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学園生活は魔女と共に  作者: あまねく
一章 日常へのアンチパスバック
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月の王

 「またここか」

 気が付くと再び見知らぬこの世界に来ていた。

 ゆらゆらと揺れる。

 底はどこまでも暗く見えない。

 上を見ると遥か彼方に水面が見えた。

 「私が原因で争っているのだ」

 声が聞こえた。

 この前聞いた声とは違う。

 明らかに女性の声だった。

 「おいっ。だれだ?姿を見せてくれよ」

 「ここだ」

 後ろから声が掛けられ、反射的に振り返えると女が居た。

 正確に言うと足まで届く長い黒髪。

 瞳は前髪が覆っていてよく見えない。

 一切肌を見せない黒くてシックなドレスを着ている。

 出で立ちが落ち着いているせいか、黒一色にまとめられているせいか、喪服にも見えた。

 「あんたは……」

 篤志が尋ねた。

 「私は―」

 「いや待て。なんとなくだけど分かる。あんたは俺の中にあった不思議な力の源だ」

 篤志が真っ直ぐに女の顔を見つめる。

 女も前髪の隙間からジッと視線を篤志に向けると口を開いた。

 「その通り。私の名はファグナス。闇の王、月の王と呼ばれていた者だ」

 「そうか。まあ偉いやつだったんだな」

 軽い口調で篤志が応えた。

 その反応が意外だったのか、ファグナスの無表情が少し崩れた。

 篤志はその変化を見落とすことなくファグナスを値踏みするかのように見つめると、直感的に悪いやつではないと思った。

 「それでファグナスはどうしたいんだ?」

 「人間であるお主が私に聞くのか。滑稽なことだ」

 「いやそうでもないと思うけど。だってあんたは迷ってんだろ?」

 「迷う?王である私が迷っていると?」

 「そうだ。あんたは迷っている。でないと俺のところになんか来ないだろ?」

 二人の間に静寂の時が流れた。

 「確かにそうだ。迷っている」

 静かにファグナスが答えた。

 「やっぱりそうだと思った。俺の身体が必要なら黙って乗っ取ったらいいしな」

 「意外と情況が分かっているのだな」

 「意外は余計だけど、自分のことだし何となくわかったんだ。ああそうだ。さっきはありがとな。あんたがあのバケモノをやっつけてくれたんだろ?」

 ファグナスが破顔した。

 「お主は面白いな。自分が消えてしまうかの瀬戸際でその元凶に感謝するのか?」

 「いやいや、それとこれとは別だけど。あんたが居なかったらみんな死んでたし……」

 「礼には及ばぬ。この身体は私にも必要だったゆえの行動だ。気にするな」

 「まあそれでもステラ達が助かったのは事実だ。ありがとう」

 篤志は深く頭を下げると、改めてファグナスに顔を向けた。

 「それで何を迷ってるんだ?俺の身体を使うのに、あんたは俺の許可なんか要らないはずだ。好きにできるだから、好きにしたらいい」

 「お主と話すと調子が狂うな。まあ私が言うのもおかしな事だが、お主、死に急ぐ必要はないぞ」

 「死に急ぐ?俺が?」

 「隠す必要は無い。少なくとも一部始終をお前と共に見ていたのだ。父の死を目の当たりにして自暴自棄になってるではないか」

 「そんなことはない。だけど助けられなかった。何も出来なかったんだ。それだけじゃない。おれが父さんを殺したんだ。もう母さんにも顔向けできないよ」

 「それが自暴自棄になってると言うんだ。お主は残された家族のためにも生きねばならないのじゃないか。お主が死んだら母や妹はどうなるんだ?父が死んでも残された者で支えあうのが家族なんじゃないのか?」

