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第5話 大切なお友達

「陽花里…?」

「あ、ご、ごめんね、凛ちゃん、ちょっとびっくりしちゃっただけで…あはは」


 気丈にふるまってはいるものの、明らかに動揺しているのが丸わかりで、私は心配になって陽花里に駆け寄った。

 陽花里はびくんとして、私の顔を見て、それから一歩、後ろへと後ずさる。


「別に大丈夫だから、だから、凛ちゃん、心配しないで」

「陽花里がそんな顔をして、心配しないわけがないじゃない」


 私は陽花里の肩に手をかけた。小さい。ちっちゃくて、柔らかくて、そして、小刻みに震えている。寒いわけがない。さっきまであれだけライブを楽しんでいたんだから、身体は温まったままだ。暑いくらいだ。


「陽花里は、私の大事な…大事な友達なんだからっ」

「…」


 陽花里の震えが止まり、すっと、私を見上げてきた。

 瞳が潤んでいるのが分かる。

 いつもの陽花里の、黒くて優しいその瞳の中に、涙が溢れてきて、そして、こぼれた。


「とも…だち?」

「うん。友達。陽花里は、私のかけがえのない、大切な友達だよ…っ」


 そう言って、ぎゅっと抱きしめる。

 力いっぱい陽花里を抱きしめていたら、改めて、陽花里ってこんなに小さいんだ、と実感してしまった。

 小さくて、可愛くて、でもそんな中に溢れんばかりの情熱を持っていて。


(私にはないものだ)


 繊細で、壊れやすそうな、才能で出来上がった磨き上げられた氷の宝石みたい。触っていたら、熱で溶けて消えてなくなってしまいそうな気がする。


「あの…こちら、落としましたよ」


 声をかけられる。落ち着いた、静かでよく通る、透き通った声。

 陽花里をぎゅっと抱きしめたまま、少し振り返る。


 ライブ中と同じ服。軍服を模したコスチュームに、艶やかで美しい長い黒髪。眼鏡の奥から見える瞳は、その髪と同じように漆黒で、うまく感情を読み取ることはできなかった。

 色葉さん。

 今日初めてお会いしたばかりで、まだ人となりも何もわかってはいないのだけど、なぜか、私に対していい印象を持たれてはいないのかな、と、ふと思ってしまった。


「スマホ、大事なものなんでしょう?」

「ご、ごめんなさいっ。ありがとうございますっ」


 返事をしたのは、さっきまで震えていた可愛い小動物。

 先ほどまで血の気が引いていて、青ざめた顔をしていたのに、やっと、少しだけ元の陽花里に戻ってきた気がして、私は胸をほっと撫でおろすことができた。


「大事なものなんです…このストラップ…」


 陽花里は手を出して、色葉さんからスマホを受け取った。

 ん?

 色葉さんはスマホって言ったのに、陽花里はストラップって答えたような。変なの。


「本当に、有難うございます!」


 陽花里は、笑った。

 見ている人全てを幸せにする笑顔。クールで冷静そうに見える色葉さんも、例外ではなかった。


「…よかった」


 そう答える色葉さんの頬が、少し薄紅色に染まったのが見えた。分かる。分かりますよ、色葉さん。陽花里の笑顔はたまりませんよね。癒やされ効果半端ないというか…ありきたりな表現で申し訳ないけど、天使の笑顔ってこんな風なんだと思いませんか?

 背の高い色葉さんは、少し腰をかがめて、無言で陽花里の頭を撫で始めた。

 なんで頭を撫でられているのかよく理解していない陽花里は、緊張で汗を流しながら、あわあわ言いながら黙ってそれを受け入れていた。可愛い。


「私たち、これから打ち上げなんだけど…」


 華やかな金髪。輝いている才能。目に見える手に届かない星。なんとなく、そんな幻想を抱かせてしまうような紫苑さんが、私たち2人を見て、にこっと笑った。


「凛たちも、一緒に参加しない?」

「私たちも、ですか?」

「そう、凛たちも」

「どうして、また?私たちバンドに関係ないですのに」

「関係ない?今日のライブを見てくれたのに?」

「ライブ見ただけですよ」

「どうだった?」

「…」


 自信満々のその笑顔。どう?よかったでしょ?私のライブ、すごかったでしょ?分かっているんだから、だからその口から聞きたいなーと、口で言わなくても紫苑さんの表情が雄弁に語ってくれていた。


