【第十七話】今度は、俺が会いに来たよ。
記憶のリセットを何度も繰り返してるうちに、気づいたことがある。
俺は現実で毎日を過ごしているはずなのに
4月19日から7月19日までの記憶を、レイが作り出した記憶に書き換えられていた。
でもルカの口ぶりからして、俺は毎年1年を通して現実での記憶がなかったらしい。
つまり、俺の記憶処理能力の問題もあるが
時が経つにつれて、レイの魂が持つ記憶改ざんの力も確実に弱くなってきてる。
ここで俺から会いに行かなかったら、もうレイとは二度と会えなくなるかもしれない。
「...アレに、会いに行くと?」
「うん。」
ルカは不機嫌そうな顔でこちらを見ている。
「...また私たちと過ごした記憶がなくなるかもしれないんだぞ?」
「ごめん、ルカ。
でも、行かなきゃいけないんだ。」
俺は覚悟を決めた目でじっとルカを見つめた。
「...はぁ。」
ルカは頭を抱えながら大きなため息をつく。
「分かった。」
そう言うと、近くの机にあった羽ペンを手に取り、俺の左手のひらを使って文字を書き出した。
一瞬戸惑ったが、俺はとりあえずルカが書き終わるまで目を瞑ることにした。
「...終わったぞ。」
瞑っていた目を開き、俺は左手のひらを見る。
『最後は必ず戻ってこい
ルカ』
と書かれている。
「なんか、ルカらしくない台詞だな。」
「...いいだろ、別に。」
ルカは拗ねたような口調でそっぽを向く。
「とにかく、最後は無事に帰ってくるんだ。
アレが作り出した記憶は、元となったレイの魂がお前に見せている幻だ。
アレと話したいなら、レイの魂の源を探せ。
フォルテ家の者の魂を継いでいるシンなら、魂糸を伝えば分かるはずだ。」
ルカなりに、俺を心配してくれてるのか。
「ありがとう。」
俺は礼を言ったあと、ゆっくりと目を瞑った。
感覚を研ぎ澄ませて、魂糸を探してみる。
しばらくすると、糸状のものが見えてきた。
赤と黒の糸が2つ重なっている。
自分の思い込みかもしれないが、
ひとつは、運命の赤い糸...なのだろうか。
もう一つは、なんだ?
黒...
小さい頃、父さんからある昔話を聞いたことを思い出した。
『人には必ず魂の糸がある。
赤い糸で繋がっている人は、運命そのものだ。
愛という強い絆で結ばれるべき人。
黒い糸は、繋がっている人の死に立ち会わなければいけない。
その糸があれば、必ず結ばれることはない。』
...そうか。
俺とレイは、愛と死で結ばれる存在なのか。
俺たちがおかしいことは分かってる。
でも、嫌な気はしない。
さっきルカに『必ず帰ってこい』って言われたのにな。
でも、今ではどうでもいいと思ってしまう。
ああ。
⸺レイに、会いたい。
魂糸を辿っていくと
真っ暗な空間の中に、レイが一人で膝を抱え、顔をうずめてぽつんと座っていた。
俺はレイ、と声をかけようとする。
「...なんで、来たの。」
レイは膝に埋めていた顔を半分だけ出して、今すぐ帰れという目を向けながら言った。
「決まってるだろ。
俺がレイと話をしたかったから。」
俺はレイの近くまで行ってあぐら座りをする。
「...」
「レイ。」
「なに。」
「俺、さ...」
なんだ、この空気は。
気まずいのか恥ずかしいのか、分からない。
「さっき糸を伝ってきたんだが
その、赤い糸と黒い糸が2つ視え...」
「っ、赤い糸は絶対違う!」
レイは再び顔を膝に埋めてしまった。
「とにかく、今まであったことと、俺の気持ちを全部話したい。」
「...僕の作り出した記憶ごと、全部終わりにしようって言ったのに。」
「まだちゃんとした話もしてなかっただろ。
終わらせてたまるか。」
この会話の雰囲気に、懐かしさを感じる。
ずっとこの時が続けばいいのに、と
俺は何回思ったんだろうか。