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第4話 私をライブに連れてって ~後編~

 ライブハウスに入るのは初めてだったので、少し心臓がドキドキしていた。整理券を渡されて、順番を待ちながら陽花里といろいろ話をして、そして番号呼ばれたので中に入る。


「このドリンクチケットで何か飲み物を交換すればいいのかな」

「凛ちゃん、一緒に選ぼう!」


 嬉しそうにくっついてくる陽花里と一緒にカウンターに向かう。


「凛ちゃん、お酒飲むの?」

「…私はもう、一生お酒飲まないから…」


 うう。思い出しただけで頭が痛くなる。生まれて初めて飲んだ時は、まぁ、たしかに美味しかったのだけど…翌朝の地獄と引き換えになるのだと思えば飲む気も無くなるというものだった。


「私、コーラでいいや」

「じゃぁ、私も凛ちゃんとお揃いにするー」


 別にそこまで真似しなくてもいいのにと思いつつ、2人でドリンクチケットをコーラ2杯に変えて、手にしたまま会場へと戻る。

 話によると、今日はワンマンライブ、というものらしい。私はライブハウス自体に入るのが初めてなのでよく分からないのだけど、200人くらい呼べるアーティストは陽花里に言わせるとだいたい中堅クラスなのだそうだ。


「でも、私は金色の闇は絶対もっとすっごくおっきくなると分かっているんだけどねっ」


 そういいながら、むふーっと鼻息をあらくする陽花里。いつものちょっとおどおどした雰囲気と違って、好きなものを語るときは自信満々で楽しそうで生き生きとしていて、見ているだけでこっちもなぜか暖かい気持ちになってしまう。


「ふーん。それで、陽花里はこの金色の闇の、どこがいったい好きなのかしら?」

「聞く?それ聞いちゃう、凛ちゃん?」


 ものすごく嬉しそうだ。これ、絶対に自分が語りたがっているだけだ。目をきらっきらに輝かせている、この生きてるフランス人形みたいな可愛い女の子に、もっと喜んでもらいたいと思ってしまい、私は「うん、教えて、陽花里」と答えてしまった。


「まず、なんといってもボーカルでギターの紫苑さんの、圧倒的表現力がすごいんだけど…」


 手元のコーラを飲むのも忘れて、陽花里は熱弁を続けてくれる。


「でもなにより、私がすごいと思うのはキーボードの色葉さんなの。全体を支えているというか、世界観を作っているっていうか、金色の闇のイメージを作ってそれを表現しているのは、一件紫苑さんの方だと思われているんだけど、実際は色葉さんがすごいんだと…」


 延々語ってくれるおかげで、何も知らなかった私でもだいたいの全貌を掴むことができた。

 金色の闇というのは、ボーカル&ギターの風見紫苑かざみしおんと、キーボードの彩瀬色葉あやせいろはの2人で結成された2ピースバンドで、活動歴は3年ほどになるらしい。

 一種独特の世界観が有名で、まぁ、刺さる人にはとことん刺さる、というバンドだとか。


(そこらへんが、陽花里にはストライクだったんだろうなぁ)


 身振り手振りで、小さい体を一生懸命動かしながら語ってくれている陽花里を見ながら、私は思わずくすりとしてしまった。


(こんな風に、ひとつのことを真剣に好きになれるなんて、なんか、いいな)


 この小さい体のどこに、ここまでの情熱が詰まっているのだろうか。想いがぎゅっと収束されていて、まるで中性子星のようだ。


(私には、こんなふうに拘れるものなんて、何もないもの)


 …ううん。本当は、ひとつだけある。

 未来。

 かつて私が愛して、そして届かなかった、私の大好きだった人。…だった、じゃない。今でもずっと、大好きな人。


(だからもう、未来が幸せに生きてくれている今は、私はもういいんだ。あとはゆっくりと、爆発することなく、穏やかに残りの人生を過ごしていこう)


