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学園生活は魔女と共に  作者: あまねく
一章 日常へのアンチパスバック
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ステラと久万

 篤志は今、何が起きているのか理解できていない。命が助かったことだけは理解できた。ただその後は別の世界の出来事のように信じられないことが起きている。

 残りの赤目のバケモノは三体。

 女の手から再び炎の弾丸が放出された。

 弾丸は赤目の一体を目指しそのまま頭部に直撃したかに見えたが、ギリギリで首をひねり回避する。

 その時、黒髪の女が呟いた。

 「迦具土かぐつち

 足元から影が高速で伸びる。一瞬にして赤目の一体を捕らえた影が身体に巻きついた。

 「があぁぁっ」

 バケモノから呻き声が漏れる。

 その瞬間、影だったものに黒い鱗の質感が生まれみごとな大蛇が現れた。

 大蛇は一気に身体を締め上げる。

 全身を拘束されたバケモノに抵抗する術は無い。鈍い音と共に赤い体液を撒き散らし締め潰された。蛇はそのまま闇に溶けるように消失する。

 仲間の予想外の出来事に一瞬躊躇いを見せたバケモノは甲高い咆哮を響かせ、左右へ跳躍する。

 その片方、右側に跳んだ赤目の着地点に炎の弾丸が連続で射出される。

 ダダダダダッという機関銃の銃声にも似た発射音と閃光が明滅する。

 その炎の弾丸は着地寸前のバケモノの脚を吹き飛ばし、そのまま地面に倒れ堕ちる間もなく大量の弾丸を全身に浴び無残な炭と化した。

 残り一体。

 赤目が黒髪の女に迫る。

 女は臆した風でもなく、されど逃げる様でもない。

 鋭い爪の切っ先が肌に触れる寸前、赤目は体ごと何かに掴まれ、横へ吹き飛んだ。

 そこには巨大で真っ白な犬が赤目を咥えている。

 犬はそのまま顎に力を加えると、鈍い音を響かせ噛み砕いた。赤目は大量の血を噴出しながら絶命した。

 「みずのえ、お戻り」

 黒髪の女の一声で巨大な犬は蛇同様、肉片と血液を残し静かに消失した。


 篤志は声を出すことも出来ず、ただ呆然とこの時を眺めていた。

 二人の女は赤目の始末が終わると、車に近づき中を確認している。

 その時、片方の女から声を掛けられた。

 「おいそこの少年。大丈夫か?」

 篤志はその声で我に返った。とりあえず命は助かったようだ。未だに死を覚悟した時の恐怖が体を占めているが、五体満足に切り抜けられたことに喜びを感じた。

 「あ、ありがとうございます。無事です」

 篤志は返答すると二人に近づいた。

 先ほどまでは暗く距離もあったので顔が見えていなかったが、判別できる距離になると、二人の姿に驚いた

 どう見ても自分と同年代か少し年上くらいの美しい女の子だったからだ。

 一人は黒髪で日本人ということがすぐにわかった。

 白い外套の下には黒色、いや明かりの無い環境では黒に見えるが実際には赤色のロングスカートという出で立ちだった。格好自体に怪しさ、違和感は無い。

 しかしもう一人は金色の髪に赤い瞳、白い肌をしており、北欧系の顔立ちをしている。

 格好も上下スーツ姿であるが、黒地に赤のラインが複数幾何学模様を描くように入っていた。ズボンも大き目で丈夫そうなロングブーツに収められており、少し、というかかなり違和感のある格好だった。

 「ありがとうございました」

 再度篤志がお礼を告げる。

 「いやいや、どうぞお気になさらずに」

 黒髪の女が軽快な口調で応えた。

 「私は朝霧久万あさぎりくま。それでこっちがステラちゃん。あなたは?」

 朝霧久万と名乗る女が尋ねた。

 「お、俺は岡留篤志です」

 篤志は簡潔に答えると、自動車へ目をやった。

 フロントガラスは割れ、ドアが捻るように歪んでいる。その側で男と女が倒れていた。それぞれ大きな血溜まりができ、息をしている様子は無い。男に至たっては五体がそろっておらず、ばらばらに千切れ堕ちていた。

 それを見た篤志は胃の底からこみ上げてくるものを感じる。しかし先ほどのバケモノからの一撃で内容物はすべて出し切っていた。目をそむけ、心を落ち着ける。そして先ほどから気になっていたことを尋ねた。