(…むかつく)


 変な感情が湧き上がる。

 私は、自分で言うのもなんだけど、冷静な方だと思う。…たぶん、冷静だと思う。思いたい。思ってもいいかな…。時々暴走してしまう傾向があるのは、うん、目をつむるとして、それでもお酒でも入らない限り、比較的冷静に物事に対処できてはいると思う。

 なのに。

 この女…風見紫苑という女に対してだけは、なぜか変な対抗心というか、なぜか反発してしまう気持ちがふつふつと湧いてきてしまうのだ。

 むかつく。

 なんか、とってもむかつく。


「…よかったです」

「でしょー!」


 むかつくけど、でも、感動したのは本当だ。

 この気持ちに嘘をついてしまうなら、それは私であって私じゃないものになってしまうだろう。


「なら、私のファンになってくれたね。ほら、ちゃんと関係ができたじゃないか。堂々と打ち上げに参加してきなさいよ」

「…なんかむかつきますね」

「えー、聞こえない」

「絶対聞こえているくせに。その、私は分かってるんだから、って顔やめてもらえます?本気でひっぱたきたくなりますから」


 そう言いながら、陽花里の方を見てみた。

 にわかファンの私と違って…ファン、というのを肯定してしまうのもむかつくんだけど…まぁそれはおいておいて…金色の闇の台ファンである陽花里の方は、打ち上げに参加できれば嬉しいだろうな…


(…)


 陽花里は、黙ったまま、首を振っていた。

 ふりながら、私の手をそっと自分の方に引っ張っていた。

 くいくいっと、小さく、でも確実に。

 帰ろう、凛ちゃん。

 そう言っているように、感じられた。


「ありがたい申し出ですけど、今回、遠慮させて頂きます」

「えー、どうしてー」

「もう遅いですし、それに何より…」


 紫苑さんを見る。

 にやっと、笑ってやる。


「私、お酒、嫌いなんです」


 言ってやった。

 やーい、やーい。




■■■■■



「またふられちゃった」

「あんな不愛想な女のどこがいいの、紫苑」

「不愛想さ加減なら色葉も負けていないよ」

「あら、そうかしら」


 凛とそのお連れの子が帰った後、恨めしそうに店の出口を眺めていたら、相方の色葉から適当な慰めの言葉をいただくことが出来た。


「あなた、別に女の子には困っていないでしょう」

「…色葉はちょーっと、私のこと誤解していないかなー」

「いや、まったく。私ほど紫苑のことを理解している女はいないわよ」

「愛してるよ、色葉」

「その言葉、本気として受け取ってもいい?」

「もちろん」

「…嘘つき」


 色葉はため息をつくと、粛々と片づけを始めている。

 仕方ない。

 今日のところは諦めて、いつも通りの打ち上げを楽しむことにするか。


「次はどうやってアプローチしようかなー」

「…紫苑?」

「ん。なに、色葉」

「あなた…まだ懲りてないの?」


 あんまりしつこいと嫌われるわよ?