 図星だった。

 「痛いところを突くね。確かにファグナスの言うとおりだ。でも親父を殺したのは事実だ」

 「そう思うのは勝手だが、生きてると何かいいことが起こるかもしれないぞ」

 「この最悪の情況を覆すほどのいいことは無いと思うけど」

 「まあよい。どう考えるかはお主に任せる。でも残された者のことを忘れるなよ」

 顔を覆う前髪の隙間から綺麗な瞳が見えた。

 「分かった。肝に銘じておくよ。それでファグナスが来た理由はなんなんだ?」

 「そうか、その話がまだだったな。まあもう済んだようなもんだが、一応話しておくか」

 ファグナスが向き直り再び口を開いた。

 「さっきも言ったが私は王だった。だが、それは人間によって体と力を奪われた。心を許した人間に騙されたのだ」

 「それは災難だったな」

 「そうだな。今思えば災難だった。だが私は酷く恨んだ。そして私の憎しみは呪いとなって世界を覆い、孤児を生み出した」

 「あんたがあのバケモノを作ったのか」

 「そうだ。知ってると思うが孤児は人を憎む。そして王を殺した始祖を憎む。それらは私の心を写したものだ」

 「後悔してるのか?」

 「多分な。私は孤児が行った憎しみの代償行為、全ての情報が伝わってくる。どこかの孤児が人間を殺める度に悦びが伝わり、歓喜する自分とその後に訪れる激しい虚脱感に悩まされた。私が心から望んだことなのに、どうして虚しく感じるのか分からなかった。しかし答えは出ていたのだ。私が憎しみを向ける先は人間全体ではなく、私を殺した個人に向けられるべきもので、他は関係ないことに。孤児を通じて見てきた人間というのは、良いも悪いもバラバラだった。悪人も居れば善人も居る。到底ひと括りには出来ない存在だった」

 「苦しんだんだな」

 「同情はいらんぞ。私は厄介者だ」

 「じゃあ結局はどうするだ?外は騒がしくなっているようだけど」

 「今、外には私の同志、水の王アイシチミリチが来ている。彼が私の復活を望み、この機会を作ってくれた。だから私はお前の体を使い、再びこの世に戻らなければならない」

 「そうか。ちょっと未練があるけど俺じゃ抵抗できないからな。俺の体大事に使ってくれよ」

 「さっきも言ったではないか。諦めるなと。いいのか、お前は消滅するのだぞ」

 「俺がここで反対しても主導権はファグナスにあるだろ」

 篤志の力の無い溜息が漏れた。

 「私が復活するということは、どういうことか分かっているのか?」

 「いや。良く分かってない」

 今度はファグナスの大きな溜息が漏れた。

 「水の王は私の復活を足懸りに残りの王も復活させる。そして最終的にはこの世界がなかったことにされる。当然お前の知り合いも含めて全員が自覚の無いまま消えることになるな」

 「おいおい。そんなことして一体何になるんだよ。意味が無いじゃないか」

 「お前にとっては無いかもしれないが、彼には大きな意味がある」

 「ファグナス。お前はどうなんだ。お前もそんなことしたいのか?」

 「私は孤児を通じてこの世界を見てきた。そのほとんどが、殺戮に繋がるものばかりだが、ある孤児だけは、人を殺めるのでなく、違うかたちの悦びを伝えてくれた。彼女が愛し、喜びを感じた世界、憎しみ以外を伝えてくれたこの世界。新鮮だった。暗い暗い闇の底に居る私、自ら望みそこに居る私には、決して晴れることの無い怨みを延々と消化不良のまま燻り続けるしかなかった。そんな私に新たな悦びが生まれた。人の殺戮を望む自分と、人の営みに興味をもった自分。二つの自分を天秤にかける時が今だ」

 「つまりどうしたいんだ?」

 「私の身の処遇はお主に預ける。私はお主の中でこの世界を直に見つめ、判断する。その結果がどうなるかは分からん。結局は憎しみで人を殺めるかもしれないし、そうでないかもしれない。人類の滅びのスイッチを押すかどうかは、これから考えるのだ」

 「なるほど、そういう考えなんだな。やっぱりあんたは良い奴だったみたいだ」

 「それは違うぞ。本当はお主に会うまでは、余程のことが無い限り復活を選択するつもりだった。しかしそれを改めさせてさせてくれたのはお主の人と成りの成果だ」

 「なんか面と向かって言われると照れるな」

 「さて用事は済んだ事だし、そろそろおいとまするかの」

 「また逢えるか?」

 「何を言っとる。ずっとお主を見てる。そのうち嫌でも逢うときが来るだろう」

 「わかった。じゃあとりあえずこれからよろしくな」

 篤志がファグナスに手を差し伸べ握手を求めた。困惑するファグナス。しかし篤志が強引にファグナスの手を取ると堅い握手を交わした。

 「そういえば、その水の王って同志なんだろ。伝言があれば伝えるけど」

 「そんなものはない。それよりも別のもう一人に伝えてほしいことがある」

 ファグナスは篤志に伝言を頼むと、深い水の底へと静かに沈んでいった。

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