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恋を失った私と、恋を知らない彼女  作者: 雄樹
第二章 恋を知らなかった貴女が…
28/45

第28話 8月のある日の話。

 見慣れた私の部屋の中に、私の彼女がいる。

 陽花里は朝陽に照らされた私の部屋の中心に置いてあるソファの上にちょこんと座って、いつも通りの可愛い笑顔を浮かべながら私を見つめていた。


「凛ちゃん、こっちに来て、隣に座って!」

「…ここ、私の家…だからね」


 日常と非日常が入り混じったような、変な気持ちになる。

 私はゆっくりと陽花里に近づいて、ここで昨夜、3人でいろいろ話したんだよね…と思いながら、隣に腰掛けた。

 私の体重で柔らかいソファが少しへこみ、同時に陽花里が私によりかかってくる。


(あ…)


 陽花里の、匂い。

 いつも私を独占しようとしてマーキングしてくる、私の大好きな陽花里の匂い。

 ふわっとした髪の毛が私にあたり、柔らかいな、と思った次の瞬間に、陽花里がくっついてきて、彼女の体重を感じる。

 夢のような、幻想のような想いの中に陽花里が差し込んできて、これは夢でもなんでもなく、現実なんだ、とようやく実感する。


「陽花里」


 私はそう言うと、陽花里の肩に手を回す。陽花里は何の抵抗をするわけでもなく、むしろ積極的に私に身体を委ねてくる。


「いきなり同棲だなんて…米倉の叔母さんは、なんて言っているの?」

「瑞穂さんには…」


 事情を全部、話したよ、と陽花里はいった。

 米倉瑞穂。

 いま、陽花里が居候させてもらっている家の人で、陽花里のお母さんの妹さん。つまり、陽花里の叔母である、らしい。

 私も直接お話をさせてもらったことはないのだけど、その名前や雰囲気などは、陽花里の口からよく聞かされていた。


「それで、ちゃんと了承は得たの?」

「了承、というか…」


 若い間は、好きなことを好きなようにやりなさい、でも、預かっている責任というものがあるから、定期連絡はちゃんと入れるように。それと、


「帰りたくなったら、いつでも帰っておいで、だって」

「そうなのね…」


 理解があるというか、決断が早いというか、普通ならすぐにそんなこと、許可しないと思うのだけど、いいんだろうか?


「叔母さん、ね」


 私が疑問に想っていることを察したのか、陽花里は少しもぞもぞとしながら、ぽつりぽつりと語ってくれた。


「昔、女の人が好きだったらしいの」

「え…」

「初恋は女の人で、付き合ったのも女の人で、でも結婚したのは…今の旦那さんだって言ってた」


 子供も2人いるよ。8歳ののぞみちゃんに、6歳のこだまちゃん。


「2人とも、私にすっごく懐いてくれていて…可愛いんだー」

「そう、なんだ…」


 陽花里はいい家族のところに居候させてもらっていたんだ。その叔母さんたちのことを話す陽花里の表情からも、それが伝わってくる。

 暖かくて居心地のいい、春の陽だまりのような場所。

 でも、陽花里はそこを出て…私のところに来る、っていう選択をした。


「叔母さん言ってた。後悔なんて、後悔した後にしかできないんだから、だから後悔する時にはちゃんと慰めてあげるから、今はただ、今できることをできるだけ…頑張りなさい、って」


 陽花里はそういうと、私を見つめてくる。

 綺麗な、澄んだ瞳。

 ただ純粋に、私だけを見つめてくる、陽花里の瞳。


「私、凛ちゃんが好き。大好き」

「…うん、すごく、伝わってる」

「ううん。まだまだ足りない、凛ちゃんが想っているよりも、たぶん、私、凛ちゃんのこと、もっともっと大好き…」


 言いながら、顔を近づけてくる。

 陽花里の匂いが強くなる。

 陽花里が好きなのは…私の首筋。その好きなところに顔をこすりつけながら、陽花里は言葉を続けていった。


「私ね…自分で思っていたより、ずっと嫉妬深かったみたい」

「陽花里?」

「葵さんが…凛ちゃんのもう一人の彼女になるってなって…いくら期間限定だって言っても…不安で、寂しくて、仕方なかったの」


 うん。

 知ってるよ。

 陽花里がそう思っている事、陽花里が私のことを好きっていう気持ちと同じくらい、はっきりと私に伝わっているよ。


「だから、私の見ていないところで葵さんと一緒にいて欲しくない、って思ったの。ごめんね、我儘いって。でも、駄目なの。凛ちゃんのことが大好きだから、ほんのちょっとでも凛ちゃんの想いを見逃したくないの」


