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20/21

第20話 行ってくるね

女の子が、女の子を好きになる。

 当たり前の話じゃない。たぶん、いわゆる普通、でもない。

 私が好きになったのは女の子で、私のことを好き、と言ってくれたのも女の子だった。


 私は、昔から女の子が女の子を好きになる話が大好きで、そんな話をたくさん読んできたし、自分でもたくさん書いてきた。

 私はたぶん、普通の女の子、では無かったのだと思う。普通の道を外れていたんだと思う。


 けど、普通の女の子が願うのと同じことも、私は願っていた。


「幸せに、なりたい」

「好きな子と、結ばれたい」


 その恋愛対象が、異性ではなく、同性だっただけ。柔らかくて、暖かくて、いい匂いのする、女の子を好きになっただけ。


 白鷺凛。20歳。大学3回生。

 夏休み前に、可愛い彼女が出来ました。

 この子を幸せにしてあげたいと思うし…それ以上に…私も、幸せになりたい。



◾️ ◾️ ◾️ ◾️ ◾️



「凛ちゃん、おはよう!」


 私を呼ぶ声がする。どんなに離れていても、はっきりと伝わってくる、透き通った声。

 7月も終わりが近くなり、夏休みの足音も近づいてきた時期、実際に近づいてきた足音は軽快で、私をまっすぐに目指してくる。


「陽花里、おはよう」

「えへへ。朝から凛ちゃんに会えて、嬉しい」


 そう言って笑いながら、陽花里は私の腕に絡みついてくる。

 三崎陽花里、20歳、大学3回生。

 私と同じ、東京で1番難しい大学に通う同級生であり…そしてつい先日から付き合い始めた、私の彼女でもあった。


 今日はノースリーブの青いワンピースを着ている。もう暑いから、うっすらと汗をかいている。組まれた腕から、陽花里の汗がじんわりと私に触れる。

 可愛い、と思う。100人が見たら、100人共が私と同じように感じる事だろう。天真爛漫で、お人形さんみたいで、パンケーキみたいに柔らかくて美味しそうな、私の彼女。


「…なんか、変な感じがする」

「なにが?凛ちゃん?」

「陽花里と付き合う前と、付き合ってからの今と、あんまり変わっていないような…」


 そうなのだ。

 付き合う前から、陽花里はいつも私にくっついてきていて、いつも手を握ってくれていて、いつも私を見てにこにこ笑ってくれていた。

 特に私が何かを返すこともないのに、ただ、純粋に、私を求めてくれていた。


「…違うよ…」


 私の言葉をきいて、陽花里は少しうつむいて、そっと言葉をもらした。


「違う。全然違うの」

「…陽花里?」

「私、今、ドキドキしてる」


 そう言うと、陽花里はもっと私に身体を寄せてきた。私の腕に、陽花里の胸があたる。柔らかい。小さな身体の陽花里の胸は、抱く印象よりも、大きかった。


「凛ちゃん、私の心臓がドキドキしてるの、わかる?」

「…うん。伝わる」

「私、凛ちゃんが好き…凛ちゃんが私の彼女になってくれてから…もっと、もっと好きになってるの…」


 ぎゅーって、抱きついてくる。陽花里の匂いがする。フローラルな香り。陽花里の髪の毛の匂い。ふわふわしていて、緩やかで、暖かくて。


「夢みたい」


 夢じゃないよね。現実だよね。私、凛ちゃんの彼女なんだ…、と言いながら、陽花里は照れて顔を真っ赤にして、あたふたしていた。


「うん。そうだよ」


 私は、陽花里の彼女だよ、と、伝える。私の言葉を聞いた陽花里は本当に嬉しそうで、


「凛ちゃん…大好き…」


 と甘い言葉で私を癒してくれる。


 好き。

 好きっていう、単純で、でも難しい、怖い言葉。


 私は、陽花里から何度もこの言葉をもらっている。

 でも。

 私から…陽花里に、好き、と伝えることは…ほとんど無かった。


(私は、陽花里が、好き)


 そう思う。

 そう言い聞かせる。

 大事な彼女。幸せにしてあげたい彼女。みんなが羨む、素敵な彼女。


 けど。


(好き)


 という言葉を聞いた時、真っ先に私が思い浮かべる顔は…


(失礼だな、私)


 卑怯だな、私。

 私は、薄々勘付いている。そして…たぶん、陽花里も気づいている。だって、陽花里は私に何度も何度も「好き」って伝えてくるけど、ただの一回も、「凛ちゃん、私のこと、好き?」と私の気持ちを聞いてこないから。

 聞いてくるのは、「私は凛ちゃんの彼女だよね」と、私たちの関係の再確認だけ。そのたびに私は


「うん、私は陽花里の彼女だよ」


 と事実を返す。

 事実は事実。

 私は、何一つ嘘はついていない。

 だけど…事実は、真実には決して届かない。届いていない。


(もうすぐ、夏休みがくる)


