第6話 告白。
マンションの入り口で、陽花里が顔を真っ赤にして、震えながら私を見下ろしていた。
ぷるぷる震えている。膝ががくがくしているのが分かる。
身体の震えに合わせて、握りしめたスマホから下げられたタコのストラップがゆらゆらと揺れている。
汗。
汗をかいている。今は6月下旬。だんだんと暑くなりかけている時期だけど、まだこんなに汗を流すような時期でもない。むしろ今は真夜中。少し肌寒いくらいだ。
つまり。なんていうか。
陽花里は無茶苦茶緊張していた。
そして同じかそれ以上に、私も緊張していた。
(陽花里の…さっきの…言葉…)
黙って陽花里を見つめたまま、受け取った言葉を反芻する。
(私は、三崎陽花里は、凛ちゃんのことが…好きです)
好きです。
好きです。
聞き間違えなんかじゃない。
よくあるラブコメ漫画みたいに、不自然に聞き間違えるような余地すらなかった。完全に、完璧に、一切合切無駄の入る必然性もなく、弱弱しかったけど、決して壊れることのないダイヤモンドのような告白だった。
(陽花里が…私を…)
気づかなかった。ううん。気づかないふりをしていた。私もたぶん心の中では陽花里は私のことを好きでいてくれるんだろうな、とは思っていた。
でも、その想いは愛情ではなく、友情方面の方が強いのだろう、と思っていた。
だって。
(私が、そうだから)
答えなきゃいけない。
陽花里は勇気を出して告白してくれたんだ。
それを受け取った私は、ちゃんと答える義務がある。
「陽花里…私は…」
「ごめんっ、凛ちゃんっ」
私の言葉を遮るように、陽花里がまた大きな声を出した。
そしてそのまま、マンションの入口を出て、たったったと段を駆け下りて、私のそばへとやってくる。
先ほどまで、下から上に覗きあげていた陽花里が、今は私の視線の下で、肩を上下に揺らしながら、見上げてきていた。
「突然、こんなこと言って、困らせちゃったよね。ごめんね。凛ちゃんを困らせたいわけじゃないの」
「陽花里…」
「あのね…私がね…凛ちゃんを好きだっていうのは…本当だよ。前から、ずっとずっと好きだった。いつから好きだったかはもう忘れちゃった。気が付いたらもう好きだった」
いつもならここで私にくっついてくる陽花里が、今は触れてこなかった。触れそうで触れない、存在を感じるけど触ることが無い、そんな微妙な距離にいる。
だから、夜風が吹いてきて、少し寒さを感じてしまった。
「今日、凛ちゃんから、私のことを大事な友達だって言ってくれて、その言葉がとっても嬉しくて…そしてね、ごめんね。とっても、悲しかったの」
「…」
「凛ちゃんが私のことをこんなに大事に想ってくれているのに、それ以上を望んじゃってる自分がいるのが分かって…駄目だね、私。こんなこと言ったら、また凛ちゃんを困らせちゃう」
震えてる。
陽花里の肩が震えている。寒いから…だけじゃないよね。怖いから、震えているんだよね。
私は、ごく自然に、当たり前のように、一歩陽花里の傍に近づくと、そっとその小さな肩を抱きしめた。
「陽花里。有難うね。気持ちを聞かせてくれて有難うね。そして、私、こんな性格だから、うまく言えないんだけど、だけど本当のことを言うね。私も、陽花里のことが大好きだよ。でもね、すごく大事な友達だとは思うけど、でも付き合って彼女になって、とかいう方の好き、じゃないの」
腕の中で、陽花里がびくっと動いたのが分かった。
私の言葉がそうさせた。そうなるだろう、って分かっていて、言った。
だからこれは、私の責任なんだ。
「前からずっと…話したことあると思うけど…私、好きな人がいるんだ。昔から、ずっと、ずっと、ずーっと好きな人。中学生の時に好きになって、中学生の時に告白して、中学生の時にふられて、高校生になってからもずっと好きで、諦められなくて、高校生の時にまた告白して、また…ちゃんと、ふってもらった子がいるんだ」
「凛ちゃん…?」
「その子はね、今、結婚してる。好きな人と一緒に暮らして、幸せになっている。私は最後まで一度も選ばれなかったけど、でも、それでいいの。あの子が今幸せでいてくれるんだって思うだけで、私は幸せなの」
「そんなの、凛ちゃんが可哀想すぎる…」
「陽花里は優しいね。そんなところが大好きだよ。でもね、違うの。私は可哀想なんかじゃない。私は幸せなの。こんなにも想える人に出会えたなんて、出会えずに、恋を知らずに死んじゃうよりも、ずっと幸せなの」
分かる。
たぶん、私は間違っている。
あの子だって…私がこんな風になるのを望んでいないだろうってことくらい分かる。
あの子が私をきっぱりとふってくれたのは、あの子が優しいからだ。
凝り固まった未来に執着することなく、新しい未来に向けて動けるように、ちゃんとその余地を作ってくれたんだ。
「じゃぁどうして…凛ちゃん、いま、泣いているの?」
私が泣いて…
泣いてた。
また泣いちゃってた。
昼間に映画を見た時も泣いたのに、いったいどれだけ、私の中にまだ水分が残っているんだろう。
「これは…違うの」
「違わないよ。だって、私も同じだもん」
涙で視界がぼんやりと揺れながら、見てみた陽花里の顔が濡れていた。
私の涙が落ちたのかな、と思ってけど、違った。
陽花里の涙は、陽花里自身の涙だった。
可愛らしい顔がめちゃくちゃだ。拭いてあげないと、と思っていたら、逆に泣いてる陽花里の方が私の涙を拭きにくる。
「凛ちゃん泣いてる」
「陽花里だって泣いてる」
「うん…私ね、いま、好きな人にふられちゃったの」
「ごめんね」
「あやまるぐらいなら、付き合ってください」
「…ごめん」
「いいよ、許してあげる」
凛ちゃんの方が、私よりもっともっと、泣いているから。
「私のこと、まだ友達でいてくれる?」
「私には…陽花里しか友達いないよ…」
「凛ちゃんなら、その気になればいくらでも友達できるよ」
「陽花里しかいらない。私、友達なんて、陽花里だけいればいい」
「そんなの…まるで愛の告白みたいだよ、凛ちゃん」
「告白だよ」
私と、お友達でいてくださいっていう、愛の告白。
「卑怯だなぁ、凛ちゃんは」
「ごめんね」
「ううん。いいよ。今は」
陽花里は、私の大事な友達は、「最後に一つだけ、聞いてもいい?」と聞いてきた。私は「うん、もちろん、何でも聞いて」と答えた。
「凛ちゃんの好きな人の名前、教えて」
「星野未来」
「どんな漢字?」
「空の星に、野原の野、そして過去現在に続く、未来」
「そうなんだ…じゃぁ…」
陽花里は下から私をぎゅっと抱きしめてくれて、そして私の耳元で、小さく、宣言をしてきた。
「私…これから…凛ちゃんの…星の先の野原の未来にある…ひかりを目指すから、ね」
それは、これから先も、私のことを好きだという宣言であり、恋を失ってもまだその恋を忘れられない私には否定することが出来ない言葉でもあり…
私の大事な友達の告白だった。




