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第8話【閑話休題①】三崎陽花里の場合①

■三崎陽花里の場合■


 凛ちゃんと別れて、マンションに戻り、誰もいないエントランスを抜けてエレベーターの前に立つ。

 誰もいないと分かっているのに、いったん後ろを振り返る。

 見えるのはガラス越しの外の世界。

 薄い月明りの光が差し込んでくるだけで、やっぱり誰もいない。凛ちゃんはちゃんと帰れただろうか。


(はぁ…)


 ため息をつきながらエレベーターの扉をあけ、目的の階のボタンを押す。身体が上に引っ張り上げられる感覚が一瞬だけ襲ってくる。1…2…3……4………5……6…7

 扉が開き、私はエレベーターの外に出る。

 

「…寒い」


 寒いのは夜風に吹かれているからでもあり、ついさきほど、人生ではじめて、大好きな子に告白をして、そして見事に玉砕してしまったからでもあった。


(あんなこと…なんで言っちゃったんだろう)


 好き、という気持ちを伝えたこと、それ自体には後悔は何もない。今まで、自分で自分の気持ちに気づかないふりをしていたけど、やっぱり無理だった、というだけの話だから。私は、凛ちゃんが好き。女の子同士だけど、そんなの関係ない。凛ちゃんのことを考えていたら心が暖かくなるし、こんなの、他の子じゃ考えられない。

 後悔しているのは、凛ちゃんを困らせてしまったこと。


(私の我儘で、大好きな凛ちゃん、泣かせちゃった…)


 胸が痛い。みんな、凛ちゃんのことをクールだとか冷静だとか言っているけど、そんなこと全然ない。凛ちゃんは優しくて、かっこよくて、でも時々しおらしくて、何のことは無い、普通の女の子だ。


(普通、じゃないか。とっても可愛い、女の子だ)


 訂正訂正。

 とってもとっても可愛い、最高の女の子だ。


 そんな凛ちゃんを困らせてしまった…それも私の我儘で。


(明日はお休みだから…明後日、どんな顔して凛ちゃんに会えばいいのかな…)


 そう思いながら、ゆっくりと扉を開ける。

 もう遅いから、みんな寝ている…はず。

 起こさないように、迷惑かけないように。

 光が漏れ出してくる。


 暗闇の中にいた私は、柔らかな部屋の明かりに照らされていた。


「ひかりーーーおかえりーーー」

「おかーりー!」


 家の奥から、とてとてとて…と2つの足音がしてきたかと思ったら、小さな可愛い姉妹が両手を前に突き出しながら歩いてきた。


「のぞみ、こだま、まだ寝てなかったの?」

「ひかり待ってたー」

「てたー」


 ぺたぱた歩いてきて、そのまま私の足にぎゅーっと捕まってくる。

 私の右足にくっついているのが、8歳の姪っ子、のぞみ。

 私の左足にくっついているのが、6歳の姪っ子、こだま。

 ここ東京で私が居候させてもらっている、叔母さん夫婦のお子さんたちで、私によくなついてくれている。


「のぞみもこだまも、そんなにくっついていたら、陽花里お姉ちゃん靴脱げなくて困ってしまっているでしょう?」

「瑞穂叔母ちゃん、ただいま帰りました」

「おかえりなさい、陽花里。ライブ、楽しかった?」

「…うん。ライブはとっても、楽しかったよ」


 助け船を出してくれた瑞穂叔母ちゃんは、ちょいちょいっと子供たちを手招いた。さっきまで私の両足にくっついていた姉妹は叔母のほうへと戻っていく。


「ねむい…」

「こんなに遅くまで起きてるからよ」

「でもひかりがちゃんと帰ってこれるか心配だったんだもん」

「そうだね。でもちゃんと帰ってきてくれたね、えらかったね。だからそろそろ寝ようか」

「うん」

「ねるー」

「じゃぁ、陽花里おねえちゃんにちゃんとおやすみって言っておいで」

「ひかりー」

「おやすみー」

「すみー」


 そういうと、来た時と同じように、ぺったんぺったん足音残しながら部屋の奥へと戻っていった。奥から、「おー、大好きなお父さんのところに戻ってきたかー」という叔父さんの声が聞こえてくるから、すぐに寝させてはもらえないかもしれないな、と思った。


「さて…」


 靴を脱ぎながら、身体についた外の埃を払っている私を見ながら、瑞穂叔母ちゃんは腰に手を当てると、ゆっくりとした声で、私に尋ねてきた。


「ライブは、楽しかったんだね、陽花里」

「…うん。とっても」

「それじゃ…ライブ以外は、どうだったんだい?」

「…」


 見上げる。

 別に怒っている顔をしているわけではない。この叔母は、何を言ってもいつも大抵怒っているように誤解されてしまう言い方をしてしまうのだ。

 米倉瑞穂、38歳。私の母親の妹さんで、島から出てきた私を居候させてくれている。専業主婦でいつもいろいろ大変そうで、たくさん迷惑をかけているから、出来るだけ心配はさせたくないんだけど…


「ほーら、陽花里ー。あんたの中には嘘ついたりごまかしたりするっていう機能が全然備わっていないんだからね。見ていて逆に心配になってくるくらいだよ。もっとうまく嘘つけないと、この東京では暮らしていけやしないよ」