 夏休みが来たら…過去に向き合おう。過去に向き合う為に、未来に会いに行こう。


「…あのね、陽花里」

「なに?凛ちゃん?」

「私…」


 私は卑怯で、情けなくて、駄目な女で。でも、陽花里を幸せにしてあげたい、私の初めてできたこの彼女を…本当に幸せにしたあげたい、そう思っているのは、嘘じゃなかった。


 だから。


「今度の夏休み…私、一回」


 地元に、帰ろうと思ってるの。


 伝える。

 黙ってこっそり、そっと隠れて帰ろうかな…と思っていたのだけど、でもそれは私じゃない。

 私は、過去に向き合おうと思う。

 その決意を、ちゃんと伝えておきたい、と思う。


「…凛ちゃんの地元って、海がみえる街だったよね」

「うん。そうだよ」


 地元、っていっても、私が生まれた故郷じゃない。中学の時に引っ越して、高校まで過ごした街。

 でもその街は、その街で過ごした5年間は、私の心の中で決して消えないダイヤモンドだった。輝いていた。心の…故郷だった。


「…そこに」


 陽花里が、私の手を強く握る。爪があたる。少し、痛い。震えているのが分かる。剥き出しになった陽花里の方が、小刻みに揺れている。汗、かいてる。


 陽花里は、きっとした顔で、私を見上げてきた。


「…凛ちゃんの、好きな子が、いるの?」

「…うん」


 誤魔化さない。

 誤魔化せない。

 私、もっと楽に、もっと器用に、もっと賢く、生きていけないのかな。私、馬鹿だよね。駄目だよね。


 …正直に話すことが、免罪符になると思ってるよね。考えること、やめてるよね。自分が楽になりたいだけだよね。


 でも、分かっていても、どうしようがない。こんな性格になっちゃったんだもの。こんなふうに生きてきたんだもの。

 …こんな私を


(陽花里は、好きになってくれたんだもの)


「会ってくるよ」


 誰に会う、とは言わない。言わなくても、伝わっている。

 自分の彼女に向かって、あなたではない、別の、好きな人に会いにいくと伝える。


 沈黙。

 朝、人混みの中。

 しばらく陽花里は黙っていた。


 長い時間が経ったような気がする。

 幾人もの人がすれ違っていったような気がする。


 永遠にも思えるような一瞬が過ぎた後。


「…凛ちゃん、こっちに来て」


 と陽花里は言うと、私の手を引っ張って、路地裏へと向かっていった。

 ビルとビルの隙間。

 都会の中で、人混みの中で、喧騒の中で、それでも隔絶された2人きりの世界を作れる場所。


 少し薄暗い。

 ごちゃごちゃしている。


「…凛ちゃん」

「…うん」

「…凛ちゃんの好きな人…名前…前、聞いたよね」

「…うん、伝えた」


 星野未来。

 私が好きな人。

 たぶん、私が死ぬまで…一生忘れられない名前。


「未来さん」

「未来」

「…本当は、会ってほしくない」


 怖いもん…だって、怖いんだもん…

 陽花里はそう言いながら、震えながら、瞳に涙を潤ませながら、私を見上げてくる。


「私、凛ちゃんが好き。大好き」

「…うん、嬉しい」

「凛ちゃんが、私の初恋なの」

「…」

「凛ちゃん、紫苑さんに…言ったらしいね…初恋は大抵、実らない、って」

「…うん」


 伝えた。

 あの日、あの夜。

 陽花里と付き合うと決めた、あの時。

 紫苑さん、私に初恋、してるんですね。でも。

 大抵、初恋は実りませんよ?


 紫苑さんの初恋は実らない。

 私の初恋も…実らなかった。

 陽花里の初恋は…私。

 その初恋は…


(未来)


 私の、好きな人。

 私が好きな人が好きな人は、私じゃなかった。


 未来は…初恋を、実らせた。

 あの子は、一途に、一度もぶれることなく、8歳の頃に抱いた初恋を貫いた。


(大抵、初恋は実らない)


 大抵。

 絶対じゃない。

 実らせた人も…ちゃんといる。


 陽花里の初恋。

 私への思い。


「凛ちゃん」


 陽花里は私の名前を…初恋の相手の名前を呼ぶと、そっと…


 私の首筋を、舐めてきた。


 いつも、酔ったら舐めてくるように。今は、酔っていないけど…でも、だから、自分の意思で、はっきりと。


 ぺろ…ぺろ。


 舌先を動かして、私の首筋に唾液をつけて。


(マーキング)


