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学園生活は魔女と共に  作者: あまねく
一章 日常へのアンチパスバック
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ナイトウォーカー 1

 夜も深まり、あたりは静寂に包まれている。

 旧市街の歓楽街はそうでもないのだろうが、住宅街が広がる西区においては、失踪事件の数に比例して夜間外出する人が少なくなっている。

 その反面警察の巡回は増え、ある意味治安は良くなったのだが、根本的に失踪事件は毎日どこかしらで発生していた。


 地元の自治会などは数日前から見回りをしている。数十人が失踪している中で、いまだに犯人の目撃情報すら出てこないことに、住民全員が恐怖を感じているようだった。

 バス行方不明の事件が発生して三日目。いまだにその所在は不明である。

 警察の発表では今回のバス事件と、鷹城市で発生している失踪事件は切り離されて考えており、記者会見においてマスコミに関連性を追及された際も、手口がまったく異なることから別人による犯行という回答がなされた。

 また一向に解決の糸口が見つからない事態ついて捜査能力への責任追及と話が及ぶが、精一杯善処しているという答えにとどまった。

 誰の目にみても捜査が難航しているのは明らかである。現状捜査員を増員してはいるが、対処療法的であり根本的な解決への道筋は見えない状況だった。

 

 篤志は愛用の赤いマウンテンバイクにまたがりペダルを漕いでいる。今はもう新街、時間は二十三時を回っている。

 バス事件が一向に進展しない状況に篤志は辟易へきえきしており、昼間に良一の言葉を思い出し決断した。

 それは自分で探すこと。

 待っているだけという状況に耐えることが出来なかったのもある。冷静に考えて自分が動くことで事件が進展するとは思っても居ないが、どうしてもじっとしていることが出来なかったのだ。

 もちろん母や美雪に見つかると猛反対されることは分かりきっている。部屋に帰って寝る振りをすると窓から雨どいを伝い、こっそり外に出てきた。

 自分で捜査すると行っても何をすればいいのか分からない。

 分からないなりに考えた結果とりあえず何か情報を持っている人はいないか尋ねて回ることにした。

 街は警察の巡回が多く、職務質問をしている姿を良く目にした。

 事件のことは周知のされているので、西区で人通りはほとんど無かったが、新街は人が多く賑わっており、終電間際まではその喧騒が続きそうな雰囲気である。


 まずは新街の中心部、新街大通り沿いで聞き込みを始めた。

 OLやサラリーマンがほとんどだったが、知らないという回答ばかりだった。しかも明らかに怪しまれ、無視されたりすることも珍しくなかった。

 四十分ほど続けたところで警察の姿が見えたため急いで逃走した。

 間違いなく職務質問を受けただろうし、未成年で学生という身分上、自宅に連絡されるのは都合が悪かった。

 その後も警察の巡回を気にしつつ、バス停や地下鉄の駅周りで聞き込みをしたが、収穫は無かった。

 さらに深夜一時まで聞き込みを行ったが特に収穫はなく、人通りも無くなってしまったので今日の聞き込みを止め、自宅へ切り上げることにした。

 家に帰りついたのは午前二時前。こっそり二階の自室へ侵入し、眠りに付いたのは三時を過ぎた頃合だった。

 

 その翌日、事件発生から四日目の夜も同じように聞き込みを開始した。

 今日は新街でもサラリーマンではなく、ホームレスに聞き込みの対象を変更した。

 邪険に追い払われることが多かったが、饒舌に話してくれる人もいた。

 その中には、顔馴染みの奴が先週から消えた、という話や、旧市街でホステスが襲われたのが失踪事件の始まりという話を聞くことができた。信憑性があるわけではないが、嘘をついているとも思えなかった。

 まぁ彼らも又聞きのような形で話を聞いているので噂の域を出ないのは確実だった。目当てのバスの失踪についての情報は一切収集することは出来なかった。

 時間は深夜一時になろうとしていた。ホームレスの多くが野営している新街北部、市営美術館脇の公園でそろそろ聞き込みを切り上げようとしていると、一人の男が近づいてきた。

 「おいお前。失踪事件のこと聞いて回ってるようだが」

 薄汚れた黒のジャンパーを着ている六十代くらいの男だった。篤志は軽く会釈すると、バスの行方不明について調べていることを告げた。

 「ふ~ん……探してる理由はなんだ。知り合いが乗ってたんか?」

 歯に衣着せぬ物言いで、率直に聞いてくる。

 「あのバスには俺の父が乗っていました」

 篤志は素直に答えた。特に隠す理由が無いし、本当のことを言ったほうが、知っていることを話してくれるような気がしたからだ。

 男は値踏みをするように、篤志の目をじっとみると、口を開いた。

 「まぁ俺らは、社会のはみ出し者を自覚しているし、普段お前らみたいなガキからバカにされているのも知ってる。クズがこんなところに集まって日銭を稼いで酒を飲む毎日だ。本当にどうしようもない連中だよ。でも俺らも人が死んだら悲しいし、この街で起きてる失踪事件も正直怖い。さっさと解決してくれることを願っているのは間違いないが、こんな人生さっさと終わってほしいとも思っている。世界が壊れてみんな一緒に死んでくれるんならそっちのほうが俺らは嬉しいのが本音だ。だから進んで警察に協力する奴は居ないし、お前みたいなガキが来ても無視して当然だ」