「あー、ふぁふぁった、ふぁふぁりましたー」


 どうやってごまかそうかな、と思っていたら、ほっぺたをつままれてしまった。私、20歳なのに…もう大人なのに。

 腕をぱたぱたさせているこの姿は、まだ大人になり切れていないのかな。


「告白しちゃった」

「あらま、それはおめでとう。まぁあんたも見てくれは中学生みたいに可愛いけど、中身は一応大学生の成人だから、いいことじゃないか。それで相手は誰だい?あんたが押してるっていう、そのアーティスト様に告白して玉砕しちゃったのかい?」

「…ライブに誘ってくれた、友達」

「そっちの方かー。まぁ、その方が当たり前か。友達…友達?たしかあんたがいつも言っている友達は…」


 瑞穂おばちゃんが、ちょっと首をかしげている。

 私も同じようにかしげて、視線を合わせた。


「女の子、じゃなかったかい?」

「うん。女の子」

「…そういえば陽花里、あんたそもそも、男の友達っていたっけ?」

「男の子嫌い」

「そうか、じゃぁ女の子の方が好きか」

「女の子苦手」

「けったいな子だねぇ」

「…凛ちゃんが好き…。凛ちゃんだけが、好き…」


 首をかしげたままだから、流れた涙は頬を横切って重力にしたがって下に落ちていった。


「結果は…まぁ、その様子見ていたら、聞くまでもないか」


 そう言いながら、瑞穂おばちゃんは私をそっと抱きしめてくれた。

 玄関先の埃が舞う。

 全然、ロマンティックな場所じゃない。失恋した時って、綺麗な公園とか、海辺の砂浜とか、星の瞬く空の下で慰めてもらえるもんじゃなかっただろうか。

 こんな、生活感に満ち溢れた、マンションの玄関先だなんて…まぁ、私にお似合い、なのかもしれないけど。


「陽花里をふるなんて、その子も見る目がないねぇ」

「…凛ちゃんのことを悪く言わないで…」

「ふられたのに、諦められないのかい?」

「むり…」

「そうか…じゃぁ仕方ない、ちゃんと引きずりな」


 ぽんぽん。

 背中を叩いてもらう。


「しかし、あんたが女の子に告白ねぇ…」

「普通じゃなくてごめんね」

「別にいいよ、気にするな」

「ありがとう…」

「いや、別に感謝される必要はないよ、ただ、血は争えないものだなー、って思っただけだから?」

「血?」

「そう、血」

「…わかんない」

「つまり、私も男の子より、女の子の方が好きだった、ってだけのことさ」


 え。

 え。

 えーーー。


 私は思わず、まじまじと叔母を見つめてしまった。

 だって、だって。

 今さっきまで、私にまとわりついてくれていたのぞみちゃんとこだまちゃん。叔母さんの娘だよね?それに今部屋の奥で2人と遊んでいる…寝かしつけるんじゃなかったかな…まぁ、それはおいておいて…ご主人さんともいつも仲良くしているし。あれ、あれれ?


「初恋は女の子で、付き合ったのは別の女の子で、結婚したのは今の旦那、それだけだよ」


 それだけ…それ、と、だけ、の間に、深くて長い断絶がたくさんあるような気がして、ちょとくらくらしてしまう。


「陽花里、今のあんたの年なら、もうこの恋だけが全部、この恋を逃したらもう二度と同じ恋なんて出来ない、なんて思ってしまいそうになるけど、そんなことは無いからね」


 ぽんぽん、背中をたたく音が柔らかい。

 リズムよく、心臓のリズムから少しだけずれて、私を落ち着かせてくれている。


「何が正解かなんて最後まで分からないものさ。少なくとも今、私は優しい旦那と可愛い子供が2人、それに私を慕ってくれる姪っ子までいてくれるんだから、あの時終わった恋をずっと追いかけていなくてよかったな、こんな未来もあったんだな、って思ってるよ」


 あ。

 そうか。

 叔母さん、私を慰めてくれてるんだ。

 心配、かけちゃってるな…

 安心してもらわないと…


「私、ふられちゃいました」

「そうみたいだねぇ」

「かなしくて、さびしくて」

「それはまぁ、仕方ないね」

「でもやっぱり、まだ、ずっと、凛ちゃんが好きです」

「それも、まぁ…」


 仕方ない、ね。


「失恋って、つらい言葉だねぇ。恋を失うって、なかなかひどいことを書いている…でもね、失っただけで、別に恋が無くなったわけじゃないからね」


 あんたの胸の中には、まだまだずっと、残っているんだね。


 …残ってる。

 うん。

 凛ちゃん。

 凛ちゃんを好きだっていう私の気持ち、まだ、ずっと、ここにあるよ。



「それを失くすことは、別に恥ずかしいことなんかじゃないんだからね。それだけは忘れないでいてね」


 叔母さんは最後にもう一回、私の背中をぽんと叩いた。


「さぁ、お風呂にお入り。お湯の準備はもうしているよ。お風呂であったまって、顔を洗って、綺麗になって、今夜は寝なさい。大人のアドバイスはきくもんだよ」

「…ありがとう、おばさん」

「どういたしまして、陽花里」


 私は立ちあがって、ぺこり、とおじぎをした。

 そして、歩く。

 

 今夜は疲れた。

 今夜は寝よう。

 寝てたらまた泣いちゃうかもしれないけど、そしたらまた、朝に顔を洗おう。


 明日は日曜日。


 明日、凛ちゃんにメッセージを送ろう。

 綺麗な私の写真をとって、私は大丈夫だよ、って安心してもらおう。


 明後日は月曜日。

 凛ちゃんに会いに、大学に行こう。


 私は、凛ちゃんが、やっぱり大好き。

 遠い未来の先は分からないけど。




 月曜日までにこの恋心が無くなるなんて、私には思えないもの。


 

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