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学園生活は魔女と共に  作者: あまねく
一章 日常へのアンチパスバック
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望み

 アリエに案内され連れて行かれた先は、先ほどの倉庫を出てから五分も掛からない。少し奥にある倉庫の一つだった。彼女の話によるとここに、目的のバスがあるとのことだった。そしてそれはつまり、この中にルペルカスが居るということである。

 案内の途中から辺りにけたたましい騒音が響いていた。

 それはこの倉庫に近づくに連れて大きくなっていく。

 そして到着した今なら分かる。篤志はこの扉の向こう側が発生源だということをひしひしと感じていた。。

 「これは中で何が起きてるんだ?」

 篤志がアリエに尋ねた。

 「もう始まってるみたいだにゃあ」

 「何がはじまったんだ?」

 「正義の味方が、悪を成敗してるのにゃ」

 アリエは片目を瞑りウインクを送る。

 「あいつと戦っている奴がこの中に……一体誰が」

 「それは中に入って自分でみればいいにゃ。まあ私の案内はここまでだけどにゃ」

 「分かってるよ。十分気をつけて行ってくるさ。ところでアリエはこの後どうするんだ?」

 「私は野暮用があるにゃ。まあ篤志が気にすることがじゃないにゃ」

 「そっか。そういうことなら気にせずいってくるよ。とりあえずここまでありがとな」

 篤志は軽く頭を下げると、慎重にドアを開き中へと入っていった。アリエは篤志がドアを閉めるまでその姿を眺めていた。

 

 最初に目に入ったのは大型のショベルカーだった。長いこと使われてないのだろう錆が目立っている。他には大型の機械は無い。

 倉庫の外に居ても聞こえてきた喧騒は、中に入ると衣擦れの音まで聞こえてくるようだった。大人数での立ち回りのような足音が響いている。

 篤志は即座に腰を屈めるとキャタピラの影に入り奥を覗いた。するとそこには、見覚えのある二人の女を中心として、大立ち回りが繰り広げられていた。

 ジークステラと朝霧久万。夜の駐車場で助けてくれた二人組み。不思議な力を使い瞬く間に赤目たちを倒した連中だった。

 周りを取り囲み次々とステラ達に捻じ伏せられては立ち上がり、何度も襲い掛かっているのは一見すると普通の人間に見える。学生や年寄りも混じっている様子だった。


 これはどういうことだ?どうして二人が人間に襲われているんだ……


 篤志は理解に苦しんだ。

 外に居たときは彼女たちがバケモノ退治してるものだと思っていたが、実際に見てみると人間に襲われている。

 目を凝らして辺りを良く見る。

 乗用車が高く積み上げられていた。

 その乗用車の一角に篤志は目を奪われる。

 忘れられない記憶。俺を殺した最悪の化け物、ルペルカスを彷彿とさせる禍々しいナニか。

 身体と記憶に染み付いた恐怖が蘇る。意志と反してガタガタと足が震えだす。アリエと居たときは制御できていた感情が、奴を見たとたんに恐怖という形で制御できなくなったのだ。

 呼吸が荒くなる。

 印象的なのは釣りあがった奴の口元。

 ニヤついた顔をしながら平気で人を殺す悪魔の顔だった。

 目を閉じ心を落ち着ける。

 間違いない。ステラ達が正義の味方だ。そして全ての黒幕があいつだ。ステラ達を襲っているのは操られているのだろうか。そうでなければ、つじつまが合わないからだと自分を納得させる。

 恐怖に負けそうな心に、鞭を入れる。

 怒りという鞭である。

 ここまで来たんだぐっと腹をくくり、努めて冷静に目を開いた。

 大丈夫。今度は冷静だ。足の震えも止まった。

 しかしそのとき篤志の視界に入ってきたのは、探し求めた市営バスの姿だった。

 思わず身を乗り出した。

 そして篤志は見てしまった。

 ステラたちを襲う人影の中にいる父の姿を。


 「父さん!」


 篤志が声を上げ飛び出した。声に驚いたのはステラ達だけじゃない。ルペルカスも目を見開き突然の侵入者を凝視していた。

 「お前っ」

 「篤志君、こっちにきちゃだめ」

 二人から思わず声が漏れた。予想外の人物の登場に咄嗟に制止する久万。しかし篤志は駆けるのを辞めなかった。二人の声が届いているのかも微妙な状態で父、実篤を抱きとめた。

 虚ろな瞳。

 口からは涎が垂れ、篤志の声に反応はない。

 肩を掴み強く揺するが駄目だった。

 その時、人並みを掻き分けながらステラが近づいてきたかと思うと、父を思い切り吹き飛ばした。五メートルは転がっただろうか。

 「てめー何しやがる。俺の父親だぞ」

 「黙ってろバカ野郎」

 ステラはそう履き捨てると、近づいて来た背広姿の男に蹴りを入れ吹き飛ばした。

 篤志が無我夢中で父に駆け寄る。倒れた父を起き上がらせようとした瞬間、篤志の肩に激痛が走った。

 思わず身体を引くが、物凄い力で抑えられ離れることが出来ない。爪が腕に食い込む。じわりと血が広がるのを感じた時、ステラが無理やり引き剥がし、強力な蹴りで再び父を吹き飛ばした。