 だって、彼女だもん。

 凛ちゃんが私よりも葵さんことが好きになったり…期間限定、という約束を破って、ずっと葵さんと恋人でいたい、なんて言われたら…私…耐えられないかもしれない。

 そんなことにならないように、そんな未来が訪れないように、


「私、凛ちゃんとずっと一緒にいたい」

「…私の彼女って、本当に」


 わがまま、だなぁ。

 そして、可愛い、なぁ。


「駄目?」

「もしも私が、駄目って言ったら、どうするつもり?」

「…荷物もって、また瑞穂おばちゃんの家に帰る」


 そして毎日、凛ちゃんの家に押し掛ける。


「あはははははっ」


 もう、馬鹿。

 ほんっと、馬鹿。

 私の彼女…小さくてかわいい小動物みたいで、でも実は一番強くてたくましくて、そして全力で…私を愛してくれる。


「陽花里、好きよ」

「り、凛ちゃん!?」


 いきなり言われると、困る。心の準備が、できてないもん。

 そういってあたふたする陽花里のことを、可愛いな、って心から思う。


「でも、どうしようかなー」

「どうしようって?」

「可愛い彼女が、こんなに近くにいたら」


 私。


「ムラムラする?」

「ドキドキするの!」


 いたずらっこみたいに聞いてくる陽花里に向かって、慌てて否定する。否定…否定、だよね?

 この前の話を思い出す。

 紫苑さんを探して向かったスタジオにいた色葉さんから始まった、あのやりとりの話を。

 私との関係を…彼女との関係を…


(えっちしたい、って思う方の、彼女)


 そんな風に想っているって言っていた、こんな可愛い陽花里が…これから…ずっと、


(私の家で、一緒に、同棲するの?)


「我慢、できるかな…」


 つい、思ったことを、心をこぼしてしまった。

 一瞬、時が止まる。

 隣の陽花里が、うつむいている。私の方を見ていない。でも、耳が真っ赤になっているのがみえる。私のさっきのつぶやきを…聞かれたのが、分かる。


「…我慢、しなくていいよ」


 だって、私、彼女だもん。

 凛ちゃんの…1番の…彼女だもん。


「手…出して、いいよ」


 そのつもりで、その覚悟で、私…凛ちゃんと同棲したいって、思ったから。


 匂い。

 陽花里の、匂い。

 いつもの匂いの中に、汗の匂いが混じっている。

 陽花里が緊張しているのが分かる。

 肩が少し、小刻みに震えているのが分かる。


 時計の音。

 ちくたくって動く、小さな時計の音。

 普段は聞こえない、気にも留めない、小さな音。

 今はその音の中に、2つの心音が混じって聞こえてくる。

 私の心臓の音と、陽花里の心臓の音。

 

 3つの音が重なって。

 息を吸って。

 陽花里の…匂いが…私の身体の中に入ってきて。

 脳が、溶けそうで。


「陽花里…」

「凛ちゃん…」


 いいよって、陽花里が自分のブラウスに手をかけた時に、


 着信音がなった。

 私のスマホが光っていた。光って、震えていた。

 まるで、私を見ろ、早く、手を伸ばせ、って言っているみたいに。


 うながされて、私は手を伸ばす。

 そして、画面を見る。


 名前を見て、そして、ため息をもらしつつ、なんかおかしくなって、笑う。


「葵からだ」


 今夜帰るから、待っていて、だって。


「いつもなら、何の連絡も入れずに勝手に来るんだけどね」


 葵、私の部屋の合鍵、持っているし。

 でも、今、わざわざスマホに連絡を入れたということは。


(まさか…見ているわけじゃ…ないよね?)


