飛んで火にいる真夏の戦士、佐藤
「よう神様、また会いに来てやったぞ!」
「また君か……はぁ」
ここは俗に言う天国。やたら白くて豪勢な扉を開け放つと、白ヒゲの壮年の男性――心底面倒くさそうな表情で神様は俺を見据えた。
「聞いてくれよ神様。俺、生き返ったはいいけど今度は五分で死んじまった。愉快な話だよな!」
俺の言葉を聞くなり神様は机に乱雑に散らばった書類の一枚を嫌々そうに拾い上げた。
「知っている上に全然笑えんよ……えー、佐藤くんだっけか。高校生、一時間前に事故で命を落とすがワシの許可を得て即時転生。トンボの成虫として生まれ変わるも気がつけば死亡。これを不憫に思い再びハエとして転生させるも殺虫剤をぶっかけられ死亡……詳しい経緯は分からんがこれで合っているかね?」
その通り、俺はわずか一時間で三回も死んだ男佐藤。次にやることなんてもちろん決まっている。
「俺をもう一度蘇らしてくれ!」
「言うと思った……あのねえ、生き物っていうのは本来一度死んだらこっちの世界で時間をかけて修練を積まないといけないわけで。その末に新しい命をあっちで授かるわけよ、わかる? 君の場合間髪入れず蘇るものだから人間から虫にまでランクダウンしてるじゃあないか。それを知っていてもなお蘇りたいのかね?」
わかっているさ。自分が虫けらになって抵抗を覚えないヤツなんているものか。それでも、それでも俺は。
「……蚊だ、次はハエよりも小さい蚊で構わない! 俺は使命を達成すべく今を駆け抜ける戦士、佐藤なんだ! だから頼む神様、俺をもう一度転生――蘇らしてくれ!」
俺の気持ちが通じたのか最初は乗り気ではなかった神様の表情も次第に真剣味を帯びたものへと変わっていった。
「その熱い瞳……どうやら遊び半分で物を言っているわけではなさそうだな、承知したぞ佐藤よ――何を成そうとしているかは知らぬが戦士としての務め、立派に果たしてくるがいい!」
「おう、任せろッ!」
☆
八月のど真ん中、午後を迎えたばかりの空から強烈な日差しが地面を焼かんばかりに照らしだす。
ここは日本――俺は帰ってきた。使命を果たすために……!
完全変態の昆虫、蚊として生まれ変わった俺はミリ単位の手足を木の枝の表面にさすりながらタイミングを窺っていた。視線の先には窓――まるで城のように巨大な建物の一室に小窓――があり、今は固く閉ざされている。
(二回もしくじった。されど俺は戦士……チャンスを、チャンスを待つんだ……!)
「この部屋あっつーい!」
しばらくすると『その時』がやってきた。窓越し、部屋の中から女の子の声。この一声を皮切りに次々と女の子たちの声があふれんばかりに聞こえてきた。
「今日はサイコーのプール日和だね!」
「だねー! 早く着替えて遊ぼうっ!」
そう、これから彼女たち――(人間だった頃の)俺のクラスメートの女子は夏休み恒例の学校のプール授業に勤しむというわけだ。そして、事前に仕掛けておいた仕掛けが作動する頃――
「ちょっとぉ、この部屋冷房効いてないの? 一応は動いてるみたいだけど……」
一人の女の子が部屋の冷房がちっとも部屋を冷やしてないことを指摘した。
(ククク、当たり前だ。うちの学校程度のしょぼいエアコンなんてトンボ一匹フィルターに突っ込めばどうとでもなるぜ……!)
一か八かではあったが……生まれ変われることを知ったトンボの俺は命を賭してエアコンを止めたのだ。その理由は、
「仕方ないわね、どーせ男子もいないし窓を少し開けよっか」
急場の策として女の子の一人が部屋の小窓を空気が通る程度に開放した。
「きたぁぁぁっっ! 俺は戦士――女子の着替えを全力で拝み倒すパーフェクトソルジャー、佐藤だッ!」
俺はそう叫びながら時速ニキロ程度のスピードで小窓から一室――更衣室へと突撃していった!
日頃見慣れてはいるが現物はやはり違う! そこはまさに桃源郷、ありとあらゆる美少女たちが生々しい衣擦れの音とともに水着に着替えるべく絶賛脱衣中じゃないか! けしからん! いや素晴らしい、もっとやれ!
「ハエのときは目立ちすぎて殺されてしまったが今は違うぜ! ……待てよ、折角蚊に生まれ変わったんだ。どうせだからお前たちのその清らかな血を限界まで吸いまくってやるぜ!」
俺はすかさず行動を開始した。狙うはクラス一の美少女――
「目指すは杏子ちゃんの下乳だッッ!」
女の子の森をくぐり抜けた俺は、スク水半脱ぎよろしく状態の杏子ちゃんの胸下へと一直線に突き進んでいった!
「っしゃあ、着地完了!」
気づかれることなくそのまま彼女の胸下――下乳へと張り付くことに成功した。そして血を吸うべく吻を伸ばし――あ。
(そういえば蚊ってさ、血を吸うのはメスであってオスの蚊は別段血を吸わないんだよな、ははは……)
間もなく俺はクラス一の美少女の手のひらで圧死した。
☆
「神様、蚊より格下の生き物ってないスかね」
「ええ加減にせえよ」