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学園生活は魔女と共に  作者: あまねく
一章 日常へのアンチパスバック
14/24

彼女らの戦い

 夜から朝への境界線がはっきりと見え始めたのは、午前五時半をまわったところだった。風ひとつ無い空は白みはじめ、かすかに鳥の鳴き声が聞こえてくる。

 二人は頃合を見計らい活動を開始した。

 調子は万全。事前に準備しておいた結界も順調に動作している。眼前に在るのは巨大な倉庫のひとつ。ルペルカスの探索を続けていた二人が発見した奴のねぐらだった。

 この扉の向こう側に標的が居るのが嫌でも伝わってくる。濃厚で、煙草の煙が充満しているかのような、強烈な魔力の匂いが漏れ出ていた。

 ステラは隣に居る久万に一度目を向けると、意を決して扉のノブに手を掛けた。


 去年、ステラがルペルカスと対峙した時はひとりだった。

 応援を呼ぼうにもインフラは破壊され、急ぎで召還したとしても丸二日は掛かる状態だった。

 すでに町の人口の半分が犠牲になっており、勢いはとどまることを知らず、住人に牙を剥いた。

 脱出不可能な町の中で生き延びた人々は、自宅の扉を硬く閉ざし嵐が去るのをジッと耐えていたが、至るところから悲痛な叫びが聞こえてくる惨状だった。

 堪えることの出来ない怒りが単身奮闘するステラを動かしていた。当然こんなところで死ぬつもりはない。相手は第一世代の孤児と分かっていながらも、必死に勝算を考え、ただひたすらに敵を駆逐することに徹した。

 その結果、いくつもの偶然と幸運に恵まれルペルカスを追い込んだ。身心はボロボロに近い状態で気力をふり絞り、あと一歩のところに到達した。

 しかし想像以上のタフさでルペルカスは逃走した。身体の活動を封じ込め、首を撥ね上げたにも関わらず、奴は生き延びたのだ。

 追う気力は残されていなかった。満身創痍の身体を引きずり生存者を探し周る過程で、不意に現れる下級の孤児を一人逃さず始末しなければならなかったからだ。丸一日を掛けて浄化が終わった時の生存者は、住人の二割に満たない数だった。


 その時ばかりはステラも激しく後悔した。ルペルカスを逃したことではなく、単身でこの地に訪れたことにである。せめてもう一人味方が居れば、住人の半数以上を救うことが出来たはずなのだ。

 生き延びた者も地獄を目の当たりにし、心に深い傷を負った。変わり果てた姿の家族や友人を埋葬する人手もなく、ただただ涙を流すことしか出来なかった。

 そもそもステラがこの地に来た経緯からすれば、ひとりでも十分対応可能な内容だった。妙な手口で失踪する事件が相次いでいた町を、調査する為に訪れたからだ。しかし町に到着して数刻で事態は急変した。

 深い山奥の小さな渓谷。唯一の交通手段が谷沿いに作られた細い国道だった。この町の外部との生命線であるこの道が崖崩れで封鎖された。

 その日の内に復旧作業に向かった者達。しかし彼らとの連絡が途絶えるのに時間は幾ばくも掛からなかった。

 古い石造りの町並み、山の斜面の土を石垣で固めた田畑。木の杭で隔てられた牧草地には、山羊が飼われ、のどかな風情を醸し出していた。

 しかしこの町は一晩で消えた。 

 その時からステラはルペルカスの行方を執拗に追った。

 そして、いま目の前の扉の向こうに奴がいる。奴の手口も能力も理解している。万全の体制で、傍には久万も居た。来日前から久万がついて来る事に不満を述べていたものの、単身で乗り込むつもりは無かった。それなりの人選を行う算段だったが、最良のパートナーを得ていたことは自覚していた。

 無事を神に祈る信心は無い。己の実力、信頼できる仲間と、時の運だけである。ステラは全身に魔力を充実させ、そっと扉を開いた。

 

 すぐに目に入ってきたのは一台のショベルカーだった。大型で視界を塞いでいたが、その他には大した物は置かれていなかった。

 暗い構内。左右上部に伸びる窓から光が入り、多少の視界が確保できた。目を凝らし奥を見据える。最奥には積み上げられた乗用車。それと行方不明になっている市営バスが鎮座していた。

