第12話 好きです。比べようもなく。
この人は、私の中にいったい何をみているのだろう。
そう思いながら、狭い部屋の中にぺたりと座り込む。陽花里も、私の隣に座っている。
部屋の中にいるのは4人。私、陽花里、紫苑さん、色葉さん。
「とりあえず飲みながらお話でもしようか」
紫苑さんはそう言うと、オレンジジュースの入ったグラスを全員の前に置いてくれた。私と陽花里は一口飲んで…首をかしげる。
「美味しい…けど…なにか違う…」
「スクリュードライバーはお気に召さなかったかな?」
噴き出しそうになる。
「これ、お酒じゃないですか?」
「そうだよ。私の家、基本的にお酒しか置いていないから」
オレンジジュースにウォッカ混ぜたら美味しいスクリュードライバーになるんだよ、と笑っていう紫苑さんに対して、「いや、オレンジジュースだけください」とつぶやく。
「凛ちゃん、美味しいね」
隣でそう言って笑う陽花里の頬がもう紅く染まっている。陽花里はお気に召したみたいで、にこにこしながらグラスに口をつけている。
「ごめんね、君たち。もう分かったかと思うけど、紫苑、基本的に馬鹿なんだ」
「馬鹿って…ひどい言い方するね、色葉」
「そうだね。馬鹿に失礼だったね」
色葉さんはそう言うと、静かにグラスを手に取り、オレンジ色の液体をこくりと飲み込む。腰まで届く長い髪に、理知的な瞳。かけている眼鏡は高級そうなものにみえる。所作の一つ一つが、なんていうか、上品だった。
「でも、馬鹿だけど、才能だけは本物なんだ。馬鹿だけど」
「…色葉、それは一応、私のこと褒めてくれているということかな?」
「褒めてなんかないよ、お馬鹿さん」
そんなことも分からないの?といった冷めた目で紫苑さんを見つめる色葉さん。目が全く笑っていない。そう言われて、逆に嬉しそうにしている紫苑さんも、大概おかしいと思う。
「紫苑は私が付いていないと生活できないくらいの馬鹿だけど、顔はいい。歌も、声も、生み出すものは美しい。私は紫苑の生活態度はまったく信用していないけど、紫苑の才能だけは信じている。だから」
くい、と、グラスを傾けて、残りを一気に飲み干すと、色葉さんは私と陽花里を見つめてきた。
「紫苑が、君たちと組みたいというなら、そうなんだろう。それが必要、ということなんだろう。なら私に文句を言う気はないよ」
「ありがとうー、色葉。愛してるよ」
「とりあえず黙って」
抱き着こうとする紫苑さんを手で押しとめて、色葉さんは私に語り掛けてくる。
「それで、あなたは…何ができるの?」
「私…ですか」
いや、そもそも。
私は紫苑さんに言われたからついてきただけで、何かするつもりなんて何も…と言いかけて、首をふった。
ううん。違う。
言われたから、というのはきっかけだけど、たぶんそれが全部の理由じゃない。私も…何か惹かれる部分があったからだ。自分に無い何かを感じたからだ。まるでリンゴが地面に落ちてしまうように、いつの間にか、引き寄せられてしまったからだ。
なので私は、真面目な顔で、色葉さんに向き合って、思いのたけをこぼした。
「…私、何ができるんでしょう?」
「…馬鹿が1人、増えただけか…」
頭を押さえる色葉さん。
その横で紫苑さんがけらけらと笑っていた。うん。やっぱりむかつく。
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お酒はコミュニケーション。
もう二度と飲まないと誓っていたのはいつだったか、気が付けば私はいろいろなカクテルを何杯も飲んでいた。
「なんでも作れるから、飲みたいカクテルあったら言ってね」
「じゃぁ、美味しいのお願いします」
「まかせて」
家にお酒しかない、と紫苑さんが言っていたのは、半分本当で、半分嘘だった。お酒以外のジュースもたくさん冷蔵庫に入っていたけど、それは全てカクテルの材料にされていた。
私はお酒に詳しくないので、とりあえずどんなものが飲みたいのかを適当にリクエストする。紫苑さんはそれにこたえて、いろいろカクテルを作ってくれた。
シェーカーを振る紫苑さんの姿は、うん、悪くない。
あの日、初めてバーで出会った日のことを思い出す。出会った最初の印象は別に悪くなかったのだ。そこから先がブラックマンデーだっただけで。
「…じゃぁ、陽花里ちゃんも凛に告白したんだ?」
「です…そしてフラれてしまいました」
「それは悲しかったね…とりあえず飲もうか?」
「はい…」
色葉さんは陽花里のことが気に入ったのか、隣にくっついていろいろお酒を飲ませていた。陽花里は可愛いから、気に入るのは分かる…分かるのだけど、少しくっつきすぎではないだろうか?
