とある不憫な青年の新しい日常
今回は前回よりも長めです。
もうちょっとまとまりのある文章にしたいなぁと思いつつ…
レイ視点でのお話です。
ある日突然降ってきた少女はそうして日常をかき乱していく。
1
ガターンという音が隣の部屋から響いたとき、俺と師は新しい術を
作るための魔法式を作っているところだった。
思わず、師と顔を見合わせ、どうしようか思案する。
「…休憩にしようか。」
「そうですね…」
二人してふーっと息をつくとふっと笑いあう。
「僕が見てくるよ」
「いえ、私が行ってまいります。」
「怪我してたら大変だ。また泣いているかもしれない。」
そういって、さっさと立ち上がって隣室に向かう師の後を追いながら
ため息をつく。
半年ほど前に急に異世界からやってきたという少女を師が拾ってきた。
深夜に血まみれの少女を抱えた師にたたき起こされた時のことは一生忘れないだろう。
師と一緒に夜明けまで傷と骨折の処置を行い、朝になれば熱が出てきた少女の看病を行った。
まったく言葉のわからない少女が混乱して泣きだしては師が必死で慰めていた。
なにせ異世界だ。
言葉も常識も食べ物も違う。
ある程度回復してきたので、食事をとらせようとしたら、こちらの食べ物が合わないのか
しょっちゅう吐いては、また熱を出すの繰り返し。
食べ物を吐き出しては、泣きながらこちらに向かって何度も何度も同じ言葉―
おそらく自国の言葉で謝っていたのだろう―を発していた。
初めに熱を出したとき水分と果物は何とか食べれるようだったので、しばらくは水と果物を与え、
他のものはすこしずつ…師が食事を作れないので俺がひたすら作っていた…
大丈夫そうなものを見極めて少女の体に慣らすように作っていった。
そのころは少女が師にしか心を開かず、俺が行くと泣かれる頻度が高かったので、
食事をさせたりや看病もほとんど師がつきっきりで行っていた。
熱もあまりでなくなってきた今でも師そのころの名残か少女に対して大分甘いのである。
少女も師に対して全幅の信頼を置いているのがわかり、師がこうして仕事をしていない時は
鳥の雛のように後をついて回っている。
また、少女はそそっかしいようで、動きまれるようになってから歩くたびにしょっちゅう物を落としたり、
転んだりしているのだが、そのたびに師はこうしていちいち様子を見に行くのである。
ため息もつきたくなるってもんだ。
師も師でいったん少女の傍に行くとなかなか離れられないもんだから、
研究や、仕事がこことのことろ大変おろそかになっているのだ。
もともとさぼり癖のある師だから、慣れてはいるのだが…。
「サヤ。大丈夫?」
ドアを開けると、奥の本棚が半分倒れ掛かっており、思わず悲鳴が上がるところだった。
本に埋もれた少女、サヤが本棚が倒れないように右腕で支えており、
思ったより大変な事態だ。
慌てて俺がが本棚をもとに立て直し、師がサヤを本の中から救出する。
どうやら、椅子を踏み台にして何か本棚をあさっていたようだが、
バランスを崩して、慌てて本棚につかまり、引っ張ったため本棚ごと倒れてしまったらしい。
なんとせわしない子だ。
「何を、していたの」
師が、怒った顔をしてサヤをに問う。
「ごめんなさい。コトバ、勉強、探す」
多分、言葉を覚えるものを探そうとしていたんだろう。
そのうち本格的に教えようと思い、師と俺でちょっとづつ単語は教えていたのだが、
どうやら、学習意欲が沸いたらしい。
それならそうと言ってくれればいいものを…
「どうして、僕やレイに言わなかったの?」
師も同じことを思ったらしい。
「仕事、邪魔。レイ、サリュ、迷惑。」
(サリュは師の名前だ。)
俺たちの迷惑になるから自分で覚えようとしたってことか。
心意気は買うが、ここにあるのは専門書ばかりで、気楽に読めるような本はない。
それに、こちらの言葉を幾らも知らないのに一人で覚えようとするのは
あまりに無謀といえる。
しょぼんとしたサヤに対して同情心は沸くのだが、師はそれでも怒っていた。
「まだ左腕がちゃんと動かないのに…もっとひどい怪我をしたらどうするんだ。
かかったら危ない薬がある棚もあるんだよ。」
言いざまは丁寧だが、顔からは表情が消え、目は鋭い。
普段笑顔が多い分こういう時は本気で怖い。
サヤも師の怒りを感じてか、震えながら涙目になっていた。
「コトバ、覚えない。サリュ、使えない。捨てる…」
使えなくて捨てるなんてこと、師の可愛がりっぷりを見ていると
ありえないのだが、それでもかなり特殊な仕事をしているだけに、
ある程度言葉を覚えて、この世界になれたら孤児院に預けるか、
どこか養子にやるかと考えていないこともなかった。
それでも「心配かけてごめんなさい。もうしません。」というサヤの言葉で
師も眼光を和らげ、サヤを抱きしめた。
「捨てないよ。使えないなんて思ってない。言葉もゆっくり覚えればいいんだ。」
師は、サヤの背中をゆっくりさすりながら捨てないよ、ともう一度つぶやいた。
泣きながらサヤは恐らく自国の言葉で何事かつぶやいた後、ありがとう、とつぶやいて
師にしがみ付いた。
そうして、その光景をほほえましく見ている俺はといえば、この本棚の惨状と、
今後の教育係はどうするのか、師の仕事のこともあるから俺が志願すべきか等と
今後のことについて思いを馳せるのだった。
結局、言葉を教えたがる師匠に、サヤ自身が遠慮をして、俺が教えることとなった。
サヤは覚えがいいほうではないが、努力家であるし、素直なので、思ったよりもやりにくくはない。
加えて、仕事がある程度終わっていればサヤとティータイムをするという暗黙の了解ができ、
師が比較的真面目に仕事をするようになったことは俺にとって一番よかったことだろう。
しかし、その後のサヤの「私も弟子になりたい」発言で
また、彼の日常がひっかきまわされていくのはもう少し後の話。