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学園生活は魔女と共に  作者: あまねく
一章 日常へのアンチパスバック
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篤志の世界 ~Atsushi side~

 さざなみの音。緩やかに落ち着いた調べを奏でている。

 心地よい陽射しを感じた瞬間、身体がふわりと軽くなる。右へ左へ、ゆらゆらと、ゆらゆらと漂い、うねりに身を任せ、引かれる方へと静かに流される。

 目を開いているが、どういう状況かがわからない。

 上を見ると水面があった。薄く差し込む陽の光が、まばらに届き心地良い。

 ここは天国なのだろうか。ゆっくりと下を見るとそこは、ただ暗く永久の闇が広がっていた。水底は見えない。

 この世界へ流れ着いて何時間経ったのだろうか、それとも何秒たったのだろうか。もう何年居るのだろうか。時間の感覚が無い。

 曖昧な流れの中、無心で漂っていると、ふと男とも女とも取れない不思議な声が響いてきた。

 

 「生きたいか」


 もちろん生きたい。死にたくない。まだ何もやってない。何も成してない。助けることも叶わず、一矢報いることも出来なかった。あやふやな意識の中で強く、強く生きたいとと願った。

 口を開くが、声が出ているのかわからなった。だが、何度も、何度も生きたいと願った。


 「何故生きたい。世界はお前を殺した。恐怖におののき、苦痛を味わった。何も思い通りにいかない世界へ帰っても苦しいだけではないのか」


 俺には助けたい人が居た。一緒に過ごしたい人が居た。苦楽を共にした家族と友がいる世界は、時には牙をむき絶望のどん底へ突き落とそうとする。しかしそれに勝る、ある感情が麻薬のように心を満たし苦痛を幸福へと換えていった。

 もう一度強く願う。


 〝生きたい〝


 一度閉じた幕をもう一度上げることが出来るのなら何だっていい。何でもしてやる。俺はもう一度チャンスがあるのならば何だってやっている。


 〝生きたい〝

 〝生きたい〝

 〝生きたい〝


 「ならば受け入れよ。自らの宿命と血の呪いを知るのだ」


 宿命?呪い?

 受け入れるとは、どういうことだ。何が宿命で何が呪いなのか理解できない。そもそも知らないのだから受け入れる以前の問題だ。


 「呪いはお前に流れる血、異端の中でもさらに異質。お前は新たな、道をたどることになる。その道は闇に染まり、永久の時を刻むことになる。それでもなお、生きたいと願うか?」


 改めて問われるまでも無い。気持ちは変わることなく


 〝生きたい〝と告げる。


  「よかろう。ならばお前に私の欠片。私の力を授けよう。この欠片が完全にお前の色に染まるときが古の王の復活のとき。強く願え、生を、命を、激情に身を委ね、お前の奥に眠る力を呼び覚ますのだ」


 一際大きく響いた声がこだました。

 なんともいえない水中のような、天国のような、地獄のような世界で、浮遊していた身体が底無しの闇に引き寄せられる。幾重にも伸びる漆黒の帯は良く見れば腕のよう。身体に巻きついてはしがみ付き、深く、深く引きずり込んでいく。

 走馬灯の様に流れ出した記憶の断片が、鮮明な映像として蘇ってきた。映像は次第に古いものになっていく。美雪の小学校入学式。七五三、すでに忘却の彼方に置いてきたものが、つい昨日のことの様に流れ出してきた。

 程なくして自分が生まれた時の母の顔が浮かび、胎児の記憶が蘇る。

 単純にこれが死ぬことなのかと思い始めたとき、流れていた映像が、奇妙なものに切り替わった。

 淡々と映し出される映像は数百年、数千年の時の記憶。自分ではありえない、誰かの記憶は膨大な量で、傷つけあう人類の歴史が凝縮されたものだった。

 この記憶の持ち主はこの惨状を経て、何を思い感じたのだろうか。とても正視できるような内容ではない。


 億の単位に届きそうなほどの残酷な描写は途切れることが無い。


 どれほどの間、その映像を見ていただろうか、精神力も限界に近づき気が狂いそうになった時、穏やかな時を過ごす記憶が蘇ってきた。

 誰かは分からないが、女と二人で過ごしていた時の記憶の様だ。

 ライトブラウンの髪に、吸い込まれるように美しい漆黒の瞳。無垢で明るい笑顔を絶やすこと無い女。

 二人で世界中を歩いたのだろうか。人目を避け、自然を愛でる女の姿は微笑ましく映るが、時折悲哀の色を浮かべた顔を見せる。一見幸せそうに見える二人は、とても寂しそうな印象を受けた。


 幾星霜の年月が流れ、その時間も終わりを迎えた。


 記憶の持ち主は女を残して姿を消し、久しぶりの一人旅を再開した。

 そこからは人類の争いの記憶だけが克明に綴られていた。醜悪な映像が瞼に焼きつきはじめる。その間、記憶の持ち主は淡々と傍観しているだけであった。

 徐々に記憶は古いものを掘り起こしていく。

 人間の数も極端に減り、厳しい自然に翻弄される人間達。

 過酷な環境の中でも争いを絶やさない人間の姿。

 そしてついにその記憶に深淵が見える。

 原始に辿り着いたのだろうか。

 そこには幾人かの影。

 頼もしく、神々しく、尊敬に値し、だれもが敬愛する、そして世界を愛した者の姿。

 名前が思い出せない。

 顔を見ようと目を凝らした時、声が聞こえた。

 数百年を共に過ごした女の声。

 一度たりともの愛することの無かった女の声。

 何も感じず、何も動じず、何も意味が無かった女の声。

 でも、にはひどく懐かしく、愛しい声だった。

 悪夢を見せる世界にヒビが入る。

 俺を捕まえて離さない無数の腕が消える。

 燃え尽きたマッチのようにくたびれた心に力がみなぎる。

 どうやっても動かなかった指先に感覚が戻り、腕を空高くかざした時、視界は光を捉えた。

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