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学園生活は魔女と共に  作者: あまねく
二章 死寄りの少女
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月夜の彼岸にて

 「くそったれがっ」

 男が血が混じった唾を長年風雨に晒された荒いコンクリートへ吐く。

 限りなく黒に近い濃紺の迷彩服は、至る所が裂け、血が溢れていた。

 ぽたぽたと地面に血溜りが出来る。

 最早視界は霞みを覚え、立っているもやっとの状況だった。


 「いい加減に吐いちゃいなよ。君たちのような無粋な連中がまさかナチュラリストだなんて言わないよね。こんな辛気臭い国で何をしてたんだい?」

 「貴様は群塔の魔術師か……」

 男が口を開いた瞬間、蹴りが脇腹に突き刺さり、数メートルの距離を飛ばされる。

 「質問してるのは僕さ。死にたくはないだろ?君たちが得た情報を少し僕に教えてくれればそれで家に帰れるんだ。さっさと喋っちゃいなよ」

 「し、死んでも言うか……糞野郎」

 横たわった肢体、立ち上がる気力も体力も無い男が意地を見せるように呟く。



 ここは東欧の小国フィカレンタの首都からみて南東にある漁港。

 正規の入国以外の方法でこの国に入った男たちが母国へ帰還するために船を用意していた港である。

 入国した人数は二十四人。

 任務遂行のためフィカレンタシティから北の山脈へ入り、群塔を急襲したのが三十六時間前。

 そしてここまで帰ってこれたのはたったの一人である。

 正確には四人だったのだが、この港で襲われ三人があっという間に命を散らした。

 まさに目にも留まらぬ鮮やかな手際だった。


 彼らは脱出用の船に辿り着きホッとした一瞬で、最後尾にいた仲間の生首が宙を舞った。

 噴出し辺りを染める紅の血は、月光の下ではどす黒い雨となって降り注ぐ。

 唖然とする男らをあざ笑うかのように逆手に携えた短剣を、両手に構えた少年は、地を這う様に駆け抜けて次の獲物へと肉薄した。

 「あっ」という情けない声があがる。

 下腹部から喉までを、豆腐に包丁を入れるかのように滑らせた。

 慌てて発砲する残された二人。

 しかしその鉛玉は虚しく仲間だった男の肉に阻まれる。

 ダダダダダダダダダッ

 ダダダダダッ――

 二重に響く銃声の和音が単音となる。

 盾とされボロボロの肉塊となったモノの隙間から、投擲された短剣が最後の仲間の眉間を貫いたのだ。

 一瞬にして仲間を失った男はそれでも勇敢に銃口を向け、火花を散らす。

 しかし足に投擲される短剣。

 そして利き腕に投擲された新たな短剣が男の戦闘能力をほぼ無力化した。

 逃げる事も叶わず、ホルスターに収めていたハンドガンに左手を伸ばすが、それも出来なかった。

 「レリリィ・サラマンド・ソ・フルーム」

 不意の発火現象が左手を包みこんだ。

 もっとも単純でひねりの無い発火の魔術、そしてその詠唱を彼なりに短縮させた呪文だ。

 「ぐがあああああああああああああ」

 絶叫を上げる男。

 彼はアメリカ合衆国海兵隊の特殊部隊に所属し、軍需産業最大手のRX社に引き抜かれて紆余曲折。

 現在ではRX社内のいざこざで分裂し誕生した、民間軍事会社レオネストの私設軍隊、陸上工作部隊に所属する手錬の傭兵だった。


 「魔女の国だけに、郷に入ってみたんだがどうかな? 命からがら群塔から逃げてきたのならもう見飽きたかな」

 苦痛に叫び声を上げ続ける男、左手を覆う炎はまだ燃え盛っている。

 はぁ~、とため息をつく少年。

 「わざわざ穢れた術を見せてあげたのに感想もないのか。それとも神聖術の方がよかったかい? 魔術対策はおろか、知識も無くこんな所に放り込まれて災難だったね。まあ僕は暇で暇でしかたなかったんだよ。うちの上層は僕をこの国に待機させるだけで放置。指示を仰いでも不審なことがあれば報告のみ、だなんてふざけてると思うだろ? もう三ヶ月はまっずいグリーンピースとチキンの生活さ。そこに君たちが現れた。でも聞いてくれよ。上は監視だけしてろって言うんだよ。君たちがどうして上陸したのかも教えてくれないんだ。……だからさあ、教えてよ」

