表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋を失った私と、恋を知らない彼女  作者: 雄樹
第一章 恋を失った私が…
14/23

第14話 指。

 家に帰り、電気もつけずにそのままベッドの上に倒れこんだ。

 外の埃を落とさなければいけないのに、そんな気力も湧いてこない。疲れていた。頭の奥がしびれるくらい疲れていた。


(…今日のぶんの勉強…しないと…)


 ぼんやりとそんな事を考えながら、ゆっくりとベッドから立ち上がる。電気はつけない。薄暗い部屋の中を、手探りで机まで歩く。

 椅子を引いて、座る。

 頭の中がまだぐるぐる回っている。今日は別にお酒は飲んでいない。紫苑さんたちと一緒に行動することが増えてきて、自然と酒量も増えてきていた。

 もう二度と飲まない、と毎回飲むたびに決心する。


 ノートを開く。

 線が滲んで、ぐにゃりと溶けていく気がする。

 勉強しないと…勉強。

 私には勉強ぐらいしか取り柄がないのだから。


 自分で自分を卑下しているのは分かっている。褒められたい、と本当は心の中で思っているのに、あえてそれから目を逸らして自分を下に下にと見ていくのは、いったいどういう心理状況なのだろうか。


(勉強できるの、すごいと思うよ)


 紫苑さんは私に向かってよくそう言ってくる。


(嫌味ですか?どうせ私には勉強しかできないからって)

(嫌味なもんか)


 私の皮肉に対して、紫苑さんは本気で答えを返してくる。あの人は基本的にだらしがない人だともう分かってきたけど、それでも、そのマイナスを消し去るほどの美点に満ち溢れているのは…認めたくないけど、認めるしかない。むかつくけど。


(私はね、からっぽだけど、そのからっぽの中身を全部出してさらけ出してしまいたいんだ。それってどう思う?)

(かっこつけてるだけに見えます。からっぽの私、かっこいいだろって?)

(分かる?実際、そう思ってるよ。私は私をかっこいいと思ってる)

(…私には真似できません)


 勉強するしかない。勉強なんて、誰にだってできる。紫苑さんみたいに、紫苑さんにしかできないことなんかじゃない。


(くだらないです)

(私はね、たぶんドブにでも落ちて死ぬと思ってるんだよね)

(いきなり何を言うんです、紫苑さん?)

(ビートルズみたいに世界を変える歌なんてうたえないし、私の歌も、私の絵も、私のつくるものなんて、結局たぶん何も世界に影響なんて与えない)

(…自信満々に自信のないこと言わないでください)

(勉強って、才能だと思うんだよね。誰にでも使えるチート力。でも、誰にでも使えるから、結局誰も使わないんだ)

(話が散らかってますよ)

(凛はすごいから自信もって、という話)

(はいはい、有難うございます)

(そろそろ惚れてくれた?)

(私が好きなのは世界で1人だけですから)


 …でも、今はもう、少なくとも…嫌いじゃ、ないですね。


 ノートを閉じる。

 あれだけ、勉強する凛はえらいと言われたから、なんかそのまま続けるのが負けた気がして嫌になってきた。

 私は再びベッドに横になり、スマホを取り出した。

 紫苑さんのつくりかけの歌が、データとして送られてきている。


(とりあえず聞いて。そしてまた感想ちょうだい。ついでに私に惚れて)

(何言っているんだか…)


 目を閉じて、音を聞く。

 ワイヤレスイヤホンを取り出して、耳につける。

 外の音が遮断されて、紫苑さんの声が直接脳に届いてくる。頭の奥から声がする。紫苑さんの声。この声は…この歌は、たぶん、私に向けて語られている歌だ。


(いい声)


 紫苑さん、顔がいい。声もいい。むかつくけど、いいところはちゃんと認めてあげよう。何上から目線なんだろう、私。

 歌詞は、ありきたりのラブソングだった。

 才能は…感じられない。なのにどうして、響いてくるのだろう。

 からっぽの言葉なのに心に染み入ってくるのは、たぶん、私に向けられた言葉だと私の脳が認識しているからなんだろうな。


(この声を聞いた女の子がみんな、同じこと思うんだろうか)