 表情は変えずに淡々と、でもはっきりと色葉が言葉の棘を刺してくる。


「好きの反対は嫌いじゃない、無関心だ、ってよく言うじゃない」

「ありふれた言葉だけど…まぁ、真実ね」

「私は別に…凛に好かれなくてもいいんだ。いや、好きになってくれるのが一番嬉しいんだけど、でもそれが駄目なら…」


 あ。

 駄目だ。

 今の私…たぶん。



 悪い顔している。


「嫌われたっていい。むしろ嫌ってくれていい。嫌われるってことは、それだけ、あの子の中に私が傷跡を残すことが出来た、ってことだもん」


 めずらしく、色葉が文句を返してこない。

 ただ、黙って私を見つめている。

 そんな色葉の顔…初めて見たかも。


 うん。

 いい。

 ぞくぞくする。



 凛が欲しいなぁ。

 私は人を好きになったことは無いけれど。

 だからその気持ちは理解できないけれど。

 分からないから、愛を歌にして歌っているけれど。


 でも、この執着心を愛と呼べるなら。



 私は生まれて初めて、恋をしたといえるんじゃないかな。




■■■■■



 帰りにコインロッカーによって荷物を取り出して、大きい荷物と一緒に夜道を陽花里と一緒に歩いて帰っていた。


 もう夜も遅いけど、この街は人の作った光で照らされているから、十分に明るい。

 空を見る。

 満月から4日目の月のことを、臥待月というらしい。

 少しずつ欠けていく月を見ながら、私が誕生日を迎えてからまだ4日しかたっていないのか、と思った。

 なかなかに…濃い4日間だったなぁ。


「楽しかったね、陽花里」

「うん、最高だった」


 最高のライブだったよー、と、陽花里が嬉しそうにきゃっきゃと語り始めたので、私は苦笑しながらも付き合っていた。


「それでね、やっぱり紫苑さんのあの声が…」

「色葉さんの指先、長くて綺麗だったなー」

「あの曲はね…」

「あれは…」

「…」


 電車に乗って、降りて、陽花里の住んでるマンションの方が近かったから、先にそっちによってから、あとは私はとぼとぼ歩いて帰るとするか、と思った。

 

 こんなにあの金色の闇の2人のことが大好きなんだから、せっかく誘われた打ち上げ、参加すればよかったのに、と思ったけど、あえてそれをしないのがファン心なのかな、とも思う。

 いわゆる…推し活?

 そのあたりの心理は私にはよく分からないのだけど、陽花里が満足するようにしてあげたいな、と思う。

 この東京で、私には陽花里しか友達がいないんだから。

 大事な、大切な、たった一人の友達なんだから。


 その気持ちを最優先してあげたいって思うのは、当たり前だよね。


「それじゃ、今日はこれで」

「うん、ありがとう、凛ちゃん」

「また週明け、大学で」

「うん、大学で…」


 大きな荷物を持って、マンションの中に入っていく陽花里。

 あはは。

 荷物を運んでいるんじゃなくって、荷物に運ばれているみたいだな。

 扉もしまり、私も大きく背を伸ばして。

 さ、帰るかー、と歩き始めた時。


「凛ちゃん!」


 ふいに、後ろから名前を呼ばれた。

 驚いて振り返ると、マンションの扉をあけて陽花里が立っていた。


「どうしたの?忘れ物…」

「…本当はね、嫉妬しちゃってたの」

「…え?」


 陽花里が、フランス人形のように可愛い私の友達が、その小さい体からできるだけ大きな声を出して私に語り掛けてきた。


「紫苑さんが…凛ちゃんに告白したって聞いて…私…嫉妬しちゃったの…」

「あー。ごめんね。まぁ、あれはたぶんただの冗談みたいなものだから、だから陽花里の大好きな紫苑さんを私がどうこうするわけじゃ…」

「違うの…」


 私の言葉を遮る。

 陽花里は、ちっちゃい身体で精一杯ふりしぼって、私に向かっていう。


「違うの…違うの…違うの」

「凛ちゃん」

「凛ちゃんなの」

「私が好きなのは、凛ちゃんなのっ」


 顔を真っ赤にしている。

 うん。

 可愛い。

 私もこたえてあげないと。


「ありがとう。知ってるよ。私も陽花里のこと、大好きだよ」

「違うのっ」


 陽花里は、手にスマホを握り締めていた。

 その握りしめた指の隙間から、タコのストラップがみえる。

 私と、お揃いの、それ。


「友達…だけじゃ…いや」

「…?」

「私…凛ちゃんと…」


 揺れる。

 揺れる。

 タコが揺れてる。

 淡い月明かりの海の中で、タコが泳いでいる。


「友達以上の関係に、なりたいです」


 そして、小さな陽花里は。

 にこっと笑って。

 私をまっすぐに見て。

 小さな声で。

 でもはっきりと。

 伝えてきた。


「私は、三崎陽花里は、凛ちゃんのことが…好きです」


 小さくて、大きい勇気。

 この時、私の目には、


 陽花里がとっても、大きく見えた。





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