 つり上がる口。

 少年の白衣にも似た純白の外套は見る影も無く、アクセサリのように幾本にも提げられた鎖ごと血で染まっている。

 その飛沫は美しく造詣された少年の髪や透き通るような白い肌も汚染していた。





 ピクリともしなくなった肉塊から短剣、合計四本を回収する少年。

 その全てには同系同色、黄金と白銀の煌びやかな意匠が施されている。

 「あ~あ、真っ赤になっちゃって、これ綺麗にするの大変なのに、でもまあ面白い話が聞くことができたからいいか」

 自らのコートの端で血糊を拭う。

 「ぜんぜん落ちない。…………ねえ、そこの魔女さん。ウェットティッシュとか持ってないかな?」

 波の音が辺りを支配し、他の音は一切無い。

 しかし港に隣接する市場の片隅から、一人分の影が姿を現した。

 その瞬間轟く雷鳴。

 幾筋もの閃光が少年を貫いた。かに見えた。

 「ひょえ~……。危ないじゃないか。無詠唱でこれだけの雷を発生させるってことは、もしかして君はアレかな? 紫電の魔女かな」

 少年は四本の短剣すべてを構えている。

 両手に一本ずつ、そして残り二本は外套に下げられてる血で汚れた白銀のチェーンに繋がれているが、臨戦態勢の蛇のように刃をもたげていた。

 「そういう貴様は、気狂いのフェリクスだな」

 紫紺の瞳に魔術的な威圧を込めた視線を向けるのは、群塔に所属する魔女、ナイトハルト・ミュラーである。

 ほの暗い夜に彩られた肩口までの銀髪が、漣と同様に月光を反射していた。

 「あらら、もしかして僕って有名人? 紫電の魔女、電気ビリビリのナイトハルト・ミュラーさんに知ってもらえてるなんて光栄だよ」

 フェリクスと指摘された少年は、その筋では有名なフェリクス・ブラッドである。

 外套に提げられた白銀の鎖に、四本の幸運剣フォーチューンソードを使うのは、清教会特殊殲滅課、第三位、気狂いのフェリクスただ一人を示している。


 「紫電の魔女には悪いけど、ここで死んでほしいな」

 「やりあうのは好都合だ。生臭の坊主には永遠にこの世から退場してもらう」

 「やっぱりやる気まんまんなわけね。でも残念だったね。さすがの僕も、君クラスの魔術師三人を相手にするのは骨が折れそうだから。帰らせてもらうよ」

 フェリクスからナイトハルトを挟んだ建物の屋根に、二人分の影が浮かび上がる。

 「気狂いのフェリクスが逃げ帰るとは、明日は季節外れの雪だな 」

 「僕だって命は惜しいからね。それに今死ぬのは勿体無い。どうやらとっても楽しいことが起きてるみたいだしね」

 「こんなところで油を売らされている下っ端がよく言う」

 「つい先日、紅炎と鬼姫が日本に向かったようだね。褒章授受者が二人も極東へ何の用事だい?」

 「ここで死ぬ貴様には関係ないことだ」

 「まあいいさ。僕はいい加減、こんな食事の不味い国には居たくないからね。次の場所は食事が美味しいことを願うよ」

 そう告げたフェリクスの両腕と鎌首を上げる二条の鎖が短剣の先端を重ね合わせる。

 真っ白な閃光が一瞬にしてあたりを包み込む。

 『ははっ、僕は幸運の女神に愛されてるのさ。幸せを運ぶ天の使いだよ』

 フェリクスの高笑いが響く。

 同時にナイトハルトから放たれる雷の刃が幾重にもフェリクスが居た方向へ放たれるが、直撃することは無かった。

 十数秒が経過するが未だに視界は無い。

 三人の魔術師たちはそれぞれ自身を中心に防御用の障壁を展開しフェリクスの気配を探る。

 しかし、その包囲網にあの少年が捕らわれることは無かった。

 閃光が静まり辺りが視認可能となる。


 「逃げられたか……。エイプリルっ、あの船を落とせるか?」

 ナイトハルトが屋根の上に佇む青年に声をかける。

 「当てることはできるが、この距離だと相手が相手だけに迎撃されるだろうな。無駄だよ」

 「そうか」

 ほんの数秒考え込むナイトハルトだが、すぐに顔を上げると踵を返し歩き始めた。

 「帰るぞ」

 「こ、この死体は、ど、どうするんだい?」

 エイプリルの隣に立つ中年で腹の出た男が口を開いた。

 「処分しろ」

 そう告げたナイトハルトは無残に打ち捨てられた死体に一瞥もくれることなくその場を後にした。


 「じゃ、じゃあ僕がこの死体、い、頂いちゃうね」

 「ホセさん、やめてくれ。ここからじゃ群塔まで遠い」

 「め、迷惑はかけないよ。ぼ、僕には沢山の人形アシスタントがいるからね」

 「はぁ~、勝手にしてくれ。俺も帰るわ。もうすぐこの港にも人が出てくるだろから早めにな」

 左右につり上がるホセの口端、満面の笑みを浮かべる彼の笑い声が、それから数分間ほどその地にこだましていた。

本日中にもう一話あげられれば上げます!上がらなかったらごめんなさい。睡眠とかその他、一抹の快楽に身をゆだねたのだと思います…

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