【第八話】リセット
レイに頭の横に手を当てられた瞬間から、ずっと頭が重くなり続けている。
思い出せたのに、また忘れてしまう感覚。
これを何度繰り返したのだろう。
「...最初は、シンだけには生きててほしい。
ただ、それだけだったんだ。
あのとき、僕は自分の魂と引き換えに、消えかけていたシンの命を繋いだ。」
「魂を...命として繋ぐ?」
「魂は精神的なもので、命は肉体的なもの。
普通なら、命まで繋ぐことはできない。
でもフォルテ家の魂は、命以上の魂レベルを持っていた。
だから、僕の魂をシンの魂と繋ぎ合わせることで、新しいシンの命にすることができた。」
「...待ってくれ、じゃあレイの命は」
「もうどこにもないよ。あるのはシンの中に繋いだ僕の魂と、作り出した記憶だけ。」
4月19日
白く美しい髪に、満天の空のような青い瞳。
出会う度に、何度も見惚れてしまった。
ずっと、レイを追いかけ続けた。
ここにいるレイは
レイにとっての理想の『成長した姿』であり、この世界は『作り出された記憶』だった。
「...3ヶ月間、また一緒に過ごしたかった。」
覚悟していたはずなのに
嘘偽りなく真実を伝えてくれたのに
急に視界が真っ暗になる。
口を開けようとするが、開かない。
「でも、もう、終わりにしよう。
ここはシンのいるべき場所じゃない。」
⸺やめろ!
そう抵抗しようとしたが、頭がボーッとして体も口も言うことを聞かない。
レイが頭からなにかを抜き取った瞬間、ぷつんと音が遮断された。
「シン様、おはようございます。」
ルカの声が聴こえる。
...昨晩、寝付きが悪かったのだろうか。
今日は酷く頭痛がする。
俺はベッドから起き上がる。
俺がそう言うと、ルカは一瞬動揺した顔をする。
「...おはようございます。」
「どうしたんだ?」
「いえ、私のことを名前で呼ばれたので。ちょっと、びっくりしただけです。」
...?
ルカの事は何度も名前で呼んでいるはずだ。
「シン様、お誕生日おめでとうございます。」
7月19日。
俺は21歳になった。
同時にホワイトローズ郷が滅びた日でもある。
...何故だろうか。
頭の中がスッキリしたような、スッキリしていないような、変な感覚だ。
ひどく頭痛がする。
...7月19日以降の出来事が思い出せない。
「ルカ、変なことを聞いてすまないが...
俺、3ヶ月しか起きてないのか?」
「...いえ、毎日起きていらっしゃいますよ。」
「7月19日以降の記憶がないんだが...」
それに、側頭部がずっと痛い。
俺は自身の頭に手を当ててみる。
⸺ん?
髪が、耳よりも長い位置にある。
俺の髪は顔より短い長さにしていたはずだ。
下を向いてみると、髪は膝上まで伸びていた。
「俺、髪の毛こんなに長かったか...?」
「...シン様は10年以上ずっと髪を切っておられないですよ。」
そうだった、のか。
ルカと過ごした記憶は覚えているのに
全てが曖昧だ。
白黒はっきりしたくて、俺はルカに直接聞いてみることにした。
「俺は故郷が滅びたあとルカに拾われてから、ずっとこのアステルタで過ごしてる。
...そうだよな?」
そう聞いた瞬間
ルカは瞬きもせず目を開いたまま涙を流しはじめてしまった。