 さすがに、偶然だよね。

 でも、さっきまでの、抗えないえっちな気分は綺麗さっぱり雲散霧消していたから、葵はいいタイミングで私に連絡を入れてきたことになる。


「買い物、行こうか」


 ちょっと、いったん、部屋を出よう。

 部屋を出て、外の空気を吸おう。

 8月の暑い空気を肺に入れれば、また違った考えになるかもしれないし。


「うん」


 少しだけ残念そうに、陽花里はブラウスにかけていた手を元に戻す。

 そして笑って、立ち上がって、私に手を伸ばす。

 私よりもちっちゃな陽花里から差し出された手をとると、私はその手をひっぱり、立ち上がる。


「なに買うの?」

「…今夜の、夕食」


 3人分。

 私と、陽花里と、葵のぶん。


「陽花里との同棲記念もかねて…ちょっと豪華な夕食、一緒に作ろう?」

「うんっ」


 満面の笑みでこたえた陽花里の表情は、先ほどまでの淫靡な空気は一切ない、いつもの素敵で可愛い、小動物みたいな可愛い笑顔だった。




■■■■■



幕間① 葵と詩織




「…葵、いったい、何があったの?」


 私は思わず、そう言葉をかけてしまった。

 いつもの稽古場。

 あまりお金持ちではない私たちの劇団が所有している、小さな稽古場。


 今日は朝から集まれる団員だけが集まって、夜まで練習する日。

 次の公演に向けた練習。

 そこで滝のような汗を流しながら練習をしている葵を見て、この子は本当に、昨日までのあの子と同一人物なの?と思ってしまった。


「詩織さん、どうでした?」

「どうって…すごい」


 私は…水無月詩織は…自他ともに認める劇団のエースで、私はそのことを誇りに思っていた。

 私より才能のあるものはいない。

 私より努力するものもいない。

 一番才能のある私が一番努力しているのだから、私が一番なのは当然の結果だ、と。

 でも。


「…男子三日会わざれば刮目して見よ、とは言うけど」


 3日どころか1日で、この子は、白鷺葵は、変貌を遂げた。

 羽化した蝶、という使い古された表現が浮かぶ。月並みな言葉だけど、そのぶん、真実でもある。


「私、女ですけどね」


 葵は笑いながら近寄ってくる。

 汗が眩しい。

 昨日までは私に憧れる可愛い団員の1人だった。

 でも今は…


(私の立場を脅かす、ライバルだ)


 ぞくり。

 背中に戦慄が走る。やっと、ようやく、ついに。

 私と競うことが出来る相手が…目の前に立ってくれた。


(これで私も)


 また一つ、1段階上の場所に、行くことが出来る。

 そんな悦びを加えて、先ほどした質問をもう一度繰り返す。


「…葵、いったい、何があったの?」


 私の言葉を聞いた葵は、にやっと笑って、白い歯を見せて、汗だくになりながら私をまっすぐに見つめてつつ、答えた。


「恋を、したんです」


 自信が、想いが、悦びが、全てが、彼女を輝いてみせてくる。


「恋を知ること以上に…才能を発芽させるものが、この世に存在しますか?」


 ああ。

 この子は。

 昔から目をかけてきた、この白鷺葵という子は。

 昔から恋をしていたこの子は。


 本当の恋を、知ってしまったんだ。

 本当の恋に、手を伸ばしてしまったんだ。


 恋は。

 才能を押し上げる、最高に危険で熱いニトロのような…


 起爆剤、だから。




■■■■■



「お買い物♪お買い物♪凛ちゃんと一緒に、お買い物♪」


 隣を歩く陽花里は、当然のように私と腕を組んでいる。

 そういえば、陽花里、私と買い物に行くの、好きだよね。

 そう思う。


 買い物自体も好きなんだろうけど、それ以上に、私と一緒にいる、ということが好きなのだろう。


「凛ちゃん、今夜、何食べる?」

「お鍋…は、暑いかな」

「8月だもんね」

「汗だくになりそう」

「私、凛ちゃんの汗、大好き」

「…へんたい」

「うん」


 凛ちゃんの彼女だもん。


(…それは、同時に私のことも、変態って言ってない?)


 ふとそんな疑問がわいてきたけど、口には出さないようにする。


「じゃぁ、鍋にしようか」

「賛成ー!」


 そして再び、「お買い物♪お買い物♪」と嬉しそうに手を振る陽花里を見ていると、つい先ほどまで、私の部屋の中であれほど妖艶に私に迫ってきていた女の子と本当に同一人物なのかな、という疑問すら湧いてくる。


(可愛い)


 そんな姿すら可愛いと思えてしまう私は、自分で思っている以上に、陽花里のことを好きになっているのかもしれないな、と思った。


「なんの鍋にしようか?」

「私の島では、夏にはトマト鍋していたよ」

「トマト鍋、か…」


 食べたことないな。

 少しだけ、興味あるな。


「じゃぁ、同棲初日の今夜のお鍋は、陽花里の故郷の鍋にしよう」

「うんっ」


 嬉しい。

 これから、少しずつ、こうやって。


 凛ちゃんを、私色に、染めていくね。


 陽花里が笑いながら、怖いことを言ってきた。

 これを無意識でやっているのだから…やっぱり、この子。


(魔性の女の片鱗、あるよね)