 1人1人に語り掛ける歌が、同時に何百人にも何千人にも届くのだろうか。

 100人に届くのではなく、1人1人が100人。


 脳がしびれて。

 そして私は、ふと、首筋に手を当てた。


(…陽花里)


 紫苑さんの声を聞きながら、陽花里のことを想う。

 私は何か壊れているのかもしれない。


 最近、ずっと、陽花里はお酒を飲んでいる。可愛い飲み方で、いつも小さな口で、ちょっとずつちょっとずつ飲んでいる。頬を真っ赤にして、めがとろんとして、たぶんわざと自分をそう追い込んで。


 私を舐めてくる。


(だいたい…このあたり)


 首筋を、指で触る。

 つぅ、っと撫でる。

 陽花里の唾液がいつもここで線を引いている。

 陽花里の舌が触れている時は暖かくて…そして、離れると冷たくなる。


「…ん」


 身体をよじる。

 ベッドの上で、シーツに手を伸ばす。

 自然に、それをぎゅっと引き寄せる。


(一人でえっち、してる?)


 色葉さんの言葉を思い出す。

 今は夜。

 色葉さんの言葉を聞いたのは…何時間前だったかな。


 ノーコメントです。


 言わなくちゃ、いけないですか。

 顔を横にして、本棚を見る。

 参考書がたくさん並んでいる。

 漫画も小説もたくさん並んでいる。

 …その中に、同人誌もたくさん並んでいる。


 えっちな同人誌も、ある。

 ある、じゃない。

 たくさん。


 手を伸ばそうとして、やめる。

 目を閉じて、首筋にもう一度手を伸ばす。

 指先が首にあたると、背中がびくっと動いたのが分かった。


(私、何してるんだろう)


 耳から紫苑さんの声を聞きながら、陽花里の唾液の感触を思い出している。

 駄目だ。

 やめよう。

 友達に失礼だ。

 それに…別に気持ちよくなんて…無いから。


 首をふって、しっかりとはまっていなかったのか、イヤホンが片方とれた。とたんに、紫苑さんの言葉が半分になる。それが私を少し現実へと戻してくれる。


「…ん」


 やめよう。やめた。やーめた。

 そう思って、思ったはずで、そうなんだけど。

 ふいに。

 顔が思い浮かんでしまった。


 もう二年もあっていないのに。

 毎日会っている紫苑さんや陽花里のことは、ずっと考えていてもとめることができたのに。

 その子のことを、一瞬だけ考えただけで。


 私は、止まらなくなってしまった。


 やめたい。

 やめて。

 動かないで。


 思い出のあの子は、私を見て、妄想の中のあの子は、私に語り掛けてきてくれて。

 あんなこと言われていない。

 あんなこと…言ってくれていない。


 触ってもらったこと、ない。

 止まらない。


 右耳には、イヤホンがまだついている。

 そこから紫苑さんの歌声が聞こえてくる。脳内に直接届いてくる。ラブソング。当たり前のラブソング。さっきまで、私の心を溶かそうとしてくれていた歌声。


 左から、私の身体の中がこすれる音が聞こえてくる。

 聞きたくない。

 こんな音、私から出てくるはずない。


 指。

 水。

 液。


(未来)


 想ってしまった。

 想っちゃいけないのに、思ったら止まらないって知っているのに。


 汚しちゃいけない。

 あの子は綺麗で。私を救ってくれて。

 好きで、好きで、大好きで。


 止まって。

 お願い、止まって。

 どうして止まってくれないの。


 想っちゃ駄目。


(凛)


 あの子が私を呼んでくれた声。もうそれだけで、背中が溶けていくのが分かる。

 

