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学園生活は魔女と共に  作者: あまねく
一章 日常へのアンチパスバック
16/24

災禍は眼前の外道に在り

 「やめろぉぉぉぉ」

 その瞬間、篤志の中の何かが弾けた。

 篤志を中心に爆風が生じる。重機をなぎ払い鉄の扉を吹き飛ばした。

 とっさに久万がステラと篤志の間に入り衝撃を防いだ。ほぼ全力で防御を行い何とか凌ぐ事が出来たが久万の実力でも紙一重の状況だった。一歩遅れていたら、二人とも死んでいた可能性もある。

 しかし無防備な状態で突っ込んできた人々は離れていたとはいえ、衝撃をもろに浴び壁に叩きつけられた。

 生死不明。動く気配は無く、完全に沈黙していた。

 「これは……」

 篤志は自分が発したこの力に困惑した。一体何が起きたのか分からない。ただ自分が発生源だということはかろうじて理解できた。

 急速に脳が冷める。辺りを見ると父を含め、拉致された人々がひとり残らず倒れていた。さっきまではどんな衝撃を受けようとも、立ち上がり続けた人たちが微動だにしない。

 「あっ……あっあ……」

 全身がガクガクと震える反面、見た目には何の変化も無い手足や身体に、不思議な力が充足してくのを感じた。

 「おれ……は……」


 俺がやった?

 俺が殺したのか?

 俺が親父や、他の人たちを殺したのか?

 恐怖。純粋な恐怖。

 俺は救いたかったはずだ。それがどうしてこんなことになる。


 救いを求めるようにステラと久万を視界に捕らえるが、彼女らは驚愕した表情で篤志を見ていた。久万に至っては、かなり負担が掛かったのだろう、疲労が色濃く顔に出ていた。

 「やみのちから……」

 殺女の白刃を篤志に向けたまま久万が呟いた。

 篤志が生み出した衝撃波はただの衝撃波では無い。純粋な闇の魔力。加工された魔術ではなく、無加工の闇の力の塊だった。

 人間にできる芸当ではない。

 人間が生み出す〝魔力〝に属性は無い。魔力を糧に、創世樹に接続し魔術を発動させた時に、初めて属性が付与される。当然行使する魔術、交渉する神々や精霊に応じた属性となるのだ。

 つまりそれは人間自体に六属性の偏りが無いことを示す。

 もしあるとすればそれは―


 「ファグナァァァァァァァス!」

 絶叫に近い声でルペルカスが吼えた。

 「見つけたああああああああああああああああ。ついにみつけたぞおおお。行幸だ。二万年。二万年の時を捜し求めて見つけた一人目が貴様だったとは。この心の底からわきあがる不快感。嫌悪感。嫉妬心に、なにより復讐心が貴様が始祖だと告げている。懐かしい。生まれ堕ちた時に一番最初に感じたこの感情がもう一度蘇るとはなんたる不幸。なんたる地獄。この世はなんて残酷なんだ。今更、今更私を始祖と対面させるのか。嬉しいじゃないか嬉しいじゃないか嬉しいじゃないか。早速はじめよう。二万年も待ったんだ。これ以上は待てないぞ。早くやろうぜやろうぜやろうぜ。殺し合いを。楽しい楽しい殺し合いを。我ら孤児の悲願の達成の時だ。貴様を殺して我が母、我が父ファグナスの恨みを晴らす時が来たのだ。返してもらうぞ。ファグナスから奪ったものを。我々をこの世という地獄に生み出した元凶を絶対に許さない。絶対に許さないからな」


 第二世代の孤児とは比べ物にならない速度で、ルペルカスが飛び跳ねた。視界から消えたと感じた時にはすでに目前に迫っている。

 篤志は咄嗟に身を捻り、ルペルカスの拳を回避した。

 鉄をも切り裂くような鋭い音が空を斬り、コンクリートの地面をえぐる。

 飛び散る地面の欠片が礫となって篤志を襲い、むき出しの顔面に無数の傷を作るが、避ける暇はなかった。連続して二撃目が来たのだ。


 咄嗟にバックステップで後ろへ下がる。再び空を斬る音が鳴り響く。

 避けたと思った瞬間、視界が暗闇に落ちた。ルペルカスは振りぬいた拳の勢いを利用し、前転の状態で踵を落としたのだ。

 硬く冷たい地面。意識が朦朧としている中、本能が逃げろと警鐘を鳴らす。全力で腕、脚、体中の至るところに力を込め逃げようとするが、身体が動かない。

 蟻を踏み潰すようにルペルカスが追い討ちをかける。

 回避が出来ない。

 そう思った瞬間、ルペルカスが炎を上げ吹き飛ばされた。

 「篤志!全てはアイツをぶっ倒した後だ。お前はそこで寝てろ」

 ステラの渾身の一撃が決まった。篤志に集中しすぎて周りの存在を忘れたルペルカスの失態を見事についた不意打ちだった。

 「こいつはこれくらいでは死なん。気をつけろよ」

 「分かってるよステラちゃん。早く終わらせてフェボンのフルーツタルト食べに行くんだから」

 「そうだな。だが私は苺タルトの方が好みだ」

 二人は前日のアリエの接触から、何かしらのイレギュラーが発生する可能性を視野に入れていたが、それはあくまでルペルカスを倒した後だと思っていた。それが、この段階で、篤志という一般人を使って現れるとは予想外だった。

