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学園生活は魔女と共に  作者: あまねく
二章 死寄りの少女
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春の日の陽気 2

 「け、けっとう?」

 晴天の霹靂だった。

 まさか近代において、しかも学園の敷地内において声高らかにこんなことを宣言されるとは思っても見なかったからである。


 「その通りである! 我らが庇護が必要とする可憐な少女たちの為ならば、我々は聖戦士となろう」

 「ちなみに決闘って、殴り合いのことか?」

 不意に現れた良一が口を開く。

 「当然だ。戦士ならば拳で道を切り開き勇者となるのだ」

 本日何度目かのため息が篤志の口から吐き出される。

 当然ながら学園内で喧嘩を行えばどんな理由があれ停学である。

 基本的に温厚で人当たりも良い篤志は当然ながら、良一にしても高校に入ってからの殴り合いの喧嘩の経験は無い。ただし不用意な行動で一部女子から蹂躙されているのは別であるが。

 すでに少しずつではあるが周りに人も集まっている中で、決闘を行えば教室に辿り着くことは出来ないだろう。

 少なくとも一週間は。


 「おいおい、勘弁してくれよ。ステラや久万とは確かに知人だが、お前たちの考えてるような仲じゃない。それに美雪は俺の妹だ。お前らにとやかく言われる筋合いは無いぞ」

 「そうだ、そうだ。美雪ちゃんは俺の嫁になるんだ」

 「良一さん」

 澄ました顔で良一の名を呼ぶ美雪。その表情には微笑が浮かんでいるが間違いなく”少し黙ってろ”というニュアンスが含まれていた。

 一瞬で硬直する良一。

 その隣にいた希美も、とばっちりとばかりにたじろいでしまったがすぐに復活した。


 「あんたたち、いい加減にしなさいよ。そもそも喧嘩なんて出来る人種じゃないでしょ」

 希美の鋭い突っ込み。

 「ヒョロっとしてナヨっとした連中が寄り集まってお揃いの鉢巻? 馬鹿じゃないの? ダサいってレベルじゃなくて気持ち悪いわよ。しかも西親学園美少女親衛隊? そんな体格で武道や格闘技をやってる人はいるの? 自分もろくに守れないのに複数の女子を守れるわけないじゃない。それに誰も守ってほしいなんて言ってないわよね。美雪ちゃんはもちろん、ステラさんや朝霧さんにも迷惑だから今すぐ解散しなさい」

 「だ、だ、だ、黙れ。須恵希美、少し可愛いからと調子付きおって、お前は性格がアレだから親衛隊やファンクラブができんのだ」

 「な、なんですって? ……よく聞こえなかったから、もう一度いってみなさいよ」

 こめかみへ青筋を浮かべた希美が拳の関節音を響かせる。

 ゆらゆらと怒気レベルを上げる姿は一歩踏み出すごとに存在感が増していく。


 「希美落ち着け。良一はともかくこいつらをやっちまったら停学だ。冷静になれ」

 「くっ」っと踏みとどまる希美。

 挑発されたとはいえ初めに手を出せば、正当防衛や、その他言い訳が通じなくなるのは明白だからである。

 「命拾いしたわね。今なら見逃してあげるからさっさと消えなさい。さもないと」


 「ぬうううううう。我々を馬鹿にしおって。幼少より馬鹿にされ続けて幾星霜、我々は個ではなく群れることで生存競争を生き抜いてきたのだ。その我々も思春期とくれば、悩みの一つや二つは発生する。三人寄れば文殊の知恵とは良く言うが、性への悩み、探究心は満たされることはない。つまり我々には我々の渇きを癒してくれるオアシスが必要なのだ。絶対不可侵な聖なる女神。その女神たちを我らが支え、永遠にその操を守るのは神に与えられた使命でもあり、我らに掛けられた呪いでもある。つまり正義は我らにあり。皆のもの!我に続けえええ」