 あの子の肌の色。

 着替えの時、ちらりと、見たことがある。

 一瞬だけ。

 見ないふりしたけど、駄目。ずっとずっと、残ってる。


(思っちゃ駄目。思い出しちゃ駄目。汚しちゃ駄目)


 自分の声が聞こえる。

 自分の声が、自分の声じゃないみたい。

 こんな声、出してるんだ。


 口元が冷たい。

 あれ、どうしてだろう。

 濡れてる。


 私の唾液が、シーツを冷たくしている。

 止まって。

 お願い。


 白い。

 溶ける。

 指先が、ぬるってしているのが分かる。


 背骨が無くなったみたい。

 頭の奥が白くなる。

 思考も全部白くなる。

 何も考えたくない。

 何も考えれない。


 白。

 しろい。


 私が溶けていく。



「あ」



 ひゅんって、私は、墜ちた。






■■■■■



「凛」


 声がする。

 私の名前を呼ぶ声。

 私、いつの間にか、寝ていたんだろうか。

 寝てた、というか、気を失っていたのかもしれない。


 あ。

 ああ。


 冷たいシーツが、火照る私の身体を冷ましていく。

 嫌悪感。

 自分が、嫌になる。

 どうして止められなかったんだろう。


 止めれたはずなのに。

 途中で、何もかもが、もうどうでもよくなって。

 あの子を。

 私が。

 

「凛」


 もう一度、声が聞こえる。

 目を開ける。

 私の目の前に、私を見下ろす私がいた。


「…葵」


 当然、私じゃない。ふたごの葵だった。

 葵はいつも、突然私の家に来る。

 最近はあまり見なかった気がする…でも、いま、このタイミングで。


(見られた?)


 葵に見られたことは…何回もある。今はそれぞれが一人暮らししているから、そんなことはほとんど無くなったけど。

 高校時代、一緒に住んでいた時は…お互い、時々、その、ばれないように、と思っていても、分かるものだった。


「…お風呂はいろう」


 葵はそう言うと、私の手を掴んで私をベッドから引っ張り上げてきた。

 葵がつかんだの手は…さっきまで。

 私の、中に。


「葵、ちょっと、待って」

「またない」


 手をつかんだまま、葵は私をお風呂場へと連れていく。

 葵は、お風呂が長い。

 昔はよく一緒に入っていたけど、今はほとんど入ることが無い。


 けど、今日の葵は強引だった。


 脱衣所で、私は服を脱がされる。

 葵は自分で脱いでいた。

 私の身体と、葵の身体。

 もともとは同じ身体だったけど、生まれて20年かかって、もうほとんど別々の身体になっている。

 それでも、やっぱり。

 似ている。


 葵は特に口を開くことなく、私と一緒に中に入り、そして私の身体を念入りに洗ってくれた。

 泡をたてて、ごしごしと、ごしごしと。


「ちょっと…痛い」

「…我慢して」


 葵はとくに、私の手を何度も何度も洗ってくれた。

 指を。

 指についたものを全部。洗って、流して。

 泡を付けて、こすって、流して。それを何度も、何度も。


 葵は何も言わなかった。

 葵の目の端が濡れているように見えたのは、お風呂場にいたからだろうか。

 分からない。


 葵は私を洗ってくれたから、私も葵を洗い返してあげた。

 自分の身体じゃないのに、自分の身体と錯覚してしまう。


 2人とも泡まみれになって、向かい合って、そして葵が、私の手をとった。

 何度も何度も洗って綺麗にしてくれた、さっきまで汚れていた私の手。

 それをそっと、自分の胸に当ててきた。


「どう?凛?」


 泡の中、葵の胸の柔らかさを感じる。私は特に感慨深くもなく、普通に、


「胸、だね」


 とだけ答えた。

 葵は少しだけ悲しそうな顔をして、手を私の胸に差し伸べてきた。

 触れる。

 普通だ。特に何も感じない。


「凛の…胸」

「どうしたの、葵」


 葵が指先を少し動かした。

 こりっと、つまむ。

 泡で少しだけ滑る。ちょっと痛い。


「痛いよ、葵」

「痛いだけ?」

「…うん」


 私の答えに、葵はまた寂しそうな顔をして、「もういい」とだけ言って、お湯を私にかけてくれた。

 泡が流れて足元に消えていく。

 私と葵は生まれたままの姿になって、そのまま2人で一緒に湯船につかる。

 私の足の間に葵が座って、ちょうど私が抱きかかえる形になる。

 一人暮らし用のお風呂だから、狭い。

 狭いから、密着する。

 