 ルペルカスは篤志に執着している。アリエは〝始祖″を殺すことが孤児にとっての存在理由そのものだからだと言った。

 そして始祖とは元素の王を殺し力を手に入れた者を指す。篤志がその始祖とは到底思えない。少なくとも三日前のあの夜、篤志を助けた時にはどう見ても一般人の域をでることは無かった。

 しかしその篤志は現に想像を絶する魔力を噴き出し爆発させた。しかもその魔力は孤児が発する魔力と同系等の闇の属性を帯びた魔力だった。

 理由は分からない。だが篤志は敵ではない。根拠はないが直感を信じた。 


 アリエが二人に告げていったことは主にひとつ。ルペルカスの動きに乗じて、水の王アイシチミリチが陰謀を企てているということ。その企てによって現代文明の成り立ちが変貌する可能性が高いということだった。

 本来ならば孤児であるアリエの言葉なんて信じるに値しないが、いままでほとんど表舞台に出てこなかった彼女が積極的に動いているということが、何かが起きる前兆であることは十分に考えられた。またアリエ自身が画策しているという線も考えられた。

 しかしだからといって本来の目的を忘れたわけではない。ルペルカスを殺すことこそが最終目的である。だからこそ二人は、アリエの言を全て受け入れたわけではなく、あくまで心構えとして留めておくことにしたのだ。

 アリエはアイシチミリチが現れた際のカウンターストップになる。あとは本人達のやり取りでどうするか判断をしようという立場だった。

 アリエ自身も二人に求めたのは、最悪の状況で敵にならないことであり、そのために必要な情報を前もって提供することが接触の目的だった。この話を聞いて敵になるようならば仕方ない。本位ではないが、邪魔するやつは始末する気持ちだった。


 そして今ステラと久万の目の前にはルペルカス、後方には篤志が居る。

 篤志をここで殺させるわけにはいかない。そもそもルペルカスが喜ぶことを素直にさせてやる程、出来た人間じゃない。それだけでも十分篤志を護る価値があった。

 「久万、二分稼げるか?」

 「二分あれば私だけで倒しちゃうかもね」

 「それは頼もしいな。だがこいつは私の獲物だから取っといてくれよ」

 「善処しましょう!」


 久万が笑顔を作りステラに目を移すと、再度正面を見据え一歩踏み出した。

 右手には殺女、左手には何もない。

 「贄」

 左手に小刀が現れ、二刀の出で立ちとなる。

 普通の神経ならば、恐怖なり何なり精神が不安定になるところだが、彼女は違った。場にそぐわないほど落ち着きリラックスしている。これから命のやり取りを行うような物々しさが感じられなかった。

 壁にぶつかり瓦礫に埋もれていたルペルカスが埃を払いながら起き上がった。

 「痛いじゃないか。私は貴様らと遊んでいる暇は無くなったのだよ。つまり邪魔するなって言ってんだこの売女ぁぁぁぁ」

 ルペルカスが怒鳴り散らすが、久万に気にした様子は無い。

 「そう言われると、是が非でも邪魔したくなるんだよね」

 ステラや久万といった魔術師は、自らの身体能力を強化する術を知っている。

 高位の術者になればなるほど顕著にその能力の効果が表れるが、それにも限界はある。第一世代の孤児をと白兵戦を行うことは自殺行為に等しい。

 当然、そのことは二人とも分かっていることだ。だがステラは久万に時間稼ぎをお願いし、久万はそれを了解した。これは希望的な観点のみで交わされた約束ではない。ステラは久万が出来ると了解したのならば、絶対に出来ると確信している。逆に出来ない場合は素直に無理だと告げるだろう。その彼女が出来ると言ったのなら、何が起きても絶対出来る。彼女の手の内を全て知っているわけではないが自信があった。


 一人の少女と一人のバケモノが対峙した。久万が一度ゆっくりと息を吸い口を開いた。


 「東方浄瑠璃の王

  我は彼の地の守り人、朝霧久万

  古の盟約において今こそ顕現を乞う

  災禍は渇きに在らず

  災禍は飢餓に在らず

  災禍は病に在らず

  災禍は天災に在らず

  災禍は眼前の外道に在り」


 久万の背後にうっすらとだが、力強い光を放つ炎、迦楼羅焔かるらえんが顕れた。

 ″如来化″

 それも大日如来の力を借り自らを衆生救済の化身とする業である。


 久万と同じように、精霊や神々を使役するといった能力者は稀であるが、稀な能力の中では比較的珍しい力ではない。使える人間は少ないが、世界中の各所に似たような能力者が居るということである。