 「あ、あの、あいつら一体何者なんですか?それにあなた達も……」

 二人は顔を見合わせると、ステラが口を開いた。

 「それに答える前に、一つ聞かせてくれ。お前はこんなところで何をしていたんだ?」

 「俺は……、バ、バス行方不明の事件を調べてました」

 篤志は素直に答えると、父が行方不明になっていること。連日調べまわっていたことを二人に話した。

 「なるほどー。それでこんな時間にこんなところに来てたんだねえ」

 久万が納得したように頷く。

 「これが俺の理由です。それであの赤目のバケモノは一体何者ですか」

 改めて篤志が尋ねた。

 「お前に言う必要はない」

 ステラが言い放った言葉が篤志の癇に障った。

 「言う必要は無いって、……親父は未だに行方不明だし、俺にだけ話させてあんたは話してくれないのか?」

 「こちらが話すなんて約束はして無い」

 「そういうニュアンスで俺に喋らせたじゃないか」

 「知らん」

 ステラが一蹴した。篤志は呆れた表情をとると、すかさず言葉を返した。

 「この嘘つき女。詐欺師」

 「なんだと?人が親切に助けてやったのに、調子に乗りやがって」

 「俺は助けてくれなんて言ってない」

 「てめーさっき助けてなかったら確実に死んでたじゃないか。今から殺すぞ坊主」

 「殺れるもんなら殺ってみろよ」

 「上等じゃねえか。そこまで言うなら燃やしてやるよ」

 ステラが両手の関節を鳴らし始めたところですかさず久万が間に入った。

 「はいはいそこまで。ステラちゃんもすぐにムキになるんだから」

 久万はステラの拳に手を重ね制すと、篤志の方へ振り返った。

 「ごめんね。詳しくは話せないけど、この街にはさっきみたいなバケモノが居て、私たちのような専門家が調査してるの。すぐに事件は解決するから、今夜のことは忘れて家に帰った方がいいよ」

 久万は微笑みながら告げた。

 篤志は納得できないとばかりに口を開こうとした時、ステラが横から口を挟んだ。

 「お前、今夜で分かったと思うが、一般人になんとかできるような問題じゃない。帰って忘れろ。失踪事件については私らが解決するし、運がよければ父親は帰ってくる。大体あんな雑魚一匹を何とかできない奴が、首を突っ込んでいい問題じゃない」

 正論を突かれ篤志は言葉が出ない。しかしここで引くわけにもいかない。

 「でも」

 「でもじゃない。それに次は確実に死ぬと言ってるんだ。父親のことは同情するが、自分が死んだら元も子もないだろ」

 ステラは厳しい口調で告げた。

 「それは確かにそうだけど、こんな状況ではいそうですかって家に帰って忘れることなんて俺には出来ない。お願いだ。俺にも協力させてくれ」

 篤志は深く頭を下げた。

 「は?なんでそうなるんだよ。お前が居ても足手まといになるだけじゃないか」

 頭を上げた篤志は再び口を開き懇願した。

 「確かに俺に二人のような不思議な力はないけど、この街には詳しいつもりだし、パシリでもなんでもやるから協力させてくれ。親父を助けたいんだ」

 「岡留君だっけ」

 久万が声を掛けた。

 「篤志でいい」

 篤志は久万の方を見ると、久万の目を凝視した。数秒の沈黙が流れる。

 「篤志君。気持ちは分かるけど、君を守りながら戦うと私たちまで危険になるの。遊びでやってるわけじゃないし、私たちは常に命を懸けてる。だから私たちが君を連れて行くことはできないよ」

 久万は優しい口調ではあったが、拒絶の意をはっきりと伝えた。

 「見つけたらすぐに解放して助け出してやるから諦めろ」

 ステラも強い口調で篤志に告げた。

 

 その後二人はバケモノの死体を一箇所に集めると、不思議な力で死体を一瞬で灰燼にし、風で流した。

 篤志はその光景を眺めていた。

 二人は作業が終わると篤志に近づき、もう帰るように告げた。男女の死体はどうするのかと尋ねたところ、いまから匿名で警察に連絡するということだった。

 いつまでもここにいるわけにもいかないが、篤志は足を動かすことが出来ずにいた。

 少しの間二人は篤志を見ていたが、別れも告げず、気づくと消えていた。

 二人の女性は朝霧久万とステラと言った。二人の不思議な力は気になったし、何より実感がまったく湧かないほどの恐怖を味わった。

 父はもう生きていないかもしれない。バケモノの顔と共に不安が湧き上がってきた。しかし自分にはどうすることも出来ない。

 数分後、篤志は無力さを噛み締めながら帰路についた。

 


 破壊された自動車と、無残な二つの死体を残し、今はただ緩やかな風が吹いていた。

 先ほどまで激しい争いが行われていた場所も静かに波の音が響いている。遠くから警察のサイレンの音が近づいてきた。

 その現場を一望できる倉庫の屋根に一つの影。

 細身で華奢な体つきをしているが身長は高い。整った顔立ちに透き通るような白い肌をしている。瞳は色素が薄く、陽に照らされると綺麗なブルーを輝かせるだろう。

 篤志が襲われ、ステラ達が攻防を繰り広げる間中ずっと、気配を消し様子を伺っていた。

 それが途中からは篤志だけを凝視するようになった。

 鷹城市で孤児オルファンの騒ぎを嗅ぎつけ、様子を伺っていた。首謀者の場所も、正体もすぐに分かった。

 それから少し経って魔女の存在を感知し、実力を興味本位で見ていたが、思わぬところでの拾い物だった。その拾い物は、今の膠着した状況では行幸であり、願っても無いチャンスである。