 一時間くらいお風呂にはいっていて、さすがにふやけてきて。

 お風呂から出た時には身体の芯までぽかぽかになっていた。


「もう寝る?」


 葵が聞いてきたから、「うん」と答える。


「一緒に寝ていい?」


 と聞いてくるから、「そのつもりでしょう?」と答える。

 葵は私と一緒のベッドに入って、いつも通り私にくっついてきて、ふたごの体温を感じながら、葵はずっと私の手を握っていた。


 まるで、もう、この手を動かさないように。




■■■■■



 翌朝。

 気が付いたら、葵はもう家にいなかった。

 勝手に入ってきて、勝手に出ていく。

 いつもみたいに、まるで猫みたいなふたごだった。


 私は着替えて、歯磨きをして。

 家を出て、外を見て。

 また一日が始まる、と思った。




 歩いていくと、声をかけられた。

 嬉しそうな声。

 弾んでいる声。

 私を見るだけで、幸せを感じてくれているような声。


 振り返るまでもなく、陽花里だった。


「おはよう、凛ちゃん」


 そう言いながら、そっと、私の手を握ってくる。


 私の、手。


 指。


 なぜか、動揺してしまう。

 汚れて…いないよね。

 昨夜、葵にたくさん洗ってもらったし。

 今朝も、洗ったし。

 綺麗に、したし。


「凛ちゃん?」


 私をのぞき見上げてくる陽花里。

 可愛い。

 そんな感想しか浮かんでこないのは、何故なんだろう。

 周りから見られているような気がする。

 すれ違う誰よりも、陽花里は小さくて、可愛い。

 ふわふわで、いい匂いがして、柔らかくて。


 ついつい、陽花里の口元を見てしまう。

 薄紅色の唇。

 この中には、陽花里の舌が入っていて。

 時々、舐めてくる、と思ってしまった。

 朝なのに、馬鹿。


「おはよう、陽花里」

「うん、おはようっ、凛ちゃんっ」


 嬉しそうに指を絡めてくる陽花里。

 私の指。

 あんまり…触らないで欲しい。あんまり…絡めないで欲しい。

 私の中の暖かさは指が覚えている。

 そんな私の指を、陽花里の指が包み込んでくれている。

 まるで。

 陽花里の中に入っているような気がして。


 私はまた、罪悪感に陥ってしまった。


「どうしたの、凛ちゃん?」

「ううん、なんでも、ないよ」


 昨日から私は変だ。

 頭が回らない。

 紫苑さんだ。

 紫苑さんが悪い。

 あの人が全部、悪い。


「今日も、スタジオ、行く?」

「いくー!」


 紫苑さんと色葉さんに会いたい、と、陽花里はいった。

 私が隣にいるのはもう当たり前なのだろう。

 陽花里は、ずっと紫苑さんと色葉さんのファンで、その心は純粋で。

 純粋じゃないことを考えているのは、私だけなんじゃないかな、と思った。


 私はもう20歳。

 もっと、大人になってもいい年ごろのはずだった。


 指が…熱い。

 ずっと、そのことばかり、考えてしまっている。




■■■■■



 夕方。

 スタジオ。


 私は陽花里と一緒に、手を握り合ったまま中に入った。

 薄暗いスタジオの中で、私たちに最初に気づいたのは色葉さんだった。


「今日も来たね」

「こんばんは、色葉さん」

「こんばんはっ!」


 もうすっかりなじんだ陽花里に、すこし嬉しくなってしまう。

 色葉さん以外にも、スタッフの人たちにも、陽花里は可愛がられている。まるで飴ちゃんでももらえそうな、そんな雰囲気すらある。

 一応、陽花里も私と同じ20歳なんだけどね。


「相変わらず仲がいいね」

「はい、ラブラブです」

「…陽花里?」