 8月の太陽の下、可愛い小動物みたいな私の彼女と手を組んで商店街を歩きながら、私はそんなことを想ったのだった。





■■■■■



幕間② 色葉と紫苑①


 誰も知らない、貸しスペース。

 狭い場所。

 吐く息すらこもる、薄暗い場所。

 私の、秘密の場所。

 そこで死んだように眠る紫苑の肩に手を触れながら、私は昔のことを思い出していた。


「紫苑…」


 才能の塊。

 初めて会った時、その瞬間から、私の脳は焼き尽くされていた。

 太陽を直接みたら、目がつぶれてしまう。

 そんなの、当たり前のこと。


 でも、分かっていながら手を伸ばさずにはいられない…それが紫苑、という少女だった。


 私の家は、裕福だ。

 お金持ちで、望めば何でも手に入って、大きな家に、何台もの車。いくつもの会社を運営していて、関わる人物も膨大だった。


 桃栗グループという、この日本でも有数の財閥の一部が、私の実家、彩瀬一族だった。


 何不自由なく暮らしていた私の前に、ある日、みすぼらしい家族が連れられてきた。

 家族、といっても、母と子の2人。

 みるからにボロボロの服をまとっていて、薄汚れていて、母親の方はびくびくしながら頭を下げていた。


(今日から屋敷の片隅に住まわせる)


 そう聞かされた。

 お父様は、時々そんなことをする。

 まるで絵画や壺を収集するかのように、人をまるで物のようにコレクションをして並べている。


(今日はどんな子を連れてきたのかな)


 まだ小学生だった私、彩瀬色葉は、何の気なくその連れられてきた子をのぞき込み…そしてそこで、


(太陽)


 を見たのだった。

 ぼさぼさの金髪。手入れもされていないその髪の毛は自然に広がっていて…まるで、獅子のようで。

 私より1つ年下のその女の子、みすぼらしい服を身にまとっていても、内から零れる才能の金色の光を隠すことができていなかったその子は、名前を、風見紫苑、といった。


 あの日から、私の屋敷に紫苑は住みつき。

 母親は労働をして…紫苑は…私の幼馴染、となった。


 立場は、私の方が上。

 使用人と主人。

 主人とメイド。


 メイド服に身を包んだ幼い頃の紫苑は輝いていて、他を圧倒していて。


 社会的な立場は私の方が上で、はたからみたら私と紫苑は幼馴染の親友同士で。

 そして魂では…私は紫苑の、才能の奴隷になっていた。


 自ら進んで…太陽に手を焦がされて、喜んで奴隷になっていたのだった。



 学生時代が終わり、いろいろ…本当にいろいろあって、私は家を出て。



 実家からはみ出したんじゃない。

 紫苑という輝きを追って、家を、捨てたんだ。




(その紫苑が…)


 いま、才能という太陽を失って、私の下で震えて縮こまっている。


 暗い部屋。

 8月の太陽も差し込まない、窓のない部屋。

 換気も回らないそんな部屋の中で、私は煙草に火をつける。


 紫苑と出会った時は…8歳の頃だったかな。

 今の私は、21歳。

 お酒も飲めるし、煙草だって吸える。

 もう立派な大人、なんだ。


 煙をはく。

 白い煙。

 ゆらゆらと揺れて…灰を床に落とし。


 私は紫苑を…幼馴染を…私が憧れ恋焦がれた才能の塊を…その抜け殻を。


「紫苑…」


 震えながら、背中を抱きしめたのだった。




■■■■■



「美味しそう!なにこれ、なんの鍋?」

「じゃじゃーん、私の島の名物、トマト鍋です」

「陽花里の島の名物なんだ」

「うん」


 稽古から帰ってきた葵を、私と陽花里の2人で出迎えた。

 帰ってくる時間はきいていたから、その時間にちょうど美味しくなるように時間をはかって鍋に火をつけていた。


 嬉しそうにドヤ顔をしている私の彼女…陽花里をみていると、私も嬉しくなる。


 あの夜、陽花里さん、と、陽花里のことをさん付けしていた葵が、いつの間にかまた「陽花里」と呼び捨てにしている。


(まぁ、その方が、葵らしいか)


