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中年竜は生きる道を探す

 目を覚ますと、そこは灰色の岩肌に囲まれた洞窟だった。

 鱗をまとった四肢、尾、そして大きな翼。長く伸びた首を動かすと、空気の震えが胸郭から響き渡った。


(……ああ、またブラックな弊社に出勤しなきゃ……)


 反射的にそんな思考が浮かんだが、すぐに違和感に気づく。机もパソコンもない。上司の怒号も聞こえない。代わりに感じるのは、獣のような力強い鼓動と、地の奥から湧き上がる熱の奔流だった。


「まさか……俺、ドラゴンにでもなっちまったのか?」


 長年の社畜生活に疲れ果てた中年男は、気づいたら転生していた。しかも、伝説級の存在――竜に。


 最初は混乱した。だが、すぐに思ったのだ。


(もう会議も報告書もいらねぇ。ここでただ静かに生きてりゃいい)


 そう決めてからの生活は、思いのほか快適だった。洞窟の前に広がる渓谷には澄んだ水が流れ、鹿や山羊が群れをなしている。時折、火を吐けば簡単に食料は確保できた。

 昼間は岩の上で陽を浴び、夜は星空を眺める。会社に縛られていた頃には考えられない、怠惰で豊かな日々。


 そうして数百年が過ぎていった。

 どれだけ寿命があるのかわからないが、変わらない日々に飽きることもなく、竜としての生を謳歌していた。



 しかし、その平穏はある日突然奪われた。


 谷間に鉄の匂いが満ちた。鎧に身を包んだ人間たちが、武器を手にこちらを見上げて叫ぶ。


「ドラゴン発見! 討伐隊、前へ!」


 矢が放たれ、魔法陣が輝く。元中年男の竜は思わずため息をついた。


(……やれやれ。こっちは戦う気なんざねぇってのに)


 鬱陶しい会議に呼び出されたときのような倦怠感。だが矢も魔法も、竜の鱗を貫くには力不足だった。軽く尾を振れば、兵士たちは吹き飛び、魔法陣も霧散する。


「帰れ。俺はお前らに興味はない」


 そう唸ったつもりだったが、人間には恐怖の咆哮にしか聞こえなかったのだろう。彼らは散り散りに逃げ去った。


 ……しかし数日後、今度は奇妙な車輪付きの檻が運び込まれた。人間たちは竜を罠に嵌め、麻痺薬と鎖で拘束した。

 気がついたとき、中年竜は鉄格子の中にいた。周囲には白衣を着た者たちが並び、魔力の光を帯びた器具がずらりと並んでいた。


「実験開始。対象の鱗を剥ぎ取り、魔力伝導率を計測せよ」


 焼けるような痛み。翼を切り裂かれ、火を吐く喉に薬を流し込まれる。竜の力を兵器に応用するための、残酷な研究だった。

 もがけば鎖が軋み、さらに強力な魔法陣が発動する。

 それでも中年竜は思った。


(……会社で徹夜続きだった頃に比べりゃ、まだマシかもしれねぇな)


 皮肉なことに、過労死寸前の頃よりも今の方が「生きている」と実感できる。痛みも、怒りも、確かに自分の存在を教えていた。


 幾度かの実験の後、竜は魔法陣の拘束が弱まった隙をついて暴れた。鉄格子をねじ曲げ、炎で研究所を焼き尽くす。

 人間たちは悲鳴を上げ、逃げ惑った。


 瓦礫の中で、一人の若い兵士が竜に剣を突き立てようと震えていた。

 その剣は、竜の胸の鱗にかすりもしない。若者の瞳には恐怖と絶望が滲んでいた。


 竜はその姿を見下ろし、ふっと長い息を吐いた。


(……殺すのは簡単だ。だからって殺したい訳じゃねぇんだ)


 そう思い、翼で風を巻き起こして兵士を吹き飛ばす。命は奪わず、ただ逃がした。


 吹き飛ばされた兵士はそのまま転がるように走り去って行った。


 燃え落ちる研究所を背に、中年竜は再び空へ舞い上がる。どこか遠い山奥で、また静かな暮らしを始めよう。

 戦いに勝つでもなく、復讐に酔うでもなく。


 中年竜は誰にも邪魔されず、自由に生きていくにはどうすべきなのか。それだけを考えていた。


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