 しかし久万ほどの能力者は別である。自らを諸仏の主に差し出し、一時的に闘神の化身となったのだ。


 そもそも久万の家系は千数百年もの間、守護してきた土地に薬師を祀る祠がある。門扉にそびえるのは仁王。

 そして社の奥深くに、この地を厄災から護ってきた薬師如来が祀られていた。

 幼いころより祠のある山林で遊んできた久万は、ある日、浄瑠璃世界へと迷い込む。これが偶然なのか必然なのか運命なのかは分からない。のちに本人は夢のようだったと言っているが、そこでその国の王と出会ったのだ。

 ただそこからのはっきりとした記憶は無い。憶えていたのは現世で如来と逢う方法だけであった。


 喰いしばる歯から血が漏れる。

 爪が食い込むほどの力で握られる刀の柄にも一筋、二筋と久万の血が垂れ始めた。

 久万とて数分と耐えられないだろう圧力が圧し掛かる。体中が悲鳴を上げるように苦痛が襲ってきた。

 明らかにオーバースペックである。ソフトにハードが付いてこれない状態となっていた。これでは本来の力は出せない。出せないが、人間が出せる最高のパフォーマンスを体現していることには間違いなかった。


 ルペルカスから感嘆の声が漏れた。

 「戦神融合か、たいそうな特技を持ってるじゃないか。だが……邪魔だぁぁぁぁ」

 ルペルカスが飛び出すと同時に久万も飛び出した。

 初手のイニシアチブを取ったのは久万。

 振り下ろされる右手での壱の太刀。

 だがそれは手刀ではじかれた。

 続けて左手で胸部を狙った弐の太刀。しかしこれも器用に身を引かれ回避された。

 久万に大きな隙が生まれる。

 そこを見逃すことなくルペルカスが攻勢に出た。高速で繰り出される突きはナイフよりも鋭利で硬い手刀。


 初手を見事にかわす久万、しかし休む間もなく連続で手刀が襲う。両手の刀をフルに活用し捌く。

 残念なことに純粋な力では相手に分がある。受け止めることは愚策。流れに身を任せることが得策だった。

 それにしてもルペルカスの手刀が異様に硬い。相手は素手であるにもかかわらず刃が相手の腕に食い込むことは無かった。

 丸太を豆腐のように斬ることができる業物を持ってしてもこの様である。

 しかし絶望的ではない。

 機を見計らい攻勢のタイミングをうかがう。

 相手の攻撃も永遠には続かない。必ず行動の限界、終末点を迎える瞬間が来る。焦れた相手が渾身の一撃を繰り出した直後や、突きでの攻撃を別の方法に切り替えた瞬間など、チャンスはいくらでもである。


 今は凌ぐ時。

 自分に言い聞かせながらチャンスを待つ。そのかいあってか絶好の機会はすぐに訪れた。

 焦れたルペルカスが大振りの一撃を繰り出したのだ。

 伸ばされた腕を目標に据える。

 全力を持ってして渾身の一太刀を振り抜いた。

 相手の腕が宙に舞う。

 地面に堕ちる間もなく贄の弐刃が追い討ちをかけた。

 腹部から噴き出す血の飛沫。


 〝いける″


 さらにもう一太刀を振り下ろそうとした時だった。

 全身を襲う悪寒、只ならぬ危険を察知した。咄嗟に距離を取った瞬間だった。

 建屋に轟く雷鳴を伴い、先ほどまで居た場所に、稲妻が走った。

 痛みや衝撃は無い。運良く避けれたようだった。

 ステラからの前情報には稲妻どころか、風の属性魔術を操るという話は無かった。

 間一髪。冷や汗が頬を伝う。直撃すると致命だった。

 「ジークステラが連れてくるだけあって勘がいいなぁ」

 腹部と腕の出血がほとんど止まっていた。ニヤついた表情で久万を見ている。

 「右腕がなくなったのに余裕なんだね」

 ルペルカスが転がっていた腕を拾うと切断面を重ね合わせた。

 「まあ腕くらいだったらこの通りだ。さてそろそろ終わりにしようではないか。もう後戻りはできないぞ」

 接合された腕が急激に膨れ上がる。右腕だけじゃない。左腕や脚、身体までも一気に膨れあがった。異様な光景。呻き声のような叫びを上げるルペルカス。二周り以上大きくなった躯が白い体毛に覆われた。今までは確かに人間の顔だったものが、一メートル以上の巨大な角を生やした山羊の顔となった。赤く輝く拳大の瞳が不気味にギョロリと久万を、ステラを、そして篤志に向けられた。口には鋭い牙をのぞかせ、刀のように鋭利で硬そうな爪がキラキラと光を反射させている。

 これが本来の姿。今までとは比較にならないほどの存在感があった。

 よくもまあステラはこんな相手を一人で撃退したものだ。

 約束の時間まではあと三十秒。

 利口なのは、このままお喋りでお茶を濁しやり過ごす方法である。だけど、それじゃあ気分が悪い。純粋に、心のそこからムカついた相手に気を使って時間を稼ぐくらいなら、バカだと言われようと、全力で相手をしたい。

 最後の力を振り絞り、変態したルペルカスに全力で斬りかかった。

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