 「ステラちゃん」

 「わかっている」

 二人は目配りで互いを制すと慎重に歩みだした。

 二十数メートルを進み、倉庫の中央部まで辿り着いた頃、不意に男にしては甲高い声が辺りに響いた。


 「千客万来ではないか。悪いが便所を探しているのなら他を当って欲しいのだが」

 「残念ながら、貴様に用があってここまで来てやったんだ。喜べよルペルカス」

 自動車の陰から、白髪で白いワイシャツを着崩した青年男性が現れた。

 「聞き覚えのある声だと思ったら、愛しの魔女、ジークステラではないか。健気にも私を追って会いに来てくれたとは嬉しいねえ。可愛らしい友人も連れてくるとは、よっぽど私を愛してくれてるのだな」

 ステラが忌々しげな表情で唾を吐いた。

 「唾液ひとつでも愛しいよステラ。君を見るとたぎってくる。思わず果ててしまいそうだよ」

 大仰な身振り手振りで一歩ずつ近づいてくるルペルカス。耐えかねた久万が口を開いた。

 「あなたには何の情状も鑑みることができないよ。今までやってきたことを後悔しながらここで死んでもらうから覚悟してね」

 「そういうことだバケモノ。去年の忘れモノを獲らせてもらうぞ」

 ステラが身構えた。

 「そう熱くなるなよ。私はいま機嫌が悪いんだ。この前のように遊ぶだけでは終わらんぞ」

 「遊ぶ?命辛々逃げてったのはどこのどいつだ。安心しろよ、今回は貴様のゲームオーバーまでとことん付き合ってやる」

 ステラが言い放った瞬間、左右の窓が盛大に飛散し多数の赤目のバケモノ、第三世代の孤児が流入した。その数ざっと三十前後。大きく開いた口からは涎をたらし、鋭い牙がちらついている。

 半円状に二人を囲んだ彼らは示し合わせたかのように、一斉に跳び掛ってきた。

 「迦具土かぐつち

 久万の言葉に呼応した大蛇が現れる。

 鞭のように躯をしならせると空中の孤児を弾き飛ばした。しかし射線から外れた数体が目前に迫る。

 第二波。連続して繰り出される迦具土の躯鞭は残りの孤児全てを叩き落とした。

 多数の呻き声が発せられる。

 第一波で弾かれた孤児が壁に叩きつけられ、それと同時に迦具土がふっと消失すると、大量の炎の弾丸が正確に孤児を襲った。

 まさに一斉射撃。

 ステラが正面と右舷にかざした手のひらの先には十二にも及ぶ炎の玉が円を描き、それぞれの炎球から数え切れないほどの炎の弾丸を高速で噴き出していた。左舷に展開していた孤児の一部を除き、一瞬で微塵と化す。その残りも久万がいつの間にか召喚した犬神、みずのえによって肉塊となった。

 この十秒に満たない時間で、ルペルカスを残し全員を葬った。

 赤目のバケモノも元は人間だ。ステラも久万もそのことを知っている。不幸だと思う。しかし殺す以外に方法は無い。


 「素晴らしい。人間とは思えないほどの強さじゃないか」

 乾いた拍手の音が建物内に響く。

 「次は貴様の番だ」

 ステラは構えをとかない。相手は一度追い込んだとはいえ、伝説級のバケモノである。人間と比較できる相手じゃない。魔力の総量、身体能力、反射神経どれをとっても人間に勝っている。油断すると即死に繋がる。

 慎重に慎重を重ねる必要があった。そういう点において、今回久万が隣に居ることは、無用な心配をする必要が無い分心強かった。

 久万も同様の感覚と持論を持っている。

 今まで第一世代の孤児と戦ったことが無いにせよ、数々の修羅場を潜り抜けてきた彼女だ。ルペルカスと対峙したときには相手のヤバさを十二分に理解した。どんなに上手く事が運ぼうとも、決して気を抜いて良い相手じゃない。戦場では危機感の無いものから先に死んでいく。基本であるが、難しいことだった。

 それが格上であればある程、有利な展開に舞い上がり足元を掬われる。特に今回のルペルカスの様な超ど級の相手となると、一瞬の迷い、緩みが致命となる。

 「容赦無いじゃないか。つい先週までは人間だった連中に対して、もう少し慈悲をくれてやるべきなんじゃないのか」

 「黙れ下衆。今から貴様もこうなるんだ」

 ステラの怒声が響いた。ルペルカスはニヤついた顔を絶やさない。

 「まだまだ余興は終わらんぞ。たっぷり楽しませてくれないと」

 そう告げたルペルカスの後方、積み上げられた車から四つの人影が現れた。堂々とした足取りで歩み出る四人。よく見ると二人は子供だ。家族なのだろうか中年の男女と、十歳に満たない男の子と女の子が居た。虚ろな瞳が印象的だった。