 男は口を吊り上げると笑みを浮かべ、闇夜に消えていった。

 

 自宅に帰宅できたのは午前三時丁度だった。服は汚れ、一部は破れている。ジーンズも擦れた跡と、転んだでは済まない汚れが目立っていた。

 このまま帰ると厄介なことになるのは間違いない。とりあえず汚れた手足や顔を、近くの公園で洗い、服の汚れも可能な限り落とした。

 シクシクと痛む腹部は、バッチリ手のひらサイズの痣になっている。見られると大変なことになりそうだった。

 つまり、外出した結果、服は破け、体は汚れ、腹には大きな痣。絶対に母と妹にばれない様にしないといけなかった。

 自宅に帰り着くといつものように二階の自室へ侵入し、汚れた上着を脱ぎ、綺麗なシャツに着替えた。ジーンズも脱ぎジャージに履き替える。そしてそっと階段を降り、汚れた衣類を洗濯籠の奥へ仕舞い込んだ。

 喉が乾いていたので冷蔵庫から水を取り出したとき、声を掛けられた。

 「お兄様、お帰りなさい」

 妹の美雪だった。以前夜中に出かけていることを察知し、反対したことがあった。今夜のことも気づいているだろう。

 「こんな時間まで一体どちらに出かけてていたんですか?」

 先ほどまで死を感じ、極限に居た心と体が、美雪の声を聞くことで、弛緩していく。

 やっとほっとした。強烈な一撃を受け、目の前でバケモノの頭が破裂し、不思議な女の子二人が、大立ち回りをやってのけたのが嘘のように感じられる。世界の違いを改めて実感した。自分の世界は安全で安心でき危険が無い。大切な家族がささやかな幸せを守るため支えあって、生きていることを自覚した。

 それは妹の声を聞くだけで生の実感を得ることが出来るのだから。

 「お兄様?」

 篤志は声が出ない、その代わり一筋の涙が流れた。美雪が側に駆け寄り手をとる。

 「お兄様……」

 美雪は篤志の涙に気付いているが、理由を尋ねることはしなかった。決して涙を見せたことの無かった兄の姿に一瞬戸惑ったのは事実だが、今は涙の意味を知ることよりも、寄り添ってあげることが必要だと思ったのだ。

 美雪は兄が落ち着くのを手を握り待った。十秒が過ぎ一分が過ぎ、五分が流れた頃に、篤志は口を開いた。

 「ただいま」

 小さな声だった。でも嬉しそうな顔をしている。そう見えただけで、実際はどうなのか美雪は知ることは出来ないが、いつもの頼りがいのある優しい兄の顔に戻りつつあるのは間違いなかった。

 「ごめんな。俺ちょっと美雪の顔見たら……、すごくほっとして……。父さんのこととか色々あるけど、家族ってやっぱいいなって思った」

 篤志は恥ずかしそうな顔をしている。

 美雪はちょっと口元を緩めると優しい口調で話し出した。

 「お兄様。私は不本意ながらお兄様を信頼してますから、今夜のことはお尋ねしません。でも、とても危ないことをしていたのは分かります。なぜ、お兄様がそういう行動を取るのかも想像できます。私も同じような気持ちですから……。でもどうか、私やお母様が残されていることを忘れないでください」

 強い口調でそう告げたあと、最後に笑顔で口を開いた。

 「今、お兄様に何かあれば私は気が狂っちゃいそうですから」

 篤志は美雪の心遣いが嬉しい反面、申し訳なかった。

 正直今夜のことを口にしたいと思った。しかし、到底信じられないことだし、無用な危険に巻き込んでしまうことが想像できる。今夜のことは正直無鉄砲すぎた。犯人を探すことに夢中でその先を考えてなかった。まさか自分が本当に危険になるとは、心の底ではあるわけが無いと思っていたのだ。

 このまま警察に話をしてもどうにもならないだろう。しかし、犯人のねぐらを探し出し

通報することは出来る。あんなバケモノでも大量の警察で取り囲めば逃げ道はない。捕まえる事だって可能なはずだ。

 恐怖に一度は折れかけた心が、父のため、家族のためにもう少しだけがんばることを選択した。そして絶対に死なない。そして父も死なせないことを胸に誓った。

 篤志は美雪の頭を撫でると

 「ありがとう美雪。心配させちゃったな。俺絶対にお前と母さんと父さんのために死なないし、絶対に帰ってくるから安心してくれ」

 そう呟き、美雪にもう寝るように促すと自分も自室へ足を向けた。


 その数分後、眠れないという理由で、美雪が部屋にやってきた。篤志は少し逡巡したあと、美雪と同じベッドで寝ることにした。それは篤志が小学校を卒業して以来、五年ぶりのことで、お互いの姿形すがたかたちは成長したが、家族の絆も同じように成長したことを証明するに至る行為だった。父への不安を残しながら、二人は今は安らかに深い眠りについた。


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