 そんなことを考えながら、ぼんやりと考えながら、暗闇にもずいぶん目が慣れてきた頃…


 ライブが、始まった。




■■■■■



(誰…この人…)


 私が最初に思ったのは、そんな疑問だった。

 バーテンダーをしていた姿は見た。凛々しく、大人びていて、余裕を持っていて、包み込むような優しさをその人は持っていた。

 素の姿も見た。

 口調は砕けていて、自分のことを優先させる我儘さと強引さを持っていて、それなのに自分の中の一番大事なものは分からないという危うさを、その人は自覚していた。


(でも、こんな人は、知らない。この紫苑さん、どっちの紫苑さんでもない)


 ステージの上の紫苑さんは、ただ、ただ圧巻だった。

 軍服を模した格好をしていて、黒を基調とした姿にバンド名の由来ともなった金色の髪の毛が映えていた。

 動くたびに、一瞬で大きく動いたかとおもうと、刹那、止まる。

 その一呼吸の間、会場が、世界が、時間が止まったかのような錯覚に包まれる。


(悔しいけど)


 目が離せない。いや、違う。

 離させない。


 見て。いや、見ろ。

 私を、見ろ。


 そんなことは一言もいっていないのに、その一挙手一投足すべてが全身でそう主張してきていた。


 音の洪水。

 流れる音に色がついているかのように見える。


 しかも、原色の、ギラギラした色。

 混じりあって淀むのではなく、それぞれが自分を主張しながら、深く突き刺さっていく。

 時々、ライブを聞きながら、私は自分の胸に手を当てていた。


 ちゃんと、心臓が、ある。


 当たり前だ。音が突き刺さるわけなんてない。音に色がついているわけもない。でも、四方八方から音の刃で突き刺されたような錯覚に私は何度も陥ってしまっていた。


 演奏が終わり、一呼吸。

 MCの時間となる。


 隣の陽花里は、嬉しそうにきゃっきゃと手を上げて喜んでいる。

 陽花里にはこの音が刺さらなかったのだろうか。そんなはずはない。ならどうして、私はこんなに憔悴しきってしまっているのだろう。


 目を凝らして、ステージを見る。


 軍服の紫苑さんは動き回っていたので、服装がかなり乱れていた。その乱れすら、人を引き付ける魅力の一つになっているので、これはここまで計算した上での行動なのだろうか、と思う。


 ステージの奥、キーボードの向こう側に、バンドのもう一人、彩瀬色葉あやせいろはさんが立っていた。

 綺麗な人だな、と、率直に思った。

 このめちゃくちゃなことをする紫苑さんと一緒にいるのだから、組んでいる相方もそれはさぞかし変わった人なのだろう…と思っていたのに、逆に、理知的な雰囲気すら感じられる。

 眼鏡をしているからかな、と思った。

 そして、眼鏡をかけていたら真面目だと思うなんて、私の想像力もかなり貧困だな、と少し恥ずかしくなってしまった。

 紫苑さんと合わせた軍服を着ている。紫苑さんと違うのは、金髪ではなく黒髪で、しかもかなり長いということだった。腰よりもさらに下まで伸びている。


『…今日は、ありがとう』


 そんなことをぼんやり考えていたら、MCもそろそろ終わりに近づいていた。

 時間的にも、あと数曲で終わりなのかな、と思っていると。


 紫苑さんが、かぶっていた帽子を手につかむと、観客席に向かって投げつける。歓声とともにそれを争奪している前に陣取った人たちを眺めていると、汗だらけになりながら紫苑さんは手を自らの髪にあて、そしてすくい上げて一気にまた広げる。