 ステラの表情が一段と険しくなる。歯を食いしばり四人を見つめる。

 「久万、何があってもやつらは敵だ。躊躇するなよ」

 「方法は無いの?」

 久万の視線が一瞬ステラに向けられる。

 「救うには殺すしかない」

 簡潔な答え。しかし二人の間には十分なやり取りだった。

 「ねえパパおなか空いたね。食べちゃっていいの?」

 男の子が言った。

 「少し待つんだぞ。いつも言ってるように、お行儀よくしないと雷が落ちるからな」

 「そうよ、お行儀よくしないと怒られますからね。それにちゃんと許可を貰わないと」

 「分かったよママ。だったら早くお願いしなくちゃ」

 「あらあらタケルったら食いしん坊なんだから」

 「お兄ちゃんいつも私のおやつを食べようとするけど、今日は許さないからね」

 「はいはい、わかったよもう」

 四人の間に笑いが起きる。そばで赤目の死体が転がっていなければ微笑ましい光景なのだろうが、ここはファミレスでもなければ彼らの自宅でもない。

 「マスター」

 男がルペルカスに声を掛けた。

 「構わん。好きにしろ」

 ルペルカスは一瞥すると乗用車のボンネットの上に腰をかけた。

 男が一歩踏み出す。羽織っていたジャケットを脱ぐと女に手渡した。

 「お嬢さん方」

 袖を捲くり上げつつ男が叫んだ。

 二人は無言でジッと正面の〝敵″を見据える。

 「悪いが僕も家族を養う家長の立場なんだ。せめて子供達が成人するまでは育てあげる責任がある。この子たちの為に、ひと肌脱いでは貰えないだろうか」

 「残念だけどあなた達はもう人間じゃないの。今の気持ちは全てまやかし。かわいそうだと思う。不運だったと思う。だから抵抗しないでほしい」

 「人間じゃない?そんなことは分かってるよ。でも仕方ないじゃないか。僕達だって死にたくない。好きでこうなったと思っているのかい?冗談じゃない。来月には新築の家に引っ越す予定もあるんだ。こんな身体でも幸せに暮らすには、少しくらいの犠牲に目をつぶって生きないといけないんだ。なあにこれくらいならバチは当らないさ。君達だって豚や牛を食べるだろ?魚も果物も食べるだろ?僕らだってそうだ。それがたまたま人間を食べないと生きれない身体になってしまっただけだよ」

 ステラにやり場の無い怒りがこみ上げる。

 彼も含めてこの家族はなにも悪くない。たまたまルペルカスの目に留まり、不運にもこうやって改造された。肉体を、そして精神を。

 心までバケモノになった相手の方がやりやすい。境遇は同じでも、心をもって居ない。以前の記憶も無く、本能に従い行動する。

 しかし彼らは違う。本来持っていた優しい人格を残したまま、バケモノにされてしまったのだ。ルペルカスへの絶対の忠誠と、食欲に対する傲慢な思考回路。自分の境遇を理解していながらも、狂気をやめることが出来ないことへの葛藤が伺うことができた。

 「どうやら許しを得ることは出来ないようだね。僕達を不運で片付けてしまうのなら、君達もまた不運ということだ。調理してやることは出来ないけど、それくらいは許してくれよ」

 赤目の孤児とは比較にならない速度で男が久万に迫る。

 即座に反応したステラが、炎の弾丸を連射した。

 ダダダダダッと音が響く。

 男が爆炎に包まれるが勢いは衰えない。両腕で顔を覆いガードしたのだ。腕の表面が焼け焦げているものの大した効果は得られなかった。

 接近し振り上げられた拳が久万の頬を掠る。血が噴き出すよりも早く二撃目を繰り出そうとするが、男を横殴りの衝撃が襲った。

 「ぐっ」

 無防備な側面からの攻撃をもろに受けた男が吹き飛んだ。飛ばされる男を追うように駆けるのは久万が使役しているみずのえだった。

 壁に叩きつけられる寸前、男は反転し体勢を整えるとギリギリで壁に着地した。しかしそのタイミングを壬が襲う。大きな口を開き噛み砕かんとするが、男が顎を掴み閉じないように受け止めたのだ。

 血管が浮き、腕の筋肉が丸太のように膨れ上がる。拮抗した状態で力比べがはじまった。男は少しでも力を抜けば死ぬことになる。

 この機を逃すまいと二人が動く。しかしステラに女の子が、久万に男の子が飛び掛ってきた。子供とはいえ第二世代にされた山羊の孤児である。パンチ一つが致命となる。即座に距離を取らされ攻勢の機会を無為にされた。

