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第19話 彼女が喜んでくれるなら

 好きな人と付き合うのと、好きになってくれる人と付き合うのとでは、どちらが幸せなんだろう?

 そんなことを考えてしまうこと自体が、失礼な考えなのかもしれない。


「私…頑張るから…凛ちゃんのこと…絶対に幸せにするから…」


 泣きながらそう言ってくる陽花里の頭を撫でながら、私は夜の東京を歩いていた。

 陽花里は、小さい。私より頭一つ分くらいは小さい。私自身、それほど背が高い方ではないのだけど、そんな私よりも小さいのだから、よくて高校生、見方によっては中学生くらいに見えるかもしれない。


「うん…幸せにしてね」


 そう言って、ぎゅっと引き寄せる。

 陽花里はなんの抵抗をすることもなく、私に身を寄せてくる。

 暖かい。

 陽花里のどくどくという心臓の音を感じることが出来て、ああ、この子、生きているんだな、と思った。

 柔らかくて、気持ちよくて、本当に、可愛い女の子。


「凛ちゃん…好き…」


 先ほどのカラオケ店であれほどお酒を飲んでいたのに、もうすっかり抜けてしまっているみたいだった。もう7月も半ば。夜といっても、蒸し暑いくらいで。

 触れている陽花里の肌がしっとりと濡れてきているような気がする。

 汗、かいてる。


(それにしても)


 カラオケでの紫苑さんの顔を思い出して、つい、おかしくなってしまう。

 いつもあんなに自信満々で、傲岸不遜で傍若無人で、唯我独尊天上天下なあの人が、文字通り鳩に豆鉄砲くらわされたような顔していた。


(紫苑さん)


 やってやったぞ、と思うと、少しすかっとしてしまう。

 いつも紫苑さんのことを考えていたら、なぜかむかついてしまうので、一泡ふかせてやったことがとても心地よかった。


(好きな人と付き合うのと、好きになってくれる人と付き合うのとでは、どちらが幸せなんだろう?)


 先ほど思ったことが、もう一度頭に浮かんでくる。

 陽花里は、私のことを、その小さい全身で、あますところなく「好き」と伝えてくれている。陽花里は、私のことが好き。分かる。伝わっている。

 それは、嬉しい。

 嬉しくて、可愛くて、この子を守ってあげたい、幸せにしてあげたい、って思ってしまう。


(なら、私は?)


 私は…陽花里が私を思ってくれているのに比べて、どれほど思っているのだろうか。

 好き、だと思う。

 好き、だと思いたい。


 可愛くて、暖かくて、大事にしたくて。

 陽花里のことを想うと、心がぽかぽかとしてくる。

 春の日向ぼっこみたいな、ぬるま湯にずっと使ってぼぅっとしているみたいな、小さい頃、お母さんと一緒に食事をしていた時みたいな、柔らかくて綺麗な気持ち。


(身を焦がす恋は)


 もう経験した。

 狂うほどの恋も、経験した。

 自分の命よりも大切な人を、私は持ってしまった。

 あんな恋は、もうできないだろうと思う。

 一生に一度の恋で、私の大切な、宝物のような、こんな私に起きた奇蹟みたいな出会い。


(だからもう、私の恋は十分なんだ)


 この子を、幸せにしよう。

 こんな私のことを好きと言ってくれる、大事な大事な友達を、ゆっくりととろけるくらい、幸せにしてあげよう。


(凛)


 なぜか、紫苑さんの顔が思い浮かんできた。

 人を好きになったことがない、っていう人。

 人を好きになったことがないくせに、誰よりも、綺麗なラブソングを歌う人。


(あんな人、別に好きじゃない)


 一緒にいると、ぞわぞわするし、陽花里みたいに暖かい気持ちになれないし、むかつくし。


「凛ちゃん?」


 手が、ぎゅっと抱き寄せられた。

 陽花里が、その小さい体で、全力で私を引き寄せていた。

 まるで…私を見て、私以外を見ないで、と訴えかけているみたいに。


「あ、ごめん、陽花里、ちょっと考え事してた」

「ううん、いいよ」


 凛ちゃんの思うことを、やって。

 私は、凛ちゃんが、好き。

 大好き。


 陽花里は、いつだって、私のことを好きだって言ってくれる。

 想いを全部、隠すことなく、全力で、全身で。


 でも。


(私のこと、好き?)


 とは聞いてこない。


「陽花里」

「なに、凛ちゃん」

「陽花里は…私のこと、好き?」

「大好き」


 初恋。

 私ね…女なのに、女の子のこと好きになるなんて、思ってもいなかった。島には、私と同年代の子なんていなかったし、だから東京にきて、素敵な男の人と恋愛したいな、って思ってた。


