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第13話 ノーコメントです。

 紫苑さんと一緒にモノづくりをするようになって、一番最初に分かったことは、この人は本当に天才だということだった。


(悔しいけど)


 普段はまるで気の抜けたコーラのようにつかみどころなく、甘ったるいだけなのに、いざ集中し始めた時の紫苑さんは文字通り別人だった。

 怖くて、ぞくりとして、そして惹きつけられる。

 色葉さんが脳を焼かれたのも分かる。

 ギャップがあまりにも激しくて、時々中身が別物に入れ替わっているんじゃないかと思うことすらある。

 一心不乱にギターを弾きながら曲を作っている紫苑さんを見ながら、隣に立っている色葉さんに聞いてみたことがある。


「…色葉さん、ひとつ聞いてもいいですか」

「なにかな、凛」

「紫苑さんなんですけど…正直、別に私たち、いらないことないですか?」

「どうしてそう思うの?」

「だって…あの人…」


 全部、自分一人でやるじゃないですか。


「曲作りも、歌詞も、アートも、コンセプトも、どこから湧いて出てくるのか、ってくらい、次々に流れ出してきてますし、私や陽花里が役に立たないのはまぁ仕方ないとしても、色葉さんも…特に口出しもされていないですし」

「そう見えるよね」


 スタジオの壁によりかかったまま、色葉さんはぽつりとそう呟くと、手にしていた紙コップに口をつけた。中に入っているのはお茶で、湯気がたちのぼって色葉さんの眼鏡を少し曇らせた。


「私も昔そう思ったし、実は今でも時々同じことを想うことがある。けど、ね…やっぱり違うんだよ」

「何が、です?」

「あの子は才能の塊で、私はそこに痺れちゃったから、もうどうしようもなくあの子の後ろをついていくしかないんだけど…でも、だから分かっちゃうんだ…あの子は才能に溢れているけど、でも、結局、才能しかないんだ」

「…?」

「あの子が1人っきりで作ったものは、全部…中身がからっぽなんだよ」


 思わず、色葉さんの顔を見つめてしまう。

 口調は寂しそうだったけど、それ以上に、なぜか少し嬉しそうに頬を紅潮させているのが分かって、私の胸をぎゅっと掴んでくる。


「綺麗な声、綺麗な詩、綺麗なメロディ、誰にも作れないそれだけど、でも、ただ綺麗なだけなんだ」

「…私にはよく分かりません」

「私だって、分かっているわけじゃない」


 ただ、そう感じるだけだよ、と言って、色葉さんはまた紙コップに口をつける。


「でも今は違う。私がいて、凛がいて、陽花里ちゃんが周りにいれば、あの子がつくるものに…なんていうか、艶が出ているんだよ」

「艶、です?」

「なんとなくなイメージだけどね…空っぽで綺麗なガラス玉の中から、染み出してくるものがあるんだよ」

「そうなんです?」

「私がそう感じるだけかもしれないけどね」


 でも、感じるってのが一番大事なんじゃないかな…と言っている色葉さんの曇っていた眼鏡が少し晴れて、中にある穏やかな瞳が見えた。


「あの子はなんでも1人でできるけど、でも1人じゃ何もできないんだ。だからあの子がちゃんと人間であるために、傍にいてあげるのがいいんだよ」

「…一応、私でも役に立っている、と言う意味で受け止めてもいいんでしょうか」

「いいんですよ」

「ふーむ」


 私には才能がないけど、才能がある人の手助けは出来る、ということかなぁ。綺麗で美しい球があったとして、それが紫苑さんだとしたら、私は眼鏡拭きみたいなものかな…磨いて磨いて、本来中にあるはずの輝きを外に出すことができる、みたいな。よく分からないけど。


「じゃぁ凛、私からも一つ、質問してもいいかな」

「どうぞ」

「もう、陽花里ちゃん、抱いてあげた?」

「…ぼふっ」


 綺麗に口に含んでいたお茶を吐き出してしまった。

 汚いなぁ、もう、といった目で私を見つめてくる色葉さん。いや、私悪いですか?確かに悪いとは思うけど…でもたぶん、色葉さんの方が悪い。


「いきなり何を言い出すんです?」

「いきなりだなんて…私、ちゃんと聞いたじゃない。質問してもいいか、って」

「それはそうですけど」

「それで答えは?イエス?ノー?」

「何言っているんですか…ノーに決まっているじゃないですか、ノーです。ノー。完全に、ノー」

「なんで?」

「なんでって…」


 私と陽花里…付き合っているわけじゃありませんし…


「陽花里は大切な私の親友ですから、そんな事するわけないじゃないですか」

「別に付き合わないとえっちしちゃいけないわけじゃないでしょう?」

「え…?」

「あれだけ毎日、好きって思われていて、あなた本当に一回も、そんな気持ちになったことないの?」

「それは…」


 ない、といえば、嘘になってしまう。

 私だって馬鹿じゃない。

 いい大学に入っているとか、そういうわけではなく、純粋に、単純に、陽花里の想いは知っているし、分かっているからこそ、思うことがないわけじゃない。


「…でも、女同士って、変じゃないですか」

「何が変なの?」

「変ですよ…普通じゃない…」


 自分で自分に言い聞かせてみる。言葉で言いながら、あぁ、私、ただ単に口に出しているだけで、心で思っていないな、と分かってしまう。空虚な言葉だ。さっき色葉さんが言っていた、紫苑さんが一人で作るものには中身がない、っていっていたのと同じだ。

