エピローグ 私の光
6年後。
大学を卒業した私たちは、26歳になり、社会に出ていた。
あのいつまでも続くと思っていた夏休みはもう二度と帰ることなく、永遠なんてないと分かると同時に、輝いていた時間は私たちの宝物になっていた。
陽花里は、官僚になった。
国会議員から尋ねられる質問の答弁案を作成するなど、忙しい日々を送っている。
私はそこそこの会社に就職して、事務作業とかをしている。お給料も悪くないし、時間もわりと自由に使えるので、「白鷺さん、結婚しないの?女性の幸せはやっぱり結婚だよね」と口出ししてくる上司の軽口を除けば、おおむね満足している。
すんでるマンションは、大学時代から変わっていない。
引っ越しをしようかな、と考えることもあったけど、思い出もたくさんあるし、そのうちそのうち、と思っていてずるずると引きずってしまい、結局なぁなぁになってしまっていた。
「陽花里、まだかな…」
時計を見る。
もう21時。
陽花里は忙しい。普段でも帰宅は22時を超えることも多いし、国会が始まりでもすれば、日が変わって深夜2時や3時になることもざらだった。
(遅くなる時は近くに泊ってもいいんだからね)
と何回も言っているのに
(凛ちゃんに会えなかったら私もたない…)
と言って、どんなに遅くなろうがかたくなに家に帰るのをやめないのだ。
(まったく、私)
愛されてるなぁ。
ここまで愛される価値が私にあるのかどうかは分からないけど、それを否定することは大好きな陽花里を否定することに繋がってしまうので、自信を持つことにしよう。
そんなことを考えていたら、扉の鍵を開ける音がしてきた。
「陽花里」
帰ってきたかな。
そう思い、玄関へと向かう。
予想通り。
扉が開き、大学時代からけっきょく背が伸びなかったスーツ姿の陽花里が、疲れてよれよれになりながら姿を見せてきた。
「凛ちゃん、ただいま~」
「おかえり、陽花里」
「疲れたー」
「よく頑張ったね」
「凛ちゃん、なでなでして」
「うん」
頭を撫でてあげる。まるで猫のように喜ぶ、相変わらず子犬みたいな陽花里。
「ほっぺた触って」
「はいはい」
「靴脱がせてー」
「はーい」
「キスして」
「ちゅっ」
「おへそ触って」
「…それは、あとからね」
ほうって置いたらどこまでもエスカレートしていく恋人の要求を軽くかわしながら、陽花里と一緒に部屋に戻る。
「陽花里、とりあえず着替えていて。その間に、おゆはん暖めるから」
「うん、今夜は何かな?」
「シチューだよ」
「わぁい」
楽しみー、と言いながら、陽花里が奥の部屋に行く。私はキッチンでシチューを暖めていたら、ひょい、っと顔を出してくる。
「凛ちゃん、私の着替え、覗かなくていいの?」
「我慢する」
「我慢できるんだ」
「私、大人ですもの」
「ほーら凛ちゃん、脱ぎたてのブラジャーだよー」
部屋の奥から手をだして、可愛いフリルのブラジャーを揺らしながら私を誘惑してくる。
まったく、陽花里は分かっていない。
私が欲しいのは中身であって、それを包み込んでいた暖かいものではないのだ。
…欲しいか欲しくないかといえば、欲しいという気持ちを否定する気はないのだけど。
そんないつも通りのやりとりをした後、陽花里が部屋着に着替えて部屋から出てくる。
「美味しそうな匂いー」
そう言いながら、リモコンを手に取り、リビングのテレビの電源をつける。
音が流れてくる。
ちょうど音楽番組をしているみたいだった。
「凛ちゃん、紫苑さん出てるよー」
「最近、テレビで見ない日はないよね」
温まったシチューを持って、私はリビングに戻った。お皿に装い、2人で並んで座る。
「すごいね、紫苑さん」
「葵だって負けてないわよ」
ちょっと対抗意識を燃やしてしまう。
葵の劇団は今では海外公演を行うくらいの人気になっており、評価も非常に高いようだった。葵は他にも役者としていろんなドラマや映画にも出ており、葵の名前を知らない日本人はもういないんじゃないかな、と思ってしまう。
「凛ちゃん、この2人から告白されたんだよね。よく考えたら、すごいことだよね」
「まぁ、そうね」
でも、すごいのはこの2人であって、私じゃない。
それに何より。
「私が好きなのは、陽花里だけだからね」
「…」
熟れたトマトみたいに、一瞬で真っ赤になる陽花里。この辺りは、一緒に生活して6年すぎたとしても変わらない。陽花里、私のこと、好きすぎ。
…そこが可愛くて、好き。
食事を終えて、食器を片付ける。
一緒に洗って、一息つく。
その動作中、ずっと陽花里は私にべったりくっついていて、本当、昔と変わらずわんこみたいだな、と思った。