 私のふたごは…私の…2番目の彼女に立候補した葵は…幸せそうにみえるから、まぁ、いいか、と思ってしまう。


「これを入れると美味しいんです」

「そうなの?」

「凛ちゃんの彼女である私が言うんだから、絶対です」

「…私だって、凛の彼女だもん」


 そんなやりとりをしながら、わいわいとしている私の彼女2人を見ながら、ふと、これ、どんな状況なんだろう、と思ってしまう。


 私のマンションに、彼女が同棲を初めて。

 私のふたごが、私の彼女になって、そして家に来てもう一人の彼女と一緒に鍋作ってる。


(むちゃくちゃ、だなぁ)


 どちらかといえば、私は常識人の枠だったはずなのに。

 品行方正で、成績優秀で、真面目で堅物で、模範的な生徒だったはずなのに。


 わりと好き勝手に生きるようになってしまった。

 そしてこんな状況に陥ってしまっている今ですら。


(未来、今、何してるかな)


 完全に完璧にこれ以上ないほどきっぱりとふられた人のことを想わずにはいられないような、そんなある意味業が深い女でもあるのだった。


「凛ちゃん」

「凛」

「「お鍋できたよ、一緒に食べよう!」」


 そんな物思いにふけっていた私を現実に引き戻してくれたのは、私の彼女2人だった。

 うん。

 悩むのはやめよう。

 これから先、いろいろ選択をしなくてはいけない時が来るだろうけど、今はまだ、考えるのをやめよう。


 この幸せを、甘い生活を、享受しよう。


 そう思って、2人の待つテーブルに向かい、


「はい、凛ちゃん、こっちが美味しいよ」

「凛、どうぞ。これが美味しいよ」


 2人から同時に小皿を渡され、


「「どっちを先に食べるの?」」


 と、いきなり選択を選ばされたのだった。








■■■■■


幕間③ 色葉と紫苑②




「紫苑…紫苑、どこにいったの?」


 いない。

 少し目を離した隙に、紫苑がいなくなってしまった。

 暗い部屋。

 誰にも見られない、見つからない。

 私たち2人だけの、部屋。


 安全な部屋。

 外界から隔絶された部屋。


 ここにいれば安心なのに。

 傷ついた心を少しずつ癒せばいいと思っていたのに。


 それを…私がしてあげたい、と思っていたのに。


「紫苑…紫苑!」

「紫苑!」


 私の、太陽。

 私だけの、太陽。

 今は消えてしまった太陽。

 でも、私には分かっていた。

 今は消えているように…見えているだけ。


 紫苑の奥底には…いまも、ギラギラとした、全てを飲み込むような、私を虜にした、才能と言う名の超新星が眠っていることを。


「紫苑…紫苑!」


 探す。

 探す。

 どこにも…いない。



 私の太陽は…私を置いて…


 どこかに、消えてしまっていた。



 雨が…降り始めていた。









■■■■■



幕間④








 店の扉が開く。

 夜。

 深夜。



 店の中は私1人…だった。

 



 外は、雨。

 どしゃぶり。


 こんな日にお酒を飲みに来る人なんていないと思っていたから、そろそろ店じまいにしようと思っていた、そんな時だった。


 開いた扉の外から、ひどい雨音が聞こえてきた。


 暗く、月は見えない。


(水で隠れて、月が見えない、か)


 水無月。


 ふふ、私の苗字と同じ、と、私こと水無月詩織は思った。





「いらっしゃい」


 声をかける。


 びしゃびしゃに濡れた、ボロくずみたいな、金髪の女が立っていた。





「…しばらくみないうちに、あなた…ずいぶん…変わったわね」


 雨音はするけど、風の音は聞こえない。

 ただ、雨だけ。

 水だけ。


 風は…見えない。



 この子、たしか、名前、聞いたわね。


 風見紫苑。




(紫苑って、花の名前だったかしら)


 私はそう思い、記憶をたどる。

 たしか…どんな意味だったかな…そうそう。


(追憶)

(君を忘れない)

(遠方にある人を思う)


 こんな感じの意味だった。

 この子は。

 ずぶ濡れで震えている、金髪で、才能あふれていた化け物は。


 過ぎ去っていった何を、想っているのだろう。


「ちゃんと扉しめてね。雨、入ってくるから」


 


 私はそう言って。

 紫苑は扉を閉めて。



 この日。

 雨音の中で。




 私は、私たちは。


 世界が壊れる音を、聞いたのだった。


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