 その間に壬の腹部に女の体当たりが決まる。さらに怯んだところを二人がかりで反撃された。一秒に満たない間で壬が吹き飛ばされる。余程の威力があったのか血を吐き、久万の影の中へと消えていった。

 〝やり辛い〝久万は率直にそう感じた。これは主に精神的にやり辛いと感じたのだ。

 子供たちがクスクスと笑っている。親も同様に笑いをあげる。ステラから大きなため息が漏れた。

 「おやおや、お嬢さん。諦めて頂けたのですか?」

 男が声を掛けるがステラはルペルカス一点を見つめる。

 「貴様を必ず殺す」

 建屋内が震えるほどの怒声。一呼吸の間も無くステラの右腕に赤い魔法陣が三重に展開された。重量を感じさせる腕をスッと流れるように正面に向ける。

 「開放 -ファイエル- 」

 業火を纏った幾重もの蔓が高速で伸びる。

 「なっ!!?」

 向かう先は子供が二人。咄嗟に左右に避けるがワンテンポ遅れた男の子の足が灼熱に巻かれた。

 「パパッ」

 悲痛な叫びが響く。しかしステラに一切の容赦は感じられなかった。瞬時に全身に炎が回る。蔓は全身を包むと高温の繭となって骨すら残さず燃やし尽くした。

 「タケルー」

 一部始終を目撃した女が叫ぶ。激怒した女が、感情に身をゆだねステラに突進した。しかし冷静に行動を予期した久万が横合いから切りつけた。

 彼女の手には何も無い。

 無手。

 しかし女の首がごとりと落ちた。断末魔すら無い、自らの死すら意識できないほどの速さで絶命した。

 「殺女あやめ

 久万が呟くと、うっすらと刀身が浮き上がってくる。

 妖刀・殺女は、もともとは神器だったものが紆余曲折を経て妖刀、九十九神となったものだ。切れ味だけなら世界中の刀剣の中でも上位に入る業物である。久万はいつもどおり命の盟約で自らに取り込み、本来ならば所有者を襲う呪いを無効化していた。他人が使うと切った傷が、そのまま自分に返ってくる諸刃の刃である。

 今はこの一振りだけを召喚しているが、本来は対となるもう一振りが存在する。にえの太刀と呼ばれる儀式用の短刀である。この刀も殺女同様に悲運を辿り、封印されていたものを久万が所持することとなったものである。

 ステラが女の死体に火をかけた。強烈な勢いで炎を上げる。この勢いならば数分で灰となるだろう。

 燃え上がる炎を尻目にステラと久万が、残った二人に目を向けた。


 怒り狂う男、雄叫びがあがる。

 二人の距離からではハッキリとはわからないが目元から雫が垂れたように見えた。

 地面はコンクリートで固められ、剥き出しの鉄骨が倉庫を支えているが、その鉄骨を縦横無尽に男が跳び回る。機を見計らい男が二人の背後を取った。

 絶好のタイミングでの急襲、硬く握られた拳は、時速百キロのボーリング球の衝撃に匹敵する。もちろん当れば人体は風船のように破裂する。

 しかしステラは振り返ることなく紙一重でかわす。

 勢いを殺し損ねた男がステラの正面へ抜け、地面に突っ伏した。

 彼女の右腕は今も魔法陣が二重で展開している。

 パチンという音が鳴った。

 指が弾かれた音。

 魔法陣がひとつ消失すると同時に、ふわっとした熱気が辺りを包み、男を中心として炎の竜巻が現れた。人の背丈程度のサイズではあるが、渦を巻き灼熱を帯びている。

 もはや声にならない咆哮が響くが、それも数秒で消失した。残るは女の子だけである。

 二人の視線が少女と交錯する。ヒッと怯えた声が漏れた。

 ステラは無表情のまま近づくと再び指を鳴らした。

 

 「血も涙も無いとはまさにこのことだなあ、ジークステラ」

 厭らしい視線が嘗め回すように上下に動く。身振り手振りを加えながらルペルカスが口を開いた。

 「子供の目の前で親を殺す。生きたままの、いたいけな少女に火をかける。さすがは魔女だよ。想像以上のプレイじゃないか。不機嫌だった私も、心から機嫌が良くなるのがわかるよ。やはり私が愛するジークステラだ。いつも期待を裏切らない。去年もそうだったよなあ」