…これで普段は官僚としてバリバリ働いているんだよね?その姿を直接見ていないから、ちょっと想像しづらいものがある。陽花里はいつでも、私の前だと変わらず、可愛いわんこのままなのだから。
(夜は狼になるけど)
まぁ、それはそれとして。
「あ、これ、何?」
一緒にソファの上でゆっくりしている時、テーブルの上に置かれていた少し厚みのある封筒を指さして、陽花里が尋ねてきた。
そうそう。
一緒に見ようと思って、陽花里が帰ってくるのを待っていたんだった。
「今日、未来から送られてきたの」
「…未来、さん」
未来の名前を聞いて、陽花里の顔に嫉妬の種火がぽっと灯ったのが分かった。元から嫉妬深い子だったけど、最近はつとに、その傾向が強くなってきている気がする。
「うん、新しい本、送ってきてくれたの」
「本?あ、そうか」
未来さん、絵本作家になったんだったよね。
「そうなの」
未来、すごいよね。
小説家になりたいっていう昔からの夢、叶えたんだから。
絵本作家と小説家は、似て非なるものなのかもしれないけど、そんなことはどうでもよかった。
私の中の未来に対する評価は、いつだって甘いのだ。
ずっとずっと、愛しているんだから。
「むー」
ちょっと不満そうな陽花里。私がいるのに、他の女のこと考えないで、たとえそれが未来さんだとしても…やっぱり、嫌。
分かる分かる。未来が考えていることが分かる。
丸わかり、だよ。
可愛いなぁ、もう。
「開けるよ」
そういって、封筒をあける。
中から一冊の本と、そして小さなメッセージカードが出てきた。
メッセージカードには、「大好きな親友の凛へ」と書いてある。
「大好き…って」
そこに陽花里がすぐ反応する。その先の「親友」ってところをちゃんと見て欲しいな。浮気じゃないからね。私の彼女は、陽花里だけなんだから。
「この本、同人誌だって」
「同人誌?」
「自分たちで、趣味で作る本」
懐かしいなぁ、と思う。高校時代、私たちも一緒に同人誌、作ったなぁ。全然売れなかったけど、でもかけがえのない青春の記憶だ。
「未来さん、商業作家なのに、自分のお金で本作ってるの?」
「普通じゃ売れない本なんだよ」
一般に流通させることが出来ない本。
でも、だからこそ。
作者が本気で、書きたかった本。
私は本を手に取る。
可愛い絵本。
本の厚さはそれほどでもない…そもそも絵本なんて、そんなものなのかもしれないけど。
表紙には、綺麗なドレスを着たお姫様が2人、手をとりあって向かい合っている姿が描かれていた。
『お姫様とお姫様のお話』
タイトルには、そう書かれていた。
陽花里が私の肩にもたれかかっている。
大切な彼女と一緒に、その本をめくる。
1ページ1ページ。
そこには、作者の想いが詰まっていた。
普通じゃない私たち。
でも、幸せを願ってしまう。
願わざるには、いられない。
私は、目が潤んでいくのを感じていた。
たしかに、これは、一般には、売れないよね。
子供たちに…まだ小さい子供たちに…見せていいのかどうか、分からないよね。
普通って、難しいよね。
恋って、難しいよね。
恋が叶うとは限らないよね。
好きになる相手が…同性になること…
普通に恋を実らせることだって難しいのに、それが同性同士だったら…
世間がどう思うか分からない。
表面上は、受け入れてくれるかもしれないけど。
でも、本当は?
それでも。
恋を信じて。恋を諦めずに。
奇跡のような出会いの先に。
最後のページを見る。
幸せそうな、お姫様と、お姫様の絵。
私は、知らず知らずのうちに、涙を流していた。
いろんな想いが、今までの想いが、全部詰まって、水滴となって落ちていく。
「凛ちゃん」
「なに、陽花里」
「泣いてるの」
「…うん」
「どうして?」
「素敵な…物語だったから」
私は、陽花里を見つめる。
陽花里も、私を見つめてくれる。
「どんな話だったの?」
陽花里が、尋ねてきた。
私は、ゆっくりと、口を開いた。
「女の子と女の子が、幸せになる話」
奇跡みたいな話。
「そうかー」
陽花里はしばらく考えた後、にっこりと笑って、私に語り掛けてきた。
「私たち、と同じだね!」
「…え?」
「私と、凛ちゃん」
女の子と、女の子。
「私たちが、幸せになる話!!!」
ああ。
そうか。
私はすでに、奇跡を手に入れていたんだ。
陽花里。
私の、光。
「陽花里…好き…大好き」
手を伸ばし、唇を引き寄せる。
「私を幸せにしてくれて…ありがとう」
お姫様とお姫様は、幸せなキスをして。
一生、幸せに暮らしました。
物語の終わりなんて、それでいいんだ。
私たちの物語はまだ続くけど。
けれど。
私は手にしたこの光を。
けっして、手放さない。
おわり。