 目が合う。

 錯覚じゃない。

 見ている。

 私を、見ている。


「ねぇねぇ、凛ちゃん、紫苑さん、こっちの方見てるよー!」


 隣で嬉しそうにきゃっきゃと喜んでいる陽花里の腕を、そっと握りしめた。


「…うん、そうだね」


 こっちの方…じゃない。私を、見てるね。

 距離は結構離れているのに、私たちは後ろの方に立っているのに、瞳の中の色彩まで事細かに見られているような気がする。

 そらしたいのに、目が逸らせない。


『…来てくれて、ありがとう』

『だから、ここから先は』

『あなたのために、歌います』


 観客のボルテージのギアが一段上がるのが分かった。

 箱が揺れている気がした。

 会場にいる全員が想った。


(紫苑が、私のために、歌ってくれる)


 のだと。

 全員にそれを信じ込ませて、熱狂させて、信仰させて。

 パフォーマンスも、声量も、熱意も、技術も、何もかもをすべて込めて。


 音と声が再び色となって襲い掛かり、何度も何度も何度も何度も何度もえぐりこんでくる。


 愛してる愛してる

 愛してる愛してる愛してる愛してる


 言葉がメロディとなりメロディが色となり色が暴力となって全身を叩きつくしていく。

 これが才能でないとするなら、世の中の何が才能だというのだろう。


 紫苑、という入れ物に才能が入っているのではなく、才能、というものに紫苑という名前が付けられているのだと思いしらされる。


 才能が服を着て、才能がパフォーマンスをして、才能が歌をうたっている。


 愛してる、と、才能が叫んでいる。


(ああ)


 私は、本当に、

 心の底から感動していた。


 感動、なんて言葉にすると鎮撫になるけど、鎮撫でいいから胸に浮かんだこの気持ちに形をつけてカテゴライズしておきたい。


(紫苑さん…なんて…すごい…)


 私はたぶん、泣いていた。

 今日、映画館で未来の姿を見た時に流した涙とは、違う涙。


(あなたが、こんなにも全力で愛している、って伝えてくれているのに)


 まったく。

 すこしも。

 ちっとも。





 私の中に、何も入ってこない。




(紫苑さん)

(あなたは)

(本当に)



 …人を愛したことが、ないんですね。




■■■■■



 ライブが終わった後、私と陽花里は、楽屋に呼ばれていた。


「え、なんで、どうして、え、え、えー!」


 きょろきょろしている陽花里が愛おしくて可愛らしい。

 いつも小さな陽花里が、今はさらに小さくなって、私の後ろに隠れるようについてきている。


「凛ちゃん、ほっぺたつねって」

「うん?いいけど」

「…痛くない…やっぱり夢なんだ…」

「いや、今つねってるの私のほっぺだから…」


 こんな可愛い陽花里のほっぺたを痛めるなんて、できるわけないじゃないか。


 そんなことをしながら楽屋に入って、そして目の前に金色の闇の2人、紫苑さんと色葉さん、それにスタッフの人たち数人が集まって談笑していた。


「凛、今日は来てくれてありがとうね!」

「こちらこそ有難うございます。すごかったです。本当に」

「惚れた?」

「いや、別に」

「つれないねぇ」


 私と紫苑さんがそんなやりとりをしているのを不思議そうに見ている2人がいた。

 陽花里と、色葉さんだった。


「凛ちゃん…あの…これは…いったい?」

「紫苑、聞いてもいいかしら?」


 そして2人の声が重なる。


「「2人はいったい、どんな関係?」」


 たしかに、そうだよね。気になるよね。

 めんどくさいけど、ここで答えておかないとさらにめんどくさいことになりそうなので、私はしぶしぶ答えることにした。


「あー、それはですね…」

「私が凛に告白したんだ。お付き合いしてくれませんか、って。そして、振られた」


 ちょ…

 なんでこの人は、いろいろ大事なことをすべてすっぽかして自分の言いたい事ばかり言うのだろう。

 私が抗議しようとした時、


 ことん、と、何かものが落ちる音がして。


 振り向いたら、陽花里が手にしていたスマホを床に落としていた。


 真っ青な顔で。


 唇を震わせていて、小刻みに震えていて。

 こんな陽花里の姿、今まで見たことがなくて。




 床に落ちたスマホについたタコのストラップが、ひっくり返っているのが見えた。


 

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