 まっすぐ篤志を見つめている。

 少し酒の臭いもするが酔っている感じではなかった。

 「だから、今日俺がお前に聞かせてやるのはただの気まぐれだし、明日からはこんなことせずに、帰る家があるんなら警察の捜査を待ってそこでじっとしてろ。いいな」

 男はポケットからカップ酒を取り出すと一口煽った。篤志は頷くことはせず、じっと男を見つめ返している。

 「今回のバス事件と、失踪事件が関連しているかどうかは、正直わからん。だがな、なにか恐ろしいものがこの街に居るのは確かだ。お前は失踪事件の現場、どうなってるかしってるか?」

 男が尋ねる。

 篤志は希実の言葉を思い出した。ずっとしこりとなっている言葉だ。

 「現場は血まみれで荷物や服が散乱していることですね」

 「そうだ。詳細な状況は報道されてないようだがそれは間違いない。三月に一件目の事件が起きたのを発見したやつは、ここに住んでるホームレスだ。そいつの話によると、現場は細い路地の先をトラックを積み上げて塞いであったそうだ。トラックを積み上げるなんて簡単にできることじゃねぇ。これを人の手でやろうとしたら何十人も必要だし、一人でやるなら目立つ重機を持ってこなきゃなんねぇ。しかしそういう話は出てきてねぇ。つまり少人数で目立たないようにトラックを積み上げ、人を誘い込み、そこで襲ったんだ。」

 男は一気に話すと、再度酒を口にした。

 「それに最近、目が真っ赤に光る人間をここの奴は何人も見てる。俺らはいつも夜から朝にかけて自販機から空き缶を集めて周ってるんだが、暗い道の果てに赤い光が揺れてるそうだ。工事現場や警官の光じゃない。気になって目を凝らして少し近づくと、バッと跳んでビルを登って行ったそうだ」

 「登るって、そんな簡単に登れるわけないでしょう」

 思わず篤志が口を挟んだ。

 「当たりめぇだバカたれ。人間様が一瞬でビルを登れるわけねぇだろうが。それが登ってるからヤバイんじゃねぇか。どう考えても普通の人間じゃねぇ。俺らは、その赤目が犯人だともっぱらの噂になってる。……だからここの連中は夜に動くのをやめたんだ」

 正直信じられなかった。

 でも男が嘘を言っているようには思えなかった。少なくとも男は自分の考えを素直に話している。

 話し方は真に迫っているし、身の危険を感じていないと、夜の活動を控える理由にはならないからだ。

 「それにな、どうもその赤目、一人だけではないらしい」

 男はそう付け加えた。

 「おじさんは、その話が本当だと思っているんですね」

 篤志はそう言うと男の目を見た。

 「あぁそうだ。信じる信じないはお前に任せる。だが俺はこの話は本当だと思っている」

 二人の視線が交錯し、数秒の沈黙が流れた。

 「分かりました。貴重な話ありがとうございます」

 頭を下げお礼を述べた。男は分かったならさっさと帰れと篤志を促し、酒を一気に飲み干すと元来た方へ歩いていった。

 篤志は自転車を停めていた公園脇に向かおうとすると、奥から「気をつけて帰れよ」と声が聞こえてきた。篤志は声の方へ振り返り、再度会釈をすると、自転車に乗り帰途についた。

 篤志は帰る間、男の話が頭をよぎっていた。

 この鷹城市で起きている事件の本質は、警察や自分なんかでは到底解決できないような気がしてきたのだ。そして今こうして夜中に外出していることに底知れぬ恐怖を感じていた。

 その夜、篤志は意識して後ろを見ないように自転車を走らせ自宅へ向かった。

 自宅へ到着すると昨夜同様の手口で部屋に侵入した。いったん洗面所で顔を洗い、床につく。何度も男の話が頭をよぎり、中々眠りに付くことが出来ない。

 やっと夢の扉を開くとが出来たのは、夜空が白み始めた頃だった。

 

 「やっべぇ」

 翌日、篤志は案の定、寝坊をした。

 朝食を摂る時間は無い。急いで準備をし、母に何か進展があれば連絡をするように言い含め、美雪を連れて外にでた。

 母と美雪はよく耐えていると思う。取り乱すことなく、冷静に努めていた。

 その反面自分は無駄かもしれない足掻きをしている。もしかすると一番現実を受け入れたく無いのは自分なのかもしれない。少し考え込みながら歩いていると、不意に美雪が声を掛けた。