 篤志に向かい走り出す集団。

 ヒョロっとしてナヨっとした連中ではあるが10人以上の人間が血眼となって襲い掛かる図は、何にもまして嫌悪感を掻き立てた。

 「ちょちょちょちょちょっとまて、話せばわかる」

 「ふはははははは、すでにその段階は終わったのだあああああ!」

 「ひぃ。二人とも美雪を頼んだ。俺は逃げる」

 そう告げた篤志が飛びかかろうした男たちを躱すように横へ避けると、見事な早業で昇降口方面へと走り出した。


 「お兄様!」「あ、篤志っちょっと待ちなさい」「がんばれよー」


 残された三人が三様の言葉を紡ぐ。

 しかし篤志が振り返ることは無かった。






 「あ、あの先輩。こ、これ私が作ったお弁当です。よかったら私を思い出しながら食べてください」

 二年の教室があるのは建物本館の二階である。昇降口を抜けて目に入る階段を登った先で、なにやらイベントが繰り広げられていた。

 頬を真っ赤に染めた少女が勇気を振り絞りながら可愛い巾着に包まれたお弁当を差し出している。

 彼女の後ろにはやはり頬を朱に染めた少女らが、今まさに告白している少女へガンバレと声援を送っていた。


 「うむ。世話になる。ありがたく頂くよ。えーっと名前は」

 「百合子と言います。ユリと呼んで下さい」

 「そうか、ありがとうユリ」

 「そ、それと、も、もしよろしければ、お、お姉さまと呼んでも」


 「!?」


 驚くステラ。

 目を見張らせオイオイと内心突っ込むが、不意のことで言葉でない。

 よって必然的に代返したのは彼女のパートナーである朝霧久万だった。


 「別にいいとおもうよー」

 「「「キャー」」」

 ユリを含めた少女らが矯正を上げ、耳まで真っ赤に染めた顔を喜びに歪ませて走り去っていく。

 その光景を隣で眺めていた久万はニヤニヤしながら口を開いた。


 「さすがステラちゃん。モテモテだねえ」

 「お前、何勝手にOKだしてんだよ」

 「固まって返事しないのが悪いんだよー。ここが戦場ならステラちゃんは間違いなく一回死んでたね」

 「なんだとバカクマ。それとこれとは話は別だ。それに今日始めて会った奴にあんなこと言われたら誰でもそうなるだろ」

 「はぁ~。ステラちゃんは相変わらず対人スキルが無いんだから」

 「どういう意味だ」

 「言葉どおりの意味だよ」


 残念そうな表情の久万に不満を述べるステラ。

 しかし久万は意に介するどころかほぼスルーだった。

 ステラは基本的に同年代の友人はいない。

 同業者で、同輩、長い付き合いで気心が知れた知人という位置づけの久万は、一般的には友人だが、ステラは久万が友人だとは認めていないし、同業者で同性、比較的近い年齢のナイトハルト・ミュラーはどちらかといえば反目しあっていた。

 ステラが群塔のアカデミーへ通って頃は完全に孤立していたし、速攻で卒業してからは紅炎という二つ名と実績が轟き、後輩たちの憧れの存在となっている為、滅多なことで話しかけられることはなかった。

 つまり多様な人間と対話をすることに対しての経験が欠けていたのだ。具体的に言えば、他人の気持ちを測ることを苦手としている。


 「まあまあいいじゃない。とりあえず教室に行こうよ」

 「ったく、次からは気をつけろよ」

 諦め混じりの口調でステラは踵を返し階段の踊り場を後にし教室を目指しはじめた。

 「ところでステラちゃん」

 「ん? どうした」

 その時だった。


 ドンッという音と共に、ステラの背中に衝撃が走った。


 といっても、彼女が気づいていながら放置したのは言うまでも無い。

 彼女は特にバランスを崩すでもなく何事も無かったかのように佇んでいる。

 しかし体当たりを敢行した男子は、不慮の出来事で衝撃を受け、反動で二メートルほど弾かれていた。


 「っ痛」


 尻餅をつき、衝撃で頭を振る男子。それは二人が予想していた人物だった。

 「ご、ごめん。怪我は無いか?」

 「おいおい、朝から私に欲情でもしたのかアツシ」

 その返答に、一瞬で篤志が状況を理解した。

 ぶつかった相手が誰であるのかを。


 「よ、欲情って。そんなことあるわけないだろ」

 「照れるな、照れるな。昨日は泣きながら懇願してきたくせに」

 「ないないない。絶対にない。勝手に捏造するな」

 「そうだよステラちゃん。捏造はだめだよ。篤志君は昨日ずっと私に釘付けだったんだから」

 そう告げた久万が、彼女の細腕では信じられないような力で篤志を抱き上げた。

 ちなみにその体勢は篤志の頭を胸に埋めるような体勢である。

 遠巻きに見ていた二年の連中、主に男子が絶句する。


 すぐに「ふざけんな」「おいおいおいおい」「なんてことだ」「岡留爆発しろ」「リア充死ね」「俺と代われ」等、野次にもならない野次が交錯する。

 「よかったなアツシ。朝からラッキーじゃないか」

 馬鹿にするとはちょっと違う、お気に入りのおもちゃで遊ぶのが楽しくて仕方ないという感覚でステラと久万が篤志を弄ぶ。


 「ふがっふごっはひはぶ」

 顔を抑えられことが出来ない篤志。

 ちなみに呼吸困難に陥りかけているのだが。

 「篤志君。だめだよ。そんなところで口を動かしたら、くすぐったいよー」

 クスクスと微笑む久万の表情と反比例して、その光景を目撃している男子の表情が険しくなる。

 そんな時だった。篤志を追いかけていた西親学園美少女親衛隊を名乗る連中が、押し寄せてきた。


 「ああああああああ、朝霧嬢おおおおおおおお、そのような汚らわしいものをおおおおおおおお」

 絶叫する親衛隊。他にも「ちくしょぉぉぉぉぉぉ」という怨嗟の声が響く。

 絶望する親衛隊の中でリーダー格の男子が震える拳を抑えながら久万との距離を近づける。


 「あ、朝霧嬢、朝霧嬢にとってその男は、その男は一体なんなのでしょうか?」

 「ん~……わかんない。でもこの学園の男子の中では一番好きかな」

 その返答に数名の親衛隊が崩れ落ちる。周りでも傍観していた男子が同様に膝をついた。

 「こ、こ、こ、恋人関係なのですか?」

 「ちがうよー」

 「な、ならば」

 「ところで久万、アツシがぐったりしてるんだが大丈夫か?」

 「あっ……」

 先ほどまでじたばたして、久万を振りほどこうと、正確には酸素を取り入れようともがいていた篤志の動きが停止していた。

 「キャー。大変だよ。大変だよステラちゃん」

 「落ち着け久万、まずは解放してやれ」

 珍しくため息をついたステラがちょっとはしゃぎ過ぎたと反省しつつ篤志を介抱するのだった。

読んで頂きありがとうございます。

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