 「邪魔だ。素人は引っ込んでろ」

 「あれは俺の父親だぞ。父さんがこんな目にあって正気で居られるかっ」

 肩から伝う血もそのままに篤志が反論するがステラにそれを受け入れる余地は無かった。彼女にとって篤志の乱入は事態の悪化を促進する要因でしかないからだ。

 決断を迫られる。じわじわと精神的な余裕が無くなっている自覚があった。篤志の登場はルペルカスの思惑なのだろうか。調べる術は無いがその可能性は大いに考えられた。

 このままここで問答をすることは無為に時間を浪費するだけではない。ルペルカスにイニシアチブを握られ、取り返しのつかない失敗に繋がる要素を含んでいた。


 ステラは意を決し篤志に告げた。

 「残念だがもう手遅れだ。彼らを救うことは出来ない」

 「冗談はやめてくれ」

 「冗談は嫌いだ」

 「嘘だろ。何か方法は無いのか?俺も手伝うから」

 悲痛な面持ちでの懇願。認められない。目前に父が居ながら、生きていながら救うことが出来ない?そんなことは絶対に認められない。

 「方法があるんだったらとっくにやってる。どうしようも無いから諦めろって言ってんだ」

 「諦めるなんてできるわけ無いだろうが!」

 篤志が叫ぶ。

 「だがどうしようもないのは事実だ。周りを良く見ろ、彼らは血肉を求め人に襲い掛かるバケモノだ。もう人間じゃない」

 ステラは努めて冷静に伝えようとするが、最後は怒鳴り声になっていた。

 「いやいや、こいつらはまだ人間だよ」

 傍観していたルペルカスが唐突に口を挟む。

 同時に血に餓えた人々の動きが止まる。

 「小僧、貴様はさっき殺したはずだ。腹を貫き臓物を引きずり出したが、どうして生きてる」

 ステラと久万が驚いた表情で篤志を凝視する。

 「お前はやっぱりあの時のバケモノか。……簡単さ。父親を取り返すために生き返ったんだ」

 「生き返っただと。割と本気で聞いたのだが本当なのか」

 「ああそうだ。だがそんなことより、お前が今言った、まだ人間ってのは、どういう意味だ」

 「そのままの意味さ。不完全なままで無理やり起こしたからなあ。見ての通り動きは鈍いし頭も悪い。私の眷属には成りきれず半熟状態だ。こんなんじゃ親子の感動の対面も寒々しさだけが目立つ、三文芝居以下の代物だな」

 「ふざけるなバケモノ野郎。この人たちを元に戻しやがれ」

 「元に戻す?なぜだ。こいつらはあと数日もすれば完全に私の眷属になる。人を喰らえば脳が痺れて快感が全身を襲う。一口噛むごとに訪れるオルガズムの波が、引いては押し寄せ最上の幸福感に満たされるんだ。その時思うんだよ、人間を超越した最高の存在になれてよかったと」

 「笑わせてくれる。人間を喰らって闇に生きるのが最高なわけがなかろう」

 「そうだね。それに結局はあなたの下僕。それだけは死んでもお断りだよ」

 二人が口を挟んだ。

 「ほう。ならばその私の下僕を可愛がってくれ。何せまだ人間なんだ。同族同士よろしくやれよ」

 一時的に動きを止めていた人たちが黒いモヤに包まれた。

 「もう戻れんぞ」

 そこら中から一斉に雄叫びがあがると、彼らを包んでいたモヤが消失した。虚ろだった瞳が赤く光を帯びていた。

 「てめえ何をしやがった」

 篤志が叫ぶ。

 「ちょっと喝を入れただけだ。なあに元気になるだけだ、心配するようなことじゃない」

 ルペルカスは笑みをこぼしながら三人を見下ろしている。

 突然、ステラに襟を掴まれた。強引な動作で何事かを確認することも出来ず、気がつけば宙を舞い後方へと投げられていた。

 転がり回った先で重機に背中をぶつける。肺の中の空気が一気に吐き出される。強い衝撃が全身を覆うが、それに反して痛みは感じなかった。

 「死にたくなければ、そこから動くな」

 衝撃の影響か身体がうまく動かない。

 やめろ。

 間違いない。彼女たちは―

 ルペルカスの高笑いが聞こえる。

 「やっとその気になったか。奇麗事並べてないで殺せよ!」

 やめろ。

 彼らはまだ人間だとルペルカスは言った。あんなやつの言う事だし嘘かもしれない。でも、俺の声は父さんには全然届かなかったけど、それでも―

 「ステラちゃん」

 「私がやる。久万は手を出すな!」

 ステラの怒鳴り声が聞こえる。

 やめろ。

 ステラも好きでこんなことをするわけじゃない。苦しんで出した結果なのは分かっている。分かってはいるが認められない。絶対に承認できない。彼女は俺を助けてくれた日のように、不思議な力で彼らを焼き尽くす。苦痛を味わう間もなく親父は灰になる。

 また何も出来ないのか?

 本当に非力な自分に嫌気が差す。いく当ての無い悔しさは全て己の実力の結果だった。

 ステラの腕に幾重もの魔法陣が連なりはじめた。一つ増えるたびに、重さが増しているかのような重量感が付与される。


 やめてくれ。

 きっと何か手があるはずだ。助けられるはずだ。

 

 ステラの右腕が正面にかざされた。


 お願いだ。やめてくれ。

 絶対に方法はある。あの糞ムカつくあいつをぶっ飛ばしたあとで考えればいいじゃないか。そんなに強いんだ。お前達なら絶対に何とかできるだろ?俺なんかと違ってなんでもできるんだから。


 アリエのやつが言ってたじゃないか。ここでは正義の味方が悪と戦ってるって。

 正義の味方じゃないのかよ。


 無表情だった彼らが凶暴な表情を浮かべ、一斉に飛び掛かった。

 ステラが一瞬だけ篤志を見た。


 〝ごめん〝


 と彼女の口が動いた。

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