 あの観劇した夜、葵が私に向けていった言葉。私を所有物にしようと、文字通り…唾をつけようとしている。


「…凛ちゃん…怖い…私、怖いの…」


 行ってほしくない。

 好きな人に会ってほしくない。

 私は凛ちゃんの恋人だもん。凛ちゃんは私のものだもん…私は…凛ちゃんのものだもん。


「陽花里…」

「でも、怖いけど…怖いから…」


 もしかしたら、好きな人に再会したら、凛ちゃん、私のことやっぱりいらなくなるかもしれない。好きな人を思う気持ち…分かるもん。私だって、同じだもん。


 ぺろ…ぺろ


 舐める。くすぐったい。陽花里の舌先は濡れていて、その濡れた液が私の首筋に絡みついてきて、少しずつ、私を縛っていく。


「凛ちゃん…触って…」


 そういうと、陽花里は私の手を取り、ワンピースの上から陽花里の胸の上に押し当てた。

 柔らかい、そして思ったより豊穣な、陽花里の胸。

 ドキドキと動いていて、陽花里の身体の中を血液が流れているのを感じる。陽花里はここに、ちゃんと生きていて、存在している。


「ドキドキしてる」

「凛ちゃんを思うと、いつもこんな感じになるの」


 とくん、とくん、とくん。

 ぺろり…ぺろ…


 首筋を舐められながら、陽花里の心音を感じる。薄暗い路地裏の中で、陽花里の存在だけが強く強く刻み込まれる。


「私、行かない」


 本当は、ついていきたい。

 凛ちゃんの好きな人、みたい。

 見て、そして、それから、凛ちゃんの彼女は私です。私なんです、って伝えたい。


 でも、行かない。

 凛ちゃん、1人で行ってきて。

 1人で、過去に向き合って。

 1人で、未来を見てきて。


「私、待ってる」


 凛ちゃんを待ってる。

 私はここにいるから、ずっとずっと、凛ちゃんのことを好きな子でいるから。


「凛ちゃん」


 そういうと、陽花里は自分の胸に押し当てていた私の手をとり、そして、先ほどまで私の首筋を舐めていたその舌で。


 かぷ。


 私の指を、口に入れた。

 噛む。

 甘噛み。


 陽花里の歯があたる。

 ちょっとだけ、噛む力が強くなる。

 まるで…自分を、自分の存在を刻みつけるかのように。


「陽花里…?」

「…りんひゃん」


 私の指を噛んでいるから、発音がうまく聞こえない。陽花里の口の中で、私の指は包み込まれている。

 舐められてる。

 首筋じゃなくて、指、舐められてる。


「しゅき…」


 私の指を舐めながら、時々噛みながら、陽花里は言う。


「しゅき…だいしゅき…りんひゃん…しゅき…」


 噛んで、吸って、舐めて。

 私の指は陽花里の口の中で、自由に弄ばれている。


 かぷ。


 また強く噛まれた。そして、ごめんね、痛かったよね、とでも言わんばかりに、噛んだ箇所を優しく舐めてくる。

 陽花里の唾液、暖かくて、ぬるぬるしていて。指先をくるんでくる。


 …ちゅう…


 吸われる。まるで、指を飲み込みたい、凛ちゃんを食べたい、飲みたい、と主張しているかのようだった。


 舐めて、舐めて、噛んで、舐めて、吸って、つけて、舐めて。


 そして、やがて、ちゅぽんと音がして、ようやく陽花里の口内から私の指は解放された。


 私の指先と、陽花里の唇が、陽花里の唾液の糸で繋がっている。

 それが伸びて…そして、切れた。


 陽花里の口元は濡れている。

 私の指先も濡れている。

 どちらにも、陽花里の唾液がついていて、どちらも…同じ匂いになる。


「えへへ…マーキングしちゃった…」


 かつて葵が言ったようなことを、陽花里はいった。その表情は少し嬉しそうで、そして言いながら…恥ずかしそうに、頬を染める。


「…凛ちゃん、好きな子にあった時…私の匂い、思い出して」


 濡れた唇。

 同じように濡れている、私の指。

 私は…その指を自分の鼻先に持っていく。

 濡れてる。

 さっきまで、陽花里の口の中に入っていた、私の指。

 ちょっとだけ…陽花里の…私の彼女の身体の中に、入っていた指。


 陽花里の匂いがする。


「待ってるから、私は、凛ちゃんの彼女だから」


 匂い、つけたから。

 痕、つけたから。

 忘れないで。覚えていて。

 私を。

 あなたの、彼女を。


「…陽花里」

「うん、凛ちゃん」

「…行ってくるね」

「…いってらっしゃい、凛ちゃん」

「…陽花里」

「はい」


 私は、一呼吸おいて。

 指先に残る感触を感じながら、言う。


「私が帰ってくるまで、待っていてね」


 陽花里は。

 私の彼女は。

 清純で、まっすぐで、一途で。

 ちょっとえっちで、実は嫉妬深い、フランス人形みたいな、私の彼女は。

 泣き顔で笑いながら、


「…うん、待ってる…凛ちゃん」


 と、答えた。

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