「違うの、凛ちゃん?」

「ちがわ…ないけど」


 付き合ってはいない、はずだよね。最近、距離感が分からなくなってきた。


「今日も飲むかい?」

「はいっ」


 嬉しそうに答える陽花里。

 スタジオをバーか何かと勘違いしているんじゃないかな、と思わないこともない。

 でも、幸せそうだから、いいか。

 陽花里をみていたら…私も幸せな気持ちになれるから。


 なぜか、色葉さんは私に向かって、ピースしてきた。


「…なんです?」

「いや、なんとなく、ピースピース」


 表情を変えないのが少し怖いんですけど。

 色葉さんは背が高いから、より威圧感を感じてしまう。時々、この人が何を考えているのか分からなくなる時がある。

 色葉さんは、じっと、私と陽花里の繋がれている手を見つめていた。

 あんまり見つめられるものだから、手を離そうか、と考えてしまう。

 けど、あまりに自然に陽花里が握りしめてくれているから、離すことなんて出来ない。


 陽花里の手を、離すことなんて、出来ない。


「ふふ」

「何笑っているんです、色葉さん」

「別に、ね」


 いいんだけどねー、と腕を組んでそっぽを向かれてしまった。

 何なの、いったい。


「凛、昨日渡したデータ、どうだった?」


 奥から紫苑さんの声がしてきた。

 ギターを首にかけたまま、なんかいろいろ考え事をしているみたいだった。


「…よかったです」

「本当に?」

「残念ながら」

「ま、凛は嘘つけないからね、そんな凛が言うんだから、本当によかったんだろうね」


 紫苑さんはそういいながら、ギターの弦を弾く。

 ラフなTシャツ姿で、ズボンもところどころに穴が開いている。道端ですれ違ったなら、とりあえず視線を合わしたくはない格好だ。

 そんな恰好なのに…どうして、目が離せないのだろう。


(汗)


 汗が煌めいて見える。

 スタジオの淡い照明なのに、それでもはっきりと見えるくらい、紫苑さんが汗まみれだった。


(この人の、どこがからっぽなんだろう)


 紫苑さんは私のことを真面目だという。

 嘘がつけないという。

 嘘ばかりなのに。


 紫苑さんの曲、よかったです。

 本当です。

 でも、心に残ったのは…別の事です。


 私は、陽花里に握られたままの指を、少し動かした。

 陽花里の手のひらの感触を感じる。

 指先は敏感で、いろいろと細かい動きも分かる。

 私の指先の動きに合わせて、陽花里が少し、ぴくっと動くのが分かった。


 指。

 指と心は、繋がっているのかな。


 昨夜の、私の指。

 濡れていた、指。

 葵の指。

 絡めて、洗ってくれて、綺麗にしてくれて。

 陽花里の指。

 私と繋がれた指。

 色葉さんの指。

 ピース。


 そして。


「見ててよ、凛」


 紫苑さんが、指先を動かす。

 からっぽだという紫苑さん。

 からっぽだと自覚した瞬間、そこには何かがもう埋め込まれているんじゃないだろうか。


(綺麗)


 想ってしまった。


 私の指みたいに…汚れていない。

 あの指は、何かを作り出す指だ。


 目が動きを追ってしまう。

 むかつく。

 ああ、むかつく。


 私は、陽花里と手をつなぎながら、昨夜、好きな人のことを思って動いて濡れて汚れた指で、それがさも何もなかったかのように、平気な顔でつないだままで、


 紫苑さんを見て。

 その指の動きを見て。


(…好きかも)


 と思い、そんな自分に、むかついていた。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