【第二十四話】新たな未来と『運命』
いつにも増して、窓の隙間から入ってくる太陽の光が鬱陶しく感じる。
…舞踏会当日の朝がやってきてしまった。
準備は万全なのに、まったく楽しみとすら思えない。
起きたくない。このままベッドの中で1日寝て過ごしていたい。
「シン様、おはようございますっ!」
扉の向こうから、アレーナが軽快なトーンで挨拶してくる。
よほど舞踏会が楽しみらしい…俺には何が楽しいのかよく分からない。
でも彼女にとっての息抜きになるのなら、悪い気はしない。
「あー…おはよう。今着替えるから少し待ってろ。」
俺はベッドから起き上がり、舞踏会用の燕尾服に着替え始めた。
正直言って堅苦しい。普段の服も堅苦しいことに変わりはないが。
「着替え終わったから、入っていいぞ。」
「分かりました!失礼しますね。」
そう返事をすると、アレーナはゆっくりと扉を開けて部屋に入ってきた。
彼女の姿を見てみる。
髪には編み込みがされていて、後ろにはリボンを付けている。
ドレスの色は、アステルタの国旗にも使われている青を選んだみたいだ。
袖の部分にフリル、胸元は花柄のデザインが施されており、黄金色のボタンも付いている。
パニエやベルトの影響もあってか、全体的にいつもより大人っぽく見えた。
「よく似合ってる。」
「本当ですか…!
シン様にそう言っていただけるなんて、とても嬉しいです!」
なんだか、妹の晴れ舞台を見ている兄のような気分だ。
御世辞で『綺麗』と言うのは失礼に値するだろうと思い、思ったことを正直に伝えてみた。
「シン様は、髪を切られたのですね?」
「ああ。なんとなくな、短くしたくなったんだよ。」
14年間なんとなく腰辺りまで伸ばしていた髪を、なんとなく顔に収まる程度まで短く切った。
誰に言われたわけでもないが、何故か短いほうが自分に似合っているような気がしたからだ。
「…アレーナ、ひとつ伝えたいことがあるんだが。」
「はい!なんでしょうか?」
「お前をアステルタの王妃として、迎え入れようと思っている。俺の妃になってくれないか。」
正直、舞踏会で縁のある者と出会える気もしない。
中には権力や財力目当て、国家絡みの反逆を起こすために忍び込む者もいるかもしれない。
それならいっそ、昔からずっと信頼を置いているアレーナを妃に選んだほうが安全だ。
「…はい」
これで、いいんだ。
アステルタの政治は安定し、親父も安心させることができる。何も不満はない。
「って言うとでも思いましたか?」
「え?」
アレーナは半分呆れた表情をしながら俺を見ている。
「嘘の言葉に、嘘の返事をしたくないです。
心無いことを言わないでください。」
「…」
「シン様。婚約は、本当にお互いが好きで、心まで通じ合ってる素敵な関係の人とするべきですよ。
私はシン様のことを心から慕っていますが、それは恋の好きじゃないんです。
シン様も、私のことをそういう感情で好きと思っていないのは十分理解してます。」
正論をぶつけられ、返す言葉もなくなってしまった。
俺はアレーナのことを妹のようにかわいがってはいるが、それは彼女のことを一人の女として好きだからではない。
ルカも親父もアレーナもみんな、俺にとっては形の違う家族のようなものなんだ。
「…そうだな。
アレーナの言う通りだ、嘘を言ってしまってすまない。」
「いえ、あまりお気になさらないでください。
それよりも、城外にだいぶ人が集まってきましたね。」
窓の外から、各国の貴族や王族たちの話し声が聞こえてくる。
そろそろ俺も城外に出て、あの人らをもてなさなければいけない。
「ああ、行くか。」
無事に接待を終え、気づけば夜になっていた。
もうじき舞踏会が始まる。
とりあえず、最低限食事をしながら人の輪の中に入って談笑しておけばいいか。
ダンスは適当に踊れそうな女性を探せば、その場しのぎにはなるだろう。
舞踏会は夜の22時まで開かれる予定だ。
早く終われ、早く寝たいという気持ちを抑えながら俺は会場に向かった。
城内は一面華やかな装飾と灯りで彩られている。
いつもよりも、天井にあるシャンデリアの光が眩しく感じる。
皆の前でかしこまったスピーチをしなければいけないと思うと、緊張と面倒臭い気持ちで腹が痛くなりそうだ。
「みな、お集まりいただき感謝する。」
全員に聴こえるように、大きな声で話し始める。
それからのことはよく覚えていない。
その場の雰囲気に合わせて過ごしていたら、舞踏会はあっという間に終わっていた。
唯一覚えてることは、アレーナが今までにないほど楽しそうな表情で
貴族の者とダンスを踊っていたことくらいだ。
なんとなく夜風に当たりたい気分になった。
舞踏会が終わり参加者全員が帰国した後
俺は王宮に戻り、自室のバルコニーで夜空を眺めていた。
ここ一週間舞踏会の準備やらもあって疲れっぱなしだったせいか
バルコニーの柵に手をかけた瞬間一気に気が抜け、全てがどうでもよくなってきた。
「アレーナには、申し訳ないことを言ったな…」
まさかアレーナに嘘が見抜かれてるとは思わなかった。
今まで彼女のことを甘く見ていたが、あの出来事のおかげでアレーナの洞察力は鋭いと気づかされた。
そんなことを思いつつ、ふと王宮の外を見る。
なぜか、そこに行ったほうがいいような気を感じた。
「…一応、降りて確認しに行くか。」
バルコニーから自室に戻り、部屋を出て階段を降り、王宮の外に出る。
街灯の明かりで外の道がよく見える。
道の端に目をやると、そこに倒れている人間がひとり。
…いや、寝てるのか?
微かに体が動いている。気絶しているわけではなさそうだ。
俺はゆっくりと近づき、腕で体を支え、そいつの顔を上側に向けてみる。
「おい、ここで寝るのは危険…」
純白のように白く、長くて美しい髪をしている男だった。
同じ男の俺ですら、美しいと思ってしまう。
「ん…」
その男はゆっくりと目を開く。
満天の青空のように澄んだ、青い瞳。
俺は今までに感じたことのない胸の高鳴りに、思わず息を呑む。
得体の知れない人間に対してこんな気持ちになったことは、一度もない。
「あなたは、誰ですか…」
好奇心からくるものなのか、もっと触れてみたいという気持ちまで芽生えてくる。
「…アステルタ王国の王宮前だ。」
「アス、テルタ…?」
ここが何処なのか全く分かっていない様子で俺の顔を見つめている。
「自分の名前は分かるか?どこから来た?」
「…ごめんなさい、分からない。」
道端で寝ていた得体の知れない人間。
普通なら、身元がはっきりするまでは身柄を拘束しなければいけない。
なのに、何故か放っておけないと思ってしまう。
「…とりあえず、俺の部屋に来い。夜遅くにここに居続けるのは危険だからな。」
「えっと…ありがとう、ございます…?」
⸺これがもし『運命の出会い』なら
俺が選んだ『アステルタの国王になる』という選択は、あながち間違いではなかったのかもしれない。