 「貴様の下品な趣味に付き合うものこれで最後だ。覚悟はいいな」

 「何を言ってるんだ。せっかく私がもてなしているのに、これだけで済むはずがないじゃないか」

 ルペルカスが後ろを振り返り、右手を上げた。

 二人は咄嗟に警戒を強める。しかし何もおきない。

 十数秒の静寂ののち、プシュっという空気が抜ける音と共にバスの扉が開かれた。

 ぞろぞろと中から人が降りて来た。

 みな一様に自我が感じられない。さながらゾンビのようにゆっくりとした動作をしている。

 「畜生!やっぱりまだ生焼けじゃないか。残念だが少し早かったようだ」

 言葉の内容ほど口調は悲観していない。おそらくこういう状態だということを知っていたのだろう。

 「まあ、こんな中途半端な感じだが、ある意味まだ人間なんで喜んで殺してくれ。もう少し経ったら少しずつ食欲と自我を取り戻すんじゃないか。嬉しいだろ?」

 二十人弱がおぼつかない足取りで二人に向かって近づいていく。

 「ステラちゃん。この人たち」

 「ああそうだ。まだ人間として生きてる」

 「じゃあ助けることが出来るの?」

 「分からない」

 前例が無かった。このような状態の人間を救う手立てがあるのだろうか。正直分からなかった。見た目は普通の人と変わりが無い。しかし魔力を通して見ると明らかに普通じゃなかった。

 本来、孤児は闇の属性を持つ。持つというより塊に近い。その孤児は個体差が激しいものの共通したことは子孫を残せないこと。

 そもそも寿命が無いので子孫を残す必要が無い。しかし固体を増やすことが出来る。それが、人間を取り込み、自らの血肉や、力を分け与え同族へと変貌させるのだ。

 純粋な人間との混じり気がない孤児を第一世代。その第一世代が直接力を分け与えたものが第二世代。第二世代が作った孤児、または第一世代が急造で作ったものが第三世代の知能が低い孤児となる。そのほかに種族によって違いがあるが、下級で知能を持たない化物も存在している。ネクロマンサーといった死体を動かす魔術なども、元は孤児研究の賜物であった。

 また闇の属性の特徴として人間や生き物に対して非常に有害なことが挙げられる。そのため、闇の魔術を使える人間が非常に少ない。特別な耐性が無い限り研究するだけで、寿命を縮めることになるからだ。

 今、目前に居る彼らは、魔力属性的な観点で見ると、重油にまみれた海鳥のように見える。闇の魔力という重油がベットリと付着して一筋縄では洗い落とせない状態となっているのだ。それほどまでに穢れてはいるが、まだ人間だということは分かる。

 闇の魔力を全身に浴び、何日も費やし熟成させようとしていたのだ。彼らはその途中、半端な状態で無理やり目覚めさせ、稼動させている。あと数日間漬け込めば先ほどの家族のような、完全に作り変えられたバケモノへとなっただろう。苦悩しながら人を喰らう鬼へと。


 「助けることができるなら、今は……」

 ステラが一人を確実に失神するほどの威力で吹き飛ばした。久万も意を決したように行動に移す。

 次々に叩きのめす二人。相手の動きは遅く、反応も鈍い。

 「とまって、正気に戻って」

 久万は叫びながら殺女の峰で叩き伏せていた。

 一分ほどで全ての相手が地面に倒れていた。しかし次々と立ち上がる。口からは涎をたらし目はあさってを見ている。何度たたき伏せても立ち上がり、動きを止めない。

 何度も……

 何度も……

 何度も……

 首を締め無理やり意識を落そうとするも効果は無かった。

 二人を絶望が襲いはじめる。救うための時間を稼ぐ方法が無いのだ。一時的に昏倒させておけば、ルペルカスを始末したあとで策を練ることができる。しかしこの状態が続くようならば、どうしようもない。死ぬまで殴り続けるか、ひとおもいに殺すしかないのだ。

 必死に考えるが、他の策が無い。久万もステラも同じことを考えていた。

 ルペルカスの不適な笑みが気に食わない。こうやって苦悩する様を見て喜んでいるのがひしひしと伝わってくる。悔しいがその策にどっぷりと嵌っている。心を鬼するしかないか、なんども久万とステラの視線が交錯する。どうするかと。

 数分が経過し、もう他の手立てが無いことを悟り始めたとき、ステラ達の後方、重機の後ろから一人の影が飛び出してきた。

 「父さん!」

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