それに陽花里もとろんとした顔をしながら、差し出されたカクテルをぐいぐいと結構なペースで飲んでいる。
「陽花里、少しペースを緩めた方が…」
「凛ちゃんは黙っててー!」
なぜか怒られる。
「そうだそうだー、こんな可愛い子をふるなんて、何考えているんだー」
陽花里の肩を優しく撫でながら、色葉さんが私を非難してくる。どうしてこうなったかなぁ…
「はい、凛、どうぞ」
ことん、とグラスが置かれる。炭酸の泡がレモンの香りと一緒に届いてくる。
「紫苑さん、これは?」
「アプリコットフィズ」
紫苑さんはにこりと笑い、「カクテルにも花言葉みたいに、カクテル言葉ってのがあるんだよ」と語り掛けてきた。
「ふーん、そうなんですか。じゃぁこれはなんて言うんです?」
「振り向いてください」
片想いの相手にアピールする言葉なんだ、と、紫苑さんが笑った。
それを聞いた陽花里が立ち上がる。
「凛ちゃん、とらないで」
とてとてと歩いてくる。お酒が回っているからか、その足取りはおぼつかない…いや、本当に危ないよ、陽花里。
倒れこみそうになるから、その手をぎゅっと掴む。陽花里はそのまま私の手にしがみついてくる。
「好き…」
「う、うん、ありがとう…」
一緒に座る。陽花里の身体が暖かいのは、お酒が回っているからかもしれない。
「そういえば、紫苑」
「なに、色葉」
「紫苑も凛に告白して、フラれたんだったよね」
「そうだよ。ばっさりとね」
「ということは…」
色葉さんが手にしていたグラスを楽しそうに揺らしている。光の加減のせいで、その眼鏡の奥の表情は見えない。でも、たぶん悪い顔していると思う。
「自分がふった女2人と一緒に、ユニット組もうというのか…すごい度胸だねぇ、凛」
「なんかいろいろ誤解されているみたいですけど…」
飲もう。
飲まなきゃやってられない。あの夜を人生最後のお酒にしようと思っていたけど、無理でした。お酒美味しい。
「ねぇ、凛」
「なんですか、色葉さん」
この人もたいがいからんでくるな…最初のイメージとずいぶん違ってきた気がする。
「正直、紫苑、綺麗だろ?」
「本当、なんですか、いきなり」
「綺麗だろ?」
「…それは、まぁ」
ここで嘘をつけないのが私の弱いところだな、と思う。うん。たしかに、紫苑さん顔はいいんだよね。
「それに、陽花里ちゃん。こんなに可愛い子、いないよ?」
そう言いながら、陽花里の頭をぐっと胸元に引き寄せる。陽花里は何の抵抗もなく、そのままぐにゃりと身を寄せた。目がとろんとしている。相当酔っているのが分かる。
「こんなに可愛い子から言い寄られて、あんなに綺麗な女から言い寄られて、いったい何が不満なんだい?」
「…別に、不満なんてないですよ…ありがたいと思っています」
お酒をもう一口。
本音もぽろり。
「紫苑さんは…すごいと思いますし、陽花里は…可愛いです。好きです…」
「私も好き…凛ちゃん、付き合って…」
「うん、ありがとうね、でもね、ごめんね」
とろんとしたまま、反射的に答える陽花里。嘘偽りない気持ちなんだろうな、と伝わるし、嬉しい。
けど。
「私、好きな人がいるんです。他に好きな人がいるのに、付き合えるわけがないじゃないですか」
飲む。
アルコールが胃の中に入ってくる。
全身が熱くなる。
「…あんたも、馬鹿なんだね」
色葉さんはゆっくりとそう呟いて、グラスに口をつけた。喉が動いている。アルコールが体の中に入って行っているのがみえる。
四つん這いになって、陽花里が私に向かって近寄ってきた。まるで猫みたい。その可愛い猫は私にすがると、顔を首筋に近づけてくる。陽花里の匂いとアルコールの匂いが混ざって、煽情的な気分になってしまう。
「…凛ちゃん」
とつぶやくと、陽花里がぺろっと私の首筋を舐めてきた。
びっくりして陽花里を見つめる。陽花里はそのまま、私にもたれかかったまま、すぅ、と寝息を立てて眠り始めていた。
「…動けません」
「そのままにしておいてやりよ」
紫苑さんが足を組んで、椅子に座っている。
綺麗だな、と、純粋に思った。
やることもいう事も行動もめちゃくちゃなのに、ただ座っているだけで絵になるのはずるいと思う。
「凛」
「なんです、紫苑さん」
「私よりも、陽花里ちゃんよりも、そんなに…好きなのかい?」
誰を、とは言わない。
言う必要なんてない。
私は紫苑さんを睨みつける。
「陽花里は傷つけたくないけど、あなたは別に傷つけてもいいですよね」
「どうぞ」
「好きです。比べようもなく」
「…いいね」
紫苑さんは、本当に、嬉しそうな表情を浮かべた。
頬が紅潮している。身体が震えている。
「どうだい、色葉。最高だろ、この子」
「…はぁ」
さっきまで陽花里がくっついていた身体を名残惜しそうに撫でながら、色葉さんは私を見て、その後、紫苑さんを見つめた。
「紫苑、あなたが執着するのも…分かる気がする」
「狂ってるだろ?」
「あなたも大概だけどね」
くるくる。
くるくるくるくるくる。
変わる。
変わっていくんじゃなく、変える。
私の中で何かが変わり、紫苑さんの中でも何かが変わり、色葉さんも変わり、変わり、いろいろ変わり。
「…凛ちゃん…好き…」
陽花里だけが、ずっと変わらずに。
私に抱き着いたまま、時折首筋をぺろりと舐めてくれて。
まるで可愛い猫のように。
私にずっと、寄り添ってくれていた。
そんな夜。