 心が入っていない言葉はなんて軽いんだろう。


「私は紫苑が好きよ。これは恋愛感情じゃないけど、あの子にたまらなく惹かれるし、あの子が何かを成すためなら、私は何だってしてあげたい」

「それは…なんとなく、伝わってきます」


 色葉さんが紫苑さんに向ける感情は、複雑で、いろんな色をしているけど、ただぶれていないのは分かる。まっすぐとした太い線がそこにはあるように見える。


「もし紫苑が作品を作るために私を抱きたいっていうなら、私は抱かれたい」

「…」

「残念ながら、そこを求められたことはないんだけどね」


 笑っていいのか悪いのか、分からなかったから、とりあえず「そうですね」と玉虫色の答えを返しておいた。


「もしも紫苑が、あなたを抱きたいって言ったら、どうする?」

「そんなこと…考えたこともありません」


 綺麗だな、と思うことはあるけど、その指が私を、なんて想像したこともない。


「陽花里ちゃんなら?」

「…」


 答えない。

 答えないけど、想像してしまう。

 陽花里。

 柔らかい、陽花里。いつもいい匂いがして、いつも私にくっついてくれていて、そして…私のことを、大好きでいてくれる。


「陽花里ちゃんがあなたのことを大好きだって…横で見ていて、私にもすごく伝わるよ」


 と言うか、あの子、あんなに可愛い顔しておきながら、何も隠すつもりなさそうだし。隠すというか、そもそもそんな事考えてすらいそうにないし。

 純粋に、まっすぐに、キラキラと、あなただけを見ているし。


 色葉さんがそう伝えてくる。

 私は目を逸らす。

 そらしながら、考える。

 思い当たる節が…ありすぎる。


「陽花里ちゃん、よくお酒飲むようになったわね」

「…そう、ですね」

「凛も分かっているんでしょう?」

「なにを、ですか?」

「ごまかさずに、私を見なさい」

「…」

「陽花里ちゃん、お酒の力をつかって、凛にアピールしているの、分かっているでしょう?」


 言葉が強い。

 逃げられない。

 色葉さん…少し怖い。


「…分かっていないことは…無いです」

「まぁ、それでいいわ」


 今日はゼミがあるから来ていないけど、陽花里は私と一緒にいる時に、お酒を飲むことが多くなった。わざと飲んでいる。お酒を免罪符にしようとしている。

 陽花里は…酔うと、いつも以上に私にくっついてくる。

 …

 舐めてくる。


 ぺろ、ぺろっと、陽花里は酔うと私の首筋を舐めてくるのが日常になっていた。それはくすぐったくて、そして、正直、気持ちよかった。

 本気で嫌なら抵抗する。

 本気で嫌じゃないから、私は抵抗していない。

 陽花里のちっちゃな舌先が私の身体に触れるのが、私は気持ちよくて、「もうやめなよ」と口では言いながら…その気持ちよさを甘受していたのだ。


(私、卑怯だな)


 改めて思う。

 陽花里をふっておいて、でも陽花里をキープしている。

 こんな私に好かれる資格なんてないんじゃないか、と思う。


「ほら、また、何か考え事してる」


 こつん、と頭を叩かれた。

 見る。

 色葉さんが私を見て、にやにや笑っていた。


「えっちなこと考えていたんでしょう?」

「…考えていないです」

「すけべ」

「中学生ですか」

「あはは」


 色葉さん、さっきから飲んでいるの…お茶だよね?お酒じゃないよね?

 紫苑さんが引くギターの音がスタジオ内を飛び回っている。音に色がついている。他の人の音色からは色を感じることがないので、やはり紫苑さんは違うんだな、と思う。


「最後にもう一つ、聞いてもいい?」

「もうなんでもいいですよ」

「凛、好きな子、いるって言っていたわね」

「はい」


 ここは、即答する。

 迷いはない。


「その子のことを考えながら…」


 色葉さんが、ゆっくりと私を見つめてくる。

 目が、楽しそうに笑っている。

 この人、なんでこんなに嬉しそうなんだろう…と思ってしまう。

 ろくなこと聞いてこないだろうな、と思ったら、思った以上にろくでもないことを聞いてきた。


「一人でえっち、してる?」

「馬鹿ですかあなたは」

「いや、これは本当に単純に純粋に興味本位で聞いているだけ。陽花里ちゃんみたいに可愛い子のアピールをことごとく断る鉄の女の弱いところを知りたいな、っていう、可愛らしい質問だよ」

「ノーコメントです」

「否定はしないんだ」

「ノーコメントです」

「やっぱり、陽花里ちゃんに迫られてむらむらってしたときにしてるの?」

「ノーコメントです」


 私は一切答えなかった。

 ボロも出さない。

 尻尾は掴ませない。


 まったく、この人は。

 知れば知るほど…悪い人だと思い知らされる。

 紫苑さんがむき身のナイフなら、この人は無味無臭に見せかけた毒薬なんじゃないかな。


「凛ちゃん、実はえっちなんだねー」

「ノーコメントです」


 答えられるわけがない。

 誤解されてしまう。


 私のことをいったいなんだと思っているんだろう。

 私は自分の指を見て、指の感触を思い出して、そしてぷいっと、そっぽを向いた。


 まったく。

 いったい、何を考えているのやら。



 好きな人のことを想う夜?


 想わない夜なんてあるわけがないのに。



 常識、でしょう?

 

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