異世界でノーベルになった高校生
白い光に包まれた瞬間、視界が反転した。
気づけばそこは石造りの広間だった。周囲を取り囲むのは、ローブをまとった老人や、鋭い眼差しを持つ若者たち。
祭壇のような円環の中心に立つ自分を、彼らは期待と畏怖の入り混じった目で見つめていた。
安藤誠――どこにでもいる科学オタクの高校二年生。彼はつい数分前まで、理解実験室でノートPCに向かいながらプラズマ制御の研究記事を読んでいたはずだった。
「成功だ……召喚は成功したぞ!」
「これで我らの学院に、新たな知がもたらされるに違いない!」
喧騒の中で誠は、自分がどこかの異世界に呼び出されたのだと理解した。
誠が召喚されたのは魔導学院という魔術を学んだり研究したりするところだった。ここでの生活は、意外にも彼にとって馴染みやすかった。
書庫には膨大な魔導書が積み上げられ、数百年分の研究が記録されていた。
誠は数式のような魔法陣の理論構造に目を輝かせ、昼夜を問わず解析に没頭した。
「この符号列は、物理学でいう波動関数に近い……」
「詠唱は量子状態の強制遷移……なら、触媒さえあれば理論的に再現可能だ」
魔導士たちが「感覚」と「直感」で扱ってきた魔法を、誠は数理モデルとして整理していった。
既存の術式を解体し、効率を倍増させ、安定性を飛躍的に向上させた。
学院は驚嘆した。彼を「賢者の再来」と称え、研究室を与え、助手をつけた。
しかし、誠が心血を注いで編み上げた理論は、やがて歪んだ形で利用され始めた。
学院長は密かに王国の軍部と通じていた。
誠の魔法理論は戦場で応用され、魔族殲滅のための兵器開発へと転用されていったのだ。
「これは単なる実験用の魔力収束炉ですよね?」と誠が問うと、軍人は笑顔で「防衛用だ」と答えた。
だが数週間後、その装置は「魔力砲」と呼ばれ、戦線に投入されていた。
報告が届いた。
数百メートル先の森が、ひとつの火球で消し飛んだという。
誠の胸に、冷たいものが流れ込んだ。
「僕の研究は、人を殺すためのものじゃない……!」
そう叫んでも、誰も耳を貸さなかった。
学院の同僚でさえ、誠を諭すように言う。
「君の知識は、この国を救う力なんだよ。魔族が攻め込めば村が焼かれ、子どもたちが殺される。兵器はどうしたって必要なのさ」
彼のその言葉は正しい。だが誠の胸に渦巻くのは罪悪感だった。
科学者として探究心を満たすことと、その成果が「殺戮の道具」となる現実。
その狭間で、誠は眠れぬ夜を重ねていった。
やがて、彼が手がけた最大の研究成果――「魔力変換炉搭載型・広域殲滅兵器」が完成した。
軍はそれを「人類の希望」と呼び、戦場へと運んだ。
誠は観測台からその光景を見届けた。
巨大な陣が展開し、空気が震え、蒼白の光が凝縮されていく。
次の瞬間、凄まじい熱波と閃光が大地を焼き尽くした。
森は消え、岩は溶け、残ったのは黒焦げの荒野だけだった。
歓声が上がった。軍人たちは拳を握りしめ、勝利を讃え合う。
だが誠は目の前で起きたことに立ち尽くすしかなかった。
――自分が生み出したものは、人を救う光ではなかった。
それは、あらゆるものを焼き尽くす炎となり、命を奪う業火だった。
誠の耳には、遠くで上がる歓声がもう届かない。
ただ、胸に重く響く問いだけが残る。
「僕は……何をしてしまったんだ……?」