「でも、好きななったの、女の子だったよ」


 凛ちゃんだったよ。

 陽花里はそう言って、嬉しそうに、本当に嬉しそうに、私の腕にしがみついてきている。


「私は、凛ちゃんが好き。大好き。だから、今はこうすることが出来て、幸せなの」


 私は…陽花里を幸せにできているんだろうか。本当の意味で、幸せにしてあげれているのかな。もしそうなら…嬉しいな。


「夢みたい。私、凛ちゃんの彼女になれたんだよね」

「…うん。私は、陽花里の彼女、だよ」

「嬉しい」


 嬉しい。嬉しい。嬉しい。

 陽花里は笑って、まるでその場で踊りだしそうな雰囲気だった。

 東京の月明りの下。

 乾いた空気の中で、くるくると。


 陽花里のマンションの前についた。

 もう夜も遅い。

 今夜は…ここで、終わり。


「凛ちゃん」


 陽花里はそう言うと、顔をあげて、私を見上げてきた。

 白い。

 月の光に照らされた陽花里の顔は、白くて、綺麗で、透き通っていた。

 その頬が少し紅く染まっているのは、お酒が残っているせいじゃない。たぶん、私のせい。


 陽花里は背伸びをして。

 そっと。

 私の頬に、唇をあてた。


 ほっぺたに、暖かい、キス。


「えへへ」


 そして、ぴょんと後ろに飛び跳ねる。

 まるで月の兎が、小さな悪戯してみたいに。


「凛ちゃんにキス、しちゃった」


 いつも酔って舐めてくる陽花里。ぺろぺろって、私の首筋を、まるで私のものだとマーキングしてくるような陽花里。


「こんな私ですが、どうか、宜しくお願いします」


 そう言って、ぺこりと、頭をさげる。

 ふわっと、髪の毛がまったような気がした。

 陽花里の柔らかくてふわふわしてる髪の毛。お人形さんみたいなその姿。


 私の…彼女。


 初めての…彼女。


「うん。私こそ…お願いします」

「えへへ…えへへへ…」


 嬉しい。嬉しいよ。

 陽花里の頬に、涙がつぅっと落ちていくのが見えた。


 その涙は月に照らされてきらりと光っていて。


 なぜか、私の心が、ちくり、と痛んだ。




■■■■■



 陽花里を送った後、私は自分のマンションに帰った。

 私のマンション、といっても、別に私が家賃を払っているわけじゃない。

 お父さんとお母さんが、払ってくれている。

 私は両親に…甘えている。

 依存している。


(葵、いるかな)


 なぜか、そう思い、扉に手をかける。

 鍵が、かかっていた。


(いない)


 それが当たり前で、葵は別に私と一緒に住んでいないのだから…1週間のうちのほとんど、なぜか私の家に来ているけど…でも、別々に暮らしてはいるのだった。


(葵は)


 自分で、家賃を払って、この東京に住んでいる。

 全部、じゃない。

 アルバイトをしながら、それでもできる限り、自分の力でなんとかしようとしている。

 役者になる、といって、親に反対されて。

 それでもその反対を振り切って、東京に出てきている。


(私のふたご)


 なのに、もうずいぶん違っているな、性格も、人生も。


(好きな人も)


 葵は、私が好き。

 ふたごだから、じゃなく、女として、私を好き。


 私、甘えているな。

 葵は私に依存しているけど…私だって、葵に…依存している。


 変な関係。

 いびつな関係。

 分かっているけど、でも、もう変えれない。変わらない。


 部屋の中に入り、電気はつけずに、そのままベッドに倒れこんだ。

 疲れた。

 疲れた夜だった。


(彼女)


 私に、彼女が出来た。

 私が望んだら、彼女は答えてくれた。


(もしも)


 私が葵に、彼女になって、と言ったら。

 たぶん、葵は、私の彼女になってくれる。ふたごでも、元は同じ一つの細胞だったからでもなく、私を求めてくれるだろう。


(紫苑さん)


 紫苑さんに、彼女になってください、と言ったら。

 受け入れて…くれるだろう。望まれていた、と思う。本気か本音か分からないけど、でも、あの人は私を渇望してくれていた。


(はは)


 なんだ、私。

 モテモテじゃないか。

 ぷれいがーる、じゃないか。


 好き、に手を伸ばせば、ちゃーんと返ってくるんだ。

 好きって、ちゃんと掴めるんだ。


(…)


 ベッドに横たわったまま、窓の外を見る。

 月明り、みえる。


 先ほどまで、陽花里を、私の彼女を照らしていてくれた光が、今は筋のように細くなって、窓の隙間から私を照らしてくれている。


(…未来)


 手を伸ばす。

 月を掴もうとして、そして。


 私は月に、手は届かないのだと、思い知らされる。






 スマホが光った。

 ベッドに横たわったまま、スマホを手に取る。

 陽花里からかな、と思って、見ると、やっぱり陽花里からだった。


『凛ちゃん、ありがとう』

『大好き』

『いい彼女になれるように、頑張るから』

『明日、一緒に大学に行こうね』


 ふふ。

 可愛いなぁ。


 私の…生まれて初めての…彼女。

 ちっちゃくて、可愛くて、ふわふわしていて、子犬みたいで。

 全身で、全力で…私だけを見つめてくれている。


『こんな私だけど、宜しくお願いします』

『♡』


 メッセージを返す。

 そのままスマホを枕元に置いて、天井をみつめる。


 おやすみ。

 陽花里、おやすみ。

 暖かい夢、見て欲しいな。

 あったかくなって欲しいな。


 もうすぐ夏休み。

 大学3年の夏休み。


 どこにいこう。

 彼女と一緒に、デートしよう。

 手をつないで、海に行こうかな。

 陽花里の水着姿…可愛いだろうな。


 海。





 海の、みえる街。


 私が恋に出会った街。





 うん。

 そうだよね。




 その前に、ちゃんと。





 しないと。








 私はもう一度、スマホを手に取った。




 息を吸って。

 息を吐いて。






 メッセージを、書く。

 文面を、何度も何度も読み返して。


 息を呑んで。

 目をつむって。


 送信。


 した。


 してしまった。


 一度送った文章は、もう戻らない。

 私はもう、戻れない。








『今度の夏休み…私、一度、帰るね』

『会いたい』

『未来』




 月明りはもう見えない。

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