 「お兄様。昨夜はどこに行ってらっしゃったのですか?」

 どきっとした。まさか気づかれているとは思わなかった。しかしここで認めるわけにはいかない。とぼけてみる。

 「ん?昨夜はずっと部屋に居たぞ。何言ってるんだ?」

 「お兄様、私まじめに聞いています。昨夜お兄様は部屋には居ませんでした。十二時過ぎに部屋に行くとベッドはもぬけの殻。誰も居ませんでした」

 そこまで見られてるならとぼけても仕方が無い。でも本当のことは言うことはできない。

 「ちょっと小腹がすいてコンビニに行ってたんだ」

 「お兄様……お兄様は嘘をつくことは滅多にございませんが、嘘をつく時はしっかり分かります。顔に〝嘘ついてます〝って書いてありますから」

 それは知らなかった。ポーカーフェイスが上手いと思っていたのは自分だけだったようだ。そういえばババ抜きで勝ったことが無い。先日も良一に気を使わせてしまったのを思い出した。

 「美雪……。危ないことはしてないから、今は見逃してくれないか?」

 今度はしっかりと美雪の目を見つめ告げる。母に知られると余計に心配されることは分かりきっていたし、こんなことで口論にはなりたくなかった。

 昨夜の男の話は妙にリアルで、今夜も調査をすべきか迷ってはいたが、朝、母の顔を見ると居ても断っていられない。何より父さんの安否が気になって仕方が無かった。

 「認めません」

 少しの沈黙の後、美雪が答えた。

 「頼む」

 今度は頭を九十度下げる。

 「頼む、少しの間だけ……」

 さらに懇願する。美雪は少し迷ったような仕草をとる。十数秒が過ぎた。

 「分かりました。分かりましたから頭を上げてください。ちょっと目立っていますし」

 美雪は篤志の頭を上げさせると、強い口調で告げた。

 「お兄様、ひとつ約束をしてくださいますか?絶対に危険なことをしないと」

 「絶対にしない」

 篤志は美雪同様、強い口調で返答した。

 

 教室に着くと良一や希実、有里が声を掛けてきた。

 「おっす篤志。なんか朝から美雪ちゃんに土下座してたって聞いたけど本当か?」

 「は?」

 あまりの予想外な言葉に、間抜けな声が漏れた。最近こういう間抜け声を出すことが多い。

 「いやいや、さっき便所に行ったときにすれ違った女子が話してたぞ。岡留が美人の妹に土下座して泣いてたって。お前なにやってんだよ。俺はそんな、そんな情けないお前の姿なんか見たく、見たく……めっちゃ見てぇぇぇぇぇ」

 良一がはじけた。

 「ねぇねぇ。朝から往来で女子に土下座するってどんな気持ち?ねぇどんな気持ち?恥ずかしくないの?ねぇ恥ずかしくないの?」

 良一が篤志の周りをぐるぐる回っている。

 なんだろうこの気持ち、ぶっ飛ばしたいがここでぶっ飛ばしたら、反論ができない。

 ぐっと堪え反論しようと口をあけた時、希実の強力な一発が良一のどてっ腹にめり込んだ。

 ドゴッ

 教室に轟く殴打音。良一からは呻き声も、悲鳴すらも出る事は無かった。

 「リョーイチ、うるさいぞ☆」

 必殺のボディブロー。これは伝説のブーメランフック。まさかこんな技まで習得しているとは。南無三。ずるっと崩れ落ちる良一の白目が輝いている。

 希実は技を終えると拳をさすりながら振り返り尋ねた。

 「ところで篤志。本当なの?」

 いやいや、勘弁してくれ、周りの連中は間違いなく聞き耳を立てているし、唯一の良心である有里も興味津々で見つめている。

 「ちょっと勘弁してくれよ。美雪に頭は下げたけど土下座はしてないぞ」

 「なーんだ。やっぱりそうじゃない。大体良一なら土下座しても納得できるけど、篤志がそんなところで土下座なんてするはずないもんね」

 なんか微妙に聞き捨てならない言い回しをされたが、必死になって反論するようなことでもないので、あえてスルーする。

 「まぁ昨夜ちょっとな……。それで今朝、来る途中に口論になったんだよ」

 「そっか。うん分かったよ」

 有里が笑顔で応えてくれた。

 「でも岡留君。この話、かなりの勢いで噂が広まっているよ」

 有里の笑顔が悪魔の微笑みに見えた。なんというか言葉も無いが、正直そっとして欲しかった。

 きっと今頃美雪も教室で苦労していることだろう。ちょっと知名度のある兄を持たせてしまって本当にすまん。心の中でそう謝るが、これは帰宅するときはかなり不機嫌なこと請け合いだろう。でもこればっかりはおにいちゃんではどうしようも無いんだよ。

 篤志は頭を抱え嘆くのであったが噂は曲解されたまま、予想通り全校生